336:ウエディングセンター
――『町おこしの賦』第11部・駅前商店街の変身
瀬口恭二・詩織夫妻は、息子・可武威(かむい)の運転する車で多和平(たわだいら)に向かっている。多和平には二年前にオープンした、ウエディングセンターがある。可武威二十七歳は、猪熊美影二十六歳と来週そこで結婚式を挙げる。
助手席には、美影が座っている。後部座席から、詩織は美影に声をかけた。
「ウエディングセンターは、まだ見たことがなかったの。ワクワクしてきた」
「本当は六月に挙式したかったんですけど、六月は予約で満杯でした」
「人気なんだね。恭二が多和平に、ウエディングセンターを建設するっていったときに、私は反対したんだけど」
「三百六十度の展望台を結婚式場にしようと提案したのは、猪熊勇(ゆう)太(た)観光局長なんだぜ。詩織よりも勇太の方が、先見の目があったということだ」
「多和平で結婚式をするって報告したら、お父さん、すごく喜んでいました」
恭二は標茶町町長として、三期目を迎えている。五十八歳になった。車はクラーク像を正面にとらえた、駐車場に停められた。さわやかな風が、四人を迎えてくれる。
「すごい人だね」
詩織がここを訪れたのは、ウエディングセンターができる一年前である。ここへくるたびに、恭二と行った札幌羊ヶ丘の、閑散とした風景が浮かんでくる。
純白のウエディングセンターは、緑の大地によく映えていた。四人はエスカレーターで二階へ上がる。二階は展望台になっている。たくさんの人が、三百六十度の眺望を楽しんでいた。
「これなら、冬も寒くないね」
詩織は、昔の裸の展望台を思い浮かべて、恭二にいった。
四人はさらに上階への、エスカレーターに乗る。広いロビーがあり、そこも全面ガラス窓になっていた。ちょうど結婚式があって、式場は見ることができなかった。四人はロビーで、コーヒーを注文した。
「大自然に抱かれた結婚式場だね。これは人気になるよね」
周囲に視線を泳がせている詩織に、恭二は「反対していたくせに」と笑ってみせた。
「お父さんね、感謝の作文朗読だけは止めてもらいたいって、しつこくいうんです」
美影は可武威の方を見ながら、思い出し笑いをしている。
「勇太は、涙もろいからな」
恭二も笑っている。明里が嫁いで、今度は可武威が家を出る。詩織は、人生「一二三二一」の数字を思い描いている。そしていよいよ下りの「二」になる日がくるのだ、とうれしさ半分、寂しさ半分の心境に戸惑っている。
五つの数字は、人生の節目を意味している。最初の「一」から順番に、独身、結婚、出産(家族)となり、下りの「二」は子供の独立(夫婦二人に戻る)、伴侶を失う、となっている。