Cncert for GeorgeのDVDは私の大切なライブラリーである。
2003年にロンドンのロイヤル・アルバートホールで開催されたこの追悼コンサートは
親友Eric Claptonの呼びかけでGeorge harrisonの親交のあった多くのミュージシャンが集まった。
あのインド音楽の大御所ラビ・シャンカールも自分の楽団を引き連れて参加
Georgeが愛してやまなかった楽器シタールが奏でられると、会場の高い場所にGeorgeは降臨した。
冒頭Eric Claptonの挨拶に続いて、追悼のスピーチを述べたラビも、今は亡き人となってしまった。
やがて、Eric Claptonもこの世からいなくなるであろう。
このブログを書いている私も、
そしてこのブログを読んで下さっているあなたも、いつかは・・・・
残念ながら、灰になって朽ち果てるのだ。
生命というものはそういう宿命を背負って生かされている。
このコンサートを観ていつも思わされるのは・・・
人間は何年生きたかより、どう生きたのか
何をしたかより、何を遺したかであるということ。
遺徳という言葉があるが・・・、
2002年に亡くなってからも、多くの人々の心の中に生き続けているGeorge Harrisonのあの控えめな笑顔と、深みのある優れた音楽の数々。
1980年にこの世を去ったJohn Lennonもまた同じであるが、私たちの心の中に今もなお鮮明に生き続けているのである。
人の一生は、星のまたたきの間にも満たないほどに、儚いものではあるけれど、
だからこそ、その短い生涯をかけて、何を遺したかであるのだと思う。
イギリス人だったGeorgeがインド音楽に傾注したその縁が、こうして彼の追悼コンサートへと繋がっていることを思う時
遺すべきものは、「人のご縁」であることはいうまでもないことであろう。
さて私は、一体どれだけの素晴らしいご縁を遺せるのだろうか。
もう人生も終盤だというのに・・・・。