327:息子が先輩
――『町おこしの賦』第10部:生涯学習の町
瀬口恭二、宮瀬幸史郎、猪熊勇太は、居酒屋むらさきで談笑している。幸史郎の若年性認知症は、奇跡的に進行を止めている。そのことを、恭二は幸史郎に尋ねた。
「町長職のストレスが、災いしていたようだ。今では物忘れの頻度は減った。だから二人の名前も覚えている」
「早めに気づいて、よかったよ」
「コウちゃんには、後継者恭二の仕事振りを見守る義務がある。だから何としてでも、病気に打ち勝ってもらわなければならない」
「毎朝、起きるのが怖い。美和子の顔を見て、名前を頭のなかでそっと呼んでみている。それから勇太や恭二の顔を思い浮かべて、名前を思い出す。今のところ、順調だ」
「勇太、翔和学園大に入学おめでとう」
思い出したように、恭二は告げた。
「詩織ちゃんと同級生になる。楽しみだよ」
「恭二の生涯学習の町構想は、着実に実現に向かっている。頼もしい限りだ」
幸史郎は熱燗を恭二に差し出し、うれしそうに笑った。
「とにかく翔和学園大学を誘致しちゃうんだから、すごいよ。長男の勇気は、大阪Jr大学へ行っているんだけど、あそこは翔和学園グループ校だといっていた」
「ということは、勇太が息子の勇気の、後輩になるわけだ」
幸史郎は、自分の高校時代を思い出している。自分が標茶高校へ入学したとき、上の学年に妹・彩乃がいた。
居酒屋むらさきの扉が開いて、長島太郎と樋口正直が顔を出した。二人は三人を認めて、合流した。「お疲れさま」と声をかけ合い、ビールとおちょこが持ち上げられた。
「大学の方は何人になったの?」
恭二が尋ねた。
「五十六人です。二教室で運営することにしました。翔和学園からは、二講師の派遣を了承してもらっています」
「すごいな、予定定員の倍の人数だ」
恭二がいった。
「私もこんなにニーズがあったのか、と驚いています」
長島は、うまそうにビールを飲んでいった。