340:標茶町民栄誉賞
――『町おこしの賦』第11部・駅前商店街の変身
標茶町は温泉郷に舵を切ってから、底をついていた財政に潤いを得た。これは故宮瀬哲伸町長の功績である。その後町長の後継者となった宮瀬幸史郎は、潤いの泉のうえに農業と酪農の二本柱を建てた。
有機野菜栽培工場も大葉のミスト栽培工場も、操業三年目には黒字に転換している。そして現町長の瀬口恭二は、さらに四本目の柱を建てたのである。標茶町は生涯学習の町として、アカデミックに躍動しはじめている。
温泉郷への初期投資が思わぬ高利益を上げ、標茶町は投資、回収、再投資と拡大路線を歩んでいる。
恭二は標茶町役場の町長室から、歴代町長の肖像画を撤去している。代わりに回収騒ぎのあった標高新聞を、額に入れて壁面に貼った。一面と二面の見出しには、こんな活字が躍っている。
――閑古鳥の鳴き声が聞こえる、会社の博物館
――日本三大がっかり名所で、さらにがっかり
閑古鳥の鳴いていた「会社の博物館」は、町民の憩いの場「おあしす」に改装された。日本三大がっかり名所は、「フォト・ラリー」のコースに組みこまれた。
恭二は町長室を動物園の熊みたいに、歩き回っている。そして「標茶町民栄誉賞」という言葉を思い浮かべる。宮瀬哲伸、宮瀬幸史郎の名前に続いて、南川愛華の顔が現れた。標高新聞部長として、町の活性化の道を拓いた立役者である。恭二は新聞部室での、愛華の高くて鼻にかかった声を思い出している。
電話はまだない。長島太郎は大阪で、翔和学園の小野塚理事長との最後の交渉に挑んでいる。恭二は腕時計をのぞく。会談は、もう終わっている時刻である。机の上の受話器を一瞥し、恭二はまだ歩き回っている。
電話が鳴った。
――はい、瀬口です。
――やりました! 全日制大学に、オーケーをいただきました。