Riyo(里誉)’s クレヨン

世田谷区桜新町のスピリチュアルカウンセリングサロン「フォルテネージュ」です☆

2.28と3.1のあいだに

2010-02-28 | フォルテネージュ

今日は、2年前の2月の末日に、
私の友達に起こった出来事を紹介します。








彼女は、私の家裁時代の後輩です。

明るくて、社交的で、仕事もできて、キレのある女性。
気丈さと繊細さを合わせ持ち、
何よりも、
非行臨床という仕事が大好きで、活き活きと働いていました。

だんなさんと、当時、3歳の男の子の3人暮らし。









そんな彼女が2人目を妊娠。
喜ばしいながらも、
つわりがひどくて、24時間船酔い状態で食事もままならず、
おまけに、夏の猛暑の時期で、
それでも、彼女は、毎日、気丈に仕事をしていました。










そして、
出産の約3ヶ月前、
とても悲しい事実が発覚しました。











胎児に、心臓の異常が見つかり、
このまま母胎にいる限りは、命があるけれど、
出生したら、長くは生きられない。。

そんな病気であることが、彼女に告げられました。
何万人に1人というレアなケースで、
赤ちゃんにとって、生まれてくることは、そのまま、死を意味することになると。。











いつもは、暖かみのある理知的な雰囲気の彼女が、
動揺して、混乱しながらも、自分に起こったことを受け止めようとしていました。

彼女は、
つわりの時期に、お腹の子を恨んでしまったり、
もう、こんな子いらないと思ってしまったことがいけなかったのかと、
自分を責めたり、

それでも、
仕事をしていると、この事態を少しの間、忘れていられると、
わずかな救いを感じていたり、

死ぬために生まれてこなくてはならない赤ちゃんに、申し訳なさを感じていたり、










でも、
人から「頑張ってね」と言われると「これ以上、何を頑張るの?」という気持ちになると、
素直な気持ちを、私に話してくれました。












こんな状態で、彼女は大きなお腹でちゃんと出勤していました。
悲しみに沈んでいる妊婦さんを見るのは、
同僚の私たちにとっても、ものすごくつらいことでした。

職場には、もう一人妊婦さんがいたので、
この明暗は、何のために存在するのか、と神様に聞きたいくらいでした。












私は、彼女のお腹の中で生きている赤ちゃんの心臓のことを考えたりしました。











彼女は産前休暇までちゃんと勤め上げ、

そして、
とうとう、出産の日を迎えました。

2008年2月29日

可愛い女の子だったそうです。

この世に生きた時間は、ほんの数時間だったけど、
ママの腕にずっと抱かれて、静かに逝ったとのことでした。

女の子には、両親の思いのこもった名前がつけられました。













女の子は母胎を一切傷つけませんでした。
そして、
自分の誕生日であり、命日でもある悲しい日は、
4年に1度しか巡ってこない日を選ぶことで、その謙虚さを示しました。

さらに、この苦難があったことで、
彼女の家族は前よりいっそう強い絆で結ばれました。











なんて、親孝行な子なんだろうと、私は、思いました。













まもなく、職場に復帰した彼女は、
別の配属となったので、たまに顔を見るくらいになりました。

新しい職場で、新しい仕事をすることで、
少しずつ、彼女は、彼女らしさを取り戻していきました。

時々会う彼女の笑顔に、私は柔らかさや優しさを感じていました。












私が、家裁のお仕事を辞めるときも、
彼女は、別れを惜しんで、そして応援してくれました。

私は、職場を離れても続く、彼女とのご縁を感じましたが、
別の理由で、すぐには会えない気もしていました。










あの頃、
私は、彼女に何がしてあげられるだろうかと、考えていて、
そのひとつとして、
彼女に起こった出来事を、多くの人に伝えることだと直感していたので、
今日、ここに、こうして書くことは、
2年前から続いている、私の使命だったんだと思っています。
















そして、
やはり、私の予感は的中でした

今、彼女は、子育ての真っ最中

昨秋、
あのときと同じ病院で、救急搬送されて予定日より1ヶ月早く出産したと報告がありました。
事情を知っている助産師さんたちが、多いに祝福してくれたそうです

か弱いながらも、頑張って生まれてきたキュートな女の子

「ここまで来られたのは、一番つらかった時、親身になって励まし支えて下さった里誉さんのおかげでもあるので・・」
という言葉が、
とっても嬉しかったな







お姉ちゃんの分まで生きると決めてきたんだね。

あなたのママは、世界一のママだよ









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奇妙な真実☆量子論

2010-02-27 | 量子論?

最近、
前から興味のあった量子論の本を読んでいるんだけどね、
これが、まか不思議でおもしろいのさ












たとえば、
電子は粒でもあり、波でもあるという量子物理学の見解があるんだけど、
人間は、決して、波である電子を見ることはできないんだ。

人間が観察すると、同時に、
電子は粒になってしまうんだって

ちょうど、
「だるまさんが転んだ」って振り返ったら、皆が固まっているように・・・・











見ることができないのに、どうして、電子が波だって言えるのか?

そう仮定すると、
いろいろなことが説明できちゃうからなんだろうね












だから、
永久に、自然をあるがままに見るなんてことはできない。

見ると同時に、
それは、対象の中に、ある一定方向の動きを生じさせることになって、
見ていないときとは、別の態度(ふるまい)を示すんだ








何だか、
小学生の授業参観のような・・・

親は永久に、子どもの本当の姿を見ることはできない

可愛い子猫になっているかも知れないし、
荒れ狂う雷神になっているかも知れないし、
忍者のように気配をなくしているかも知れないし、
そのすべてかも知れない・・・













ニュートン以来の古典力学は、
自然は客観的な実在であり、それを人間が観察するとの立場だったけど、

そもそも、
客観的な実在があるということが成り立たないのが、量子の世界

観察する人も含めて自然を考える。
観察する人の意志が、対象を決めることがある













そして、
モノの位置だって、見ることによって定まる。

誰も見ていないときは、
量子は、ここにもいるし、あそこにもいるっていう、
ドライアイスの煙みたいなモヤモヤした状態

見ることによって、
その煙が、一気に集約して、確かな存在になる


量子論というのは、モノの最小レベルのことを説明する世界だから、
この世に存在するすべてのモノについてそれは言えるんだ。

机についても、夜空の月についても、
もちろん、人間についても












自分が自分であるのは、他の人がいてくれるから。
他人がいなければ、
何が自分か分からない、あやふやでふわふわした、とらえどころのない広がり












こんな感じで、
この世の非常識は、量子の常識

当分、はまりそうな予感だっちゃ








スピリチュアリズムに興味のある人は、きっとおもしろいはずだよ




参考:「図解 量子論がみるみるわかる本」 PHP研究所
    「ねこ耳少女の量子論」 PHP研究所












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フォルテはセラピスト

2010-02-24 | フォルテネージュ

やっぱり、そうだった
うちのフォルテは、セラピー犬だ












私は、いつもセッションの前に、
このセッションがクライエントさんにとって、気づきと実りの多いものとなるようにって、
祈りと、秘儀の設定をしているんだけど











先日、
始まる前、なんだか、フォルテのことが気になったので、
レイキをかけて、

「フォルテが、今日のセッションのお役に立ちますように」って祈ったの













過去世回帰だったんだけど、
退行に誘導しているとき、
リビングにいるフォルテが、その日はやたらに何度も吠えて、

後から、クライエントさんいわく、
「深く入れそうになると、タイミングよく、フォルテくんが吠えて・・・。」











私は、すぐに直感したの。
フォルテからのメッセージ

「過去世じゃなくて、今だよ。今を見て!」










そのクライエントさんはとても聡明だったから、
すぐに、思い当たることがあり、納得して、
それが、やがて、気づきになった。

彼女の今の生活がどんなに祝福に満ちたものか


他に気を取られて、
近くにあるものが見えていなかったと、彼女自身が、大発見したんだ











それから、こんなこともあったっけかな。



クライエントさんと私がいろいろと話していて、
その日も、結構、フォルテが吠えていたんだけど、

クライエントさんが、
ある考えに至って、そのことを口にした瞬間、
フォルテが、静かになったのね


そしたら、クライエントさん、
その合図をキャッチして、
「あ、フォルテくんが、そうだよって言っているみたい・・

そして、
その言葉が終わると同時に、また、フォルテが吠えだして、

「フォルテくん、『そうだ!そうだ!』って言ってる











フォルテったら、
私を飛び越えて、
クライエントさんに、直接、メッセージ送っちゃった













サロンの名前どおり、
フォルテは、うちのセラピストだったんだね

フォルテに、一応、言っとくけど、
”第2の”って、ポジションだから、忘れずに













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人を助けたい気持ちは罪?

2010-02-23 | フォルテネージュ

ここ何ヶ月間か、何度も浮かんでいた思いがあるんだ














私は、自分の良さが分からなかった頃、
赤の他人って、自分を攻撃する存在だと思っていたのね

街で、電車で、すれ違う人たちは、基本、自分とは無関係で、
何か関係するとしたら、
電話の席取りとか、レジの順番待ちとか、
利益がぶつかるような、競争相手でしかないと、思っていた













でも、
こんな私でも、今は、心から、思うんだよね。

人を助けたいって



もしかしたら、偽善とかエエ格好しぃとかかも知れないんだけど、
それでも、ホントに思うんだよ













でも、同時に、こうも、思っていたんだ。

人間の意志にはエネルギーがあるから、
人を助けたい、人を支えたいと思っていると、
それは、
助けられたい人、支えがなくてはいられない人を作り出すことになる。

実際、
人を助けたいと思って外出すると、手助けを必要としている人に遭遇したりしてね・・


つまり、自立できない人を増やすことになるから、
人を助けたいなんて、思わないほうが良いんじゃないかって












でもね、
なんか、しっくりこなくて

人を助けたいと思うことは、罪なの?って、ずっと考えていた











そしたら、こんなことがあった



フォルテと散歩中、
生協の配達員さんが、たくさんの、空の発泡スチロール箱を運ぶのに、手間取ってたから、
「手伝いましょうか?」って、声をかけたの

お兄さんは、ちょっと驚いて「いえ、大丈夫です。」って、言っていたけど、
やっぱり、大変そうなんで、
私、散らかった箱を拾ってたら、
「いやあ、すみません。」って、はにかみ笑顔を見せたんだけど、

それが、本当に、良い顔だったわけさ

一生懸命、頑張って働いている、真面目で端正な笑顔













私、その顔を間近に見ただけで、
あぁ、今日は良い一日だって思ったんだよね、マジで












で、ふと、思いついた
(私は、よく、思いつくんだ!)












私は、
人を助けたいんじゃなくて、

人と温かい関係を築きたいんだ

だから、
自分が助けなくてもいい、
助けられる側でもいい、支えられる側でもいい。

アマちゃんって言われるかもだけど、
サラッて、ドライに、おとなな関係ってのが、冷たくて寂しい気がするだけなんだ












何も、人を助けたいって言ったって、
命や生活に関わるような大きなことでなくても、こんな、ちょっとした手助けでいいんだよね。

ちょっと困っているときの、見知らぬ人の親切って、
心に、グッとくるじゃない?
かなり、素敵だと思う












自分は、こんな関係を求めていたんだって思ったら、心がYes!って言った気がした



私の思いは、ダメな人を増やすんじゃない、
ぬくもりを生みだすんだって


間違っていないよって、宇宙から背中を押されたような気がしたよ













人を助けることで、自分の価値を保とうとするような、そんなことでもない限り、

”親切”は、人の心をほぐす優しい柔軟剤さ











香りつきだよ









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愛の花粉症現象

2010-02-22 | フォルテネージュ


例によって、たとえが適切か分からないんだけど、

花粉症って、誰でも突然発症する可能性があって、
それは、あたかも、
コップにどんどん水が入っていって、ついにあふれるみたいなものだ
って、
よく、言われるじゃない?










あれ、「愛情」にも当てはまらないかな







つまり、
自分の内側で、
自分に対する愛情をどんどん注ぎ込んでいって、
ついに
あふれるところまでいくと、
本当の意味で、他の人を愛するようになるんじゃないかってことなんだ・・









自分で、自分のことを大切にしていないと、
とても他人を大切にしようなんて、思えない。

「私って、自分のことばっかり考えてる・・」って思う人は、
自分に対する愛情が、まだまだ足りないんだから、
そのときは、それでいいんだと思うよ。

そして、
自分のコップが愛でいっぱいになったら、
そうしようと思わなくても、
自然と、他の人に向かって、愛が流れ出すようになる












名づけて、愛の花粉症現象










少なくとも、
他の人に対して、とっても愛情深くって、
なおかつ、自分のことを嫌いって言っている人を、私は、ひとりも知らないな













私たちは、
「自分のことより、他の人のことを考えなさい!」
って、教えられて育つけど、
いつもいつも、そればかりをしていると、
「自分はそんなに価値がない、取るに足らない人間だから、自分以外の価値ある人を大切にしよう。」みたいな、
自己卑下や劣等感が生まれてくる。

そして、
そんな自分を大切にしてくれる人が現れたとき、
「価値のない自分を大切にするなんて、この人にも価値がない」って、屈折して考えて、
永遠に人に価値を見出すことなんて、
できない人になってしまう












私は、そう思うんだよね。
経験からね













自分を愛することは、
いつもいつもやっていないと、
気がついたら、コップの水が蒸発してたぁなんてことがあるから、
一度あふれたらいいってものでもないみたい。

そこが、花粉症と違うところか

せっせと水をやり続けることが、
愛の秘訣












他の人の素敵なところを見つけられるあなたは、
その素敵さを自分の中にも持っている。
水をやって、育てていけば、
必ず、芽吹いて、成長して、きれいな花を咲かせてくれるよ










気象庁の予想によると、
今年の飛散量は、平年より少なめとか
もちろん、
スギ花粉のお話です。

くしゃみ、鼻水は、我慢しないで、めいっぱい放出しましょう











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いつもとちがうこと

2010-02-21 | フォルテネージュ

びっくりした
キッチンで、パスタを茹でようとして、見たら、
なんと、間違えて、超極細を買ってしまってた

太さ0.9mm、カッペリーニ。
へぇ~ イタリアにもそうめんってあるんだぁって感じだよ。

茹で時間2分。
いつもは9分のフェデリー二を使っているから、
どれほど、細いか分かるでしょ













ボンゴレ・ロッソを作ってみたけど、
歯ごたえなくて、
あんまり美味しくないなあ

どんなパスタに合うんだろ?
と、思って調べてみたら、スープや冷製パスタとな。。

なるほど、はるさめのイメージね、サラダ感覚で。
今度、やってみよと思った












そういえば、
きっと、誰でも、
次々と違うものを開拓する分野と、ずっと同じものを選ぶ分野と、
両方あるよね。

私の場合、
たとえば、フルーツやチーズなんかは、ワクワクしていろいろ試すけど、
なぜが、パスタはいつも同じのを買っていた












間違って買って気づいた











日常性の打破っていうか、
習慣をなくすっていうか、そんな挑戦が好きだから、

これを機会に、
他にもいろいろ、冒険してみよっかなって思って、

初めて、スーパーで”芽キャベツ”を買ってみたのさ











かぶと新じゃが、ズッキーニ、アスパラなんかと一緒に、
ポトフにしてみました

・・と言っても、ブイヨンで煮た(茹でた?)だけなんだけどね

美味しくできたよ
野菜によって、タイミングをずらして鍋に入れるのがコツ。


芽キャベツは、
食べると、
重なり合うちっちゃな葉っぱの一枚一枚を、歯が噛み進めていく感触がして、
独特で、かなりおもしろい。

口の中をスーパースローの映像で見てみたいと思った












今度は、
どんな初挑戦をしようかな


パイナップル丸ごと1個とか?           
食べるの、フォルテにも手伝ってもらわなきゃ。。









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光の偉業 

2010-02-20 | ビオダンサ

人は亡くなるときに、
自分がこの世に遺したいものに、
もう一度、息吹きを吹き込むのかも知れないね












ちょうど、
マイケル・ジャクソンが、
”Heal the world ”というメッセージに、輝きを与えて、逝ったように












文字どおり、
自分の命をかけて、
自分の生きた証に、閃光をまとわせるんだ












それとも、
その命が光に返っていくのとシンクロして、
命の分身のほうも、次元上昇するのかな












肉体を去って、まったき光になるとき、
その人は、自由と喜びにあふれた、完璧な存在に戻るから、

時空を超えて、
その人が過去に創ったものにも光が届いて、
本質がより純化されてパワフルになって、

多くの人の心にダイレクトに響くようになるんじゃないかな












ユトリロやカフカのように、
亡くなった後に絶賛されるということが起こるのも、
彼らが最後の思いを込めて、ものすごい魅力の粉を降らせるからかも知れないね


文化や世相のニューウェーブまでも起こすような魔法をかけることだって、
あるのかも知れないなと思う












3日前、ビオダンサの創始者ロランド・トーロ氏が亡くなった。
90歳近い、大往生だったとのこと。












1960年代、クーデターと劣悪な経済状況で、混迷の中にあった南米チリ。
その荒廃した環境のなか、
医学、人類学、心理学、生物学を研究し、
何よりもまず命を大切にすることを中心にした教育理論を打ち立て、
その伝達のツールとして、
ビオダンサという教育システムを創った人。












いつも、「Unity!Unity!Unity!」と言い続けていて、
情熱と愛から構成されているような、
そんなおじいちゃまだったらしい

命あるものすべてを慈しみ、
今、食べた物に向けて、即興で愛の詩を語るんだって

あるビオダンセーロは、
彼について、「その功績は、ノーベル平和賞を3,4個もらってもおかしくない」と熱弁をふるってたよ










私は、
彼に会ったことはないけれど、
亡くなる直前のタイミングでビオダンサに出会い、
これこそ、人間に必要なものだと思うほどの感激をもらい、

たくさんの、素敵な人々と出会った

それが、
ロランド・マジックだと思うし、
彼の逝去を仲間と共に悼むことの貴重さを直感してる。













彼が生涯をかけて世界中に広めたビオダンサは、
これで、ますます、輝きを増した

これから、私は、
その真髄を知っていくことがますます楽しみなんだ

あぁ、そうか!
ビオダンサで言う、「今、ここに、精一杯生きる(ヴィヴェンシア)」って、
死を見据えることが前提なのだと、
ロランドが教えてくれているのかも知れないな









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「大きくなったらどうなりたい?」

2010-02-17 | フォルテネージュ
こないだ、木村クンがラジオで言っていたことなんだけど、

「ボクは、歌を歌いたいからとか、お芝居をしたいからとかの理由で、この仕事をしていない。”共同作業”というところにはまったんです。だから、ドラマの仕事がなくなったら、それはそれで構わない。他に(共同作業の)仕事を探すと思う。」








続いて、彼は、
スタイリストになりたくて、6年間バイトと両立してやってきたけど、行き詰まっているというリスナーからのメッセージに、
「スタイリストにこだわらず、もっと枠を広げて考えたらいいんじゃないか?」って、アドバイスしていた











よく、おとなは、子どもに向かって、
「大きくなったら、何になりたい?」って聞くよね。

聞いたほうは、子どもたちが、
「野球選手」とか、「お医者さん」とか、「幼稚園の先生」とか、
職業を答えることを期待するけど、

<何になりたいか>っていうよりも、
<どうありたいか>を考えさせるようなおとなって、いいなあと思う










つい、先日も、
ヨーロッパの、世界的に有名なデザイナーが自殺してしまったけど、
皆がうやらましがるような職業についても、
苦しみにもがいている人はいるんだよね

たぶん、
何を職業にしているかはあまり重要ではなくて、
<どうなっているか>のほうが、人の幸せに直結するのだと思う

<どうなっているか>っていうのは、
状態の形容だから、
どんな状況の中でも、結局、自分が活き活きできるかどうかっていうことだからね

自分が充分に生かされていると思えるとき、
やることは自然と決まってくるのではないかなと思う












木村クンは、
歌やドラマを通じて、
たくさんの人たちと一体となって作品を創りあげていく、その過程に、夢中なんだろうね。

やっぱり、太陽さそり座って感じ











さて、今の私は、どうだろう













「情熱を持って、こまやかに優しく、人の美を愛でて表現する」

って、感じかな

何か、自然に、笑顔です。。













そうそう、
親が子どもに就かせたい職業ベスト1は、
公務員らしい

経済的に安定していて欲しいという親心の表れだと思うけど、
心が安定するかどうかは、別かも知れませんよ


 









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果敢にトライ!コペルニクス的転回

2010-02-16 | フォルテネージュ

最近,なぜか,
コペルニクス的転回って言葉が,
頭のなかをめぐっていて,ちょっと調べている里誉










もともとは,カントが自分の哲学論の独創性を自負して使った言葉。

地動説を提唱したコペルニクスの偉業のように
それまでの見方が180°変わるような,画期的なパラダイムの転換をなぞらえたんだね











ウィキペディアによると,

コペルニクスとは、それまでの常識であった地球中心説に対して太陽中心説を唱えた天文学者である。

人間の認識は外部にある対象を受け入れるものだという従来の哲学の常識に対し、カントは人間は物自体を認識することはできず、人間の認識が現象を構成するのだと説いた。人間の認識自体を問う近代的な認識論が成立した。



って,あるんだけど,









カントが言っていることって,
仏教の<色即是空>の思想だと思うのですが,
どうでしょうか????










<色即是空>って言われたとき,
現実にどっぷりと浸っていると,最初の反応は、「そんなバカな話はない。」 だよね、きっと。

「見えているものに実体がないだって?現に空は青いじゃないか!」ってね。

カントの認識論についても,
従来の哲学者たちは,
「物はそこにれっきとしてあるじゃないか!なぜそれが認識できないと言うのか!」って,考えたよね











これを説明するのに,なんか,分かりやすい話はないかなと思ったんだけど,
こういう例えは,どうかな












3Dアートの絵って,分かるかな。
めがねをかけて見る映画とかじゃなくて,絵本とかの。。

あれって,二次元が、目の焦点の合わせ方ひとつで,ふわりと変身して違う見え方になるよね











だけど,
平面に描かれた絵は、それ自体を見ても、意味あるものは何も描かれていないよね。
だから、メッセージや価値として認識することはできない。

でも、
それが,ちょっとしたコツを使うことで、
あっと驚くような対象が、しかも、立体的に見えてくるという認識があると、
実際に、その平面に描かれた絵が浮き上がるという現象を引き起こす(構成する)。

3Dアートは、現象であって、それをアートとして成立させているのは主観(人)の認識。。








そして,
私たちの周りの世界って,
この3Dアートに似たものが,いたるところに,複雑に組み合わさって配置されていて,
さらに,
人それぞれの,焦点の合わせ方があり得るのではないかということです


空が青いのは,
みんなの見方がたまたま一致しているから青いのであって,
空自体が青いわけではないじゃない












う~ん,私としては,結構いい例えだと思うのだけど

雰囲気でいいから,伝わっているといいな












まあ,これに懲りずに,

もうひとつ,
ものすごくシンプルなコペルニクス的転回の例です










森三中の黒沢かずこは、
中2になるまで、「朝ご飯」の存在を知らなかったんだって













黒沢家では、
朝ご飯を食べる習慣がなくて、
「朝ご飯を食べる人は卑しい」という暗黙の見解がまかり通っていたんだって。

だから、
中学生の,育ち盛りのかずこは、お腹空いたなあと思いながらも、
毎日、お昼の給食まで我慢していたとか。。。








ある日、
思い切って友達に「朝って,おなか,空かない?」って聞いてみたら,
皆が朝ご飯を普通に食べてきていることを知り、
母親に激怒したらしいよ

「お母さん,朝ごはん,作ってよ!!!」










それ以後,
毎朝,食卓に,おにぎり1個が置かれているようになったんだってさ












彼女は,ものすごい”コペ転”,ハッピーなパラダイムシフトを味わったことでしょうね


 








関係ないけど,
3Dアートで見える空間って,
私たちの周りに実際にある三次元の空間より、
妙に、
澄み切っていて、物体のエッジがハッキリしていて、
濁りのない真空的な質感が
あるように見えるんだよね

完璧な三次元っていうか,美の極致の三次元っていうか・・・

プラトンのイデア論で言う、<三次元のイデア>みたいな感じがするのは,私だけかしら











そうそう,アバター,観ました
たぶんにスピリチュアル
ナヴィ語,習いたいくらい,気に入ったよ








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生命の神秘を知りたい

2010-02-15 | フォルテネージュ

鮭は、180万リットルの海水に混じった、たった一滴の故郷の川の水を、
嗅ぎ分けることのできる嗅覚を持っているらしいよ

人間の感覚からすると、
かなりすごいことだよね









現代の科学では、
たとえば、
イギリスのある実験室で、床にこぼした、ある揮発性の化学物質の成分を、
数日後、
東京の空気中から検出することができる装置がすでに開発されているんだって


これも、かなり、ビックリなこと。。








だから、
生身の人間が感覚的に察知できなかったとしても、
現に、
物理的な変化は起きているということだね。

そうなってくると、
世の中に、
どうでもよいことなんて、なくなってくるっていう感覚になる。

誰かが何かをすれば、
すぐにではなくても、必ず、どこかで、何かに影響する











だからこそ、
「自分一人だけ、エコをやってもしかたないよ
って、言わずに、
環境に良いことをやっていきたいし、

地球は人類の星ではなくて、
地球で暮らす多くの生き物の星で、
その中のひとつが人類なだけなんだってこと、忘れないでいたい











今日、
酒まんじゅうにカビが生えてしまって、食べられなかったんだけど、
「ああ、微なる生物もこんなところで頑張っているよ~

って、ことだし、

洗濯に失敗して、
白Tシャツ、ピンクに染まっちゃったんだけど、
ま、これはこれで、アートな感じで良いかなっと思ったり。。

(↑ちょっと、ずれたけど










やっぱり、
宇宙に属しているすべてのものは神秘的だし、
尊重されるべき驚異を持っているし、
少なくとも、
私は、もっとその仕組みを知っていきたいと思うのです

どうなっているのかを知れば、
無関心でいられなくなって、あとは、愛を発揮するだけだからね














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すべては思わぬところでつながっている

2010-02-14 | フォルテネージュ

London bridge is falling down, falling down, falling down
世界は、思わぬところでつながっているらしい。

経済界だけのことじゃなくて、

一人が新たな真理に目覚めれば、
世界のどこかで、知らない誰かも、同じように目覚めているってことがあるとか。。

<百匹目の猿>ってのも、そんなメタファーだよね










だって、
ひとりひとりの意識は、宇宙意識の一部であって、
普遍的無意識として同じものを共通している。

<すべてはひとつ>って、
みんなどこかで、つながっているっていう意味なんだよね










だから、できごとも、思わぬところでつながっていると思うんだ。

たとえば、
風水で、今年のラッキーアイテムは、
「りんご」 「カメリア」 「くま」 らしいんだけど、
そういうアドバイスが成り立つのも、
できごとが、思わぬところでつながっているという前提があるからだよね

昨今、
こんなに占いが注目されるのも、
みんなが、この考え方がどうやら真実らしいと、気づき始めているからかも知れない










私が知っているある人は、
部屋の一部に、タロットカードを置いてみたら、
その後、うんと、ビジネス運が上がったって言っている


信じるチカラが加わると、
ますます、そのつながりが強化される










何故そうなるのか、
人間の理性や現代テクノロジーでは説明がつかないことでも、
何らかの経路で、つながっているということが、あり得るってことだよね











そしたら、
こんなことも考えられる。

ある人の体調不良を回復するためには、
部屋に置いた本棚の位置を変えてみるって方法もあるとか・・

ある人の夢が叶うためには、
心を込めてお掃除ができるようになる必要があるとか・・

ある人にとっては、自分と親との関係の意味を理解して気づきを得ることが、
自分の魂を輝かせることにつながっていくとか・・

「そんなの、迷信さ」って捨て置かない人にだけ与えられるチャンスがある













私は、この考え方が好き

だって、そう考えたほうが、断然楽しい
自分が今、しようとしていることが、
何か、
思わぬところに、つながっている可能性があるわけでしょ

まったく期待していなかった扉が開いたら、
ものすごく、刺激的だし、おもしろいと思わない













てなわけで、
私は、こう考えていくことにしよう。

なぜだか、頭ではよく分からないけれど、
直感で、これをやろうと思ったことは、何でもちょっとのぞいてみる

先を考えずに、その世界を堪能してみる

何にリンクするかは、
あとから、分かることになるだろうから








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あなたの一番欲しいものを教えて下さい

2010-02-10 | フォルテネージュ

ちょっとした心理ゲームです
自分の潜在意識が求めていることが知りたい人は、どうぞ、トライしてみてね





あなたが今、欲しいものを思い浮かべて下さい。
できるだけ、
具体的なほうがいいかも知れません。
お金っていうのは、あくまでもツールなので、
お金があったら、何が欲しいかを考えて下さい









次に、
それを手に入れたとき、どんな気持ちになるかを想像してみて下さい。
それを手に入れたとき、何を考え、どんな言葉を自分に言っていますか?













たとえば、
私の場合。

10カラットくらいあるような大きなダイヤのネックレスが欲しい

それを手に入れたとき、
このダイヤに見合う、自分であることの喜びに浸ると思う。

「あなたはこのダイヤにふさわしい存在

優美で富貴で誇り高く、
ゆるがない自分の価値を知る喜びにあふれて踊っているかも・・













さて、
この場合。。

自分が潜在意識から欲しているのは、
この気持ちのほうなのです

欲しい物として思い浮かべたのは、顕在意識がそれを投影しているだけ。

必ずしも、
それでなくても、かまわなくて、
それどころか、
何もゲットしなくても、
この気持ちを先に感じることだって、できるのです













私にとっては、
自分が光輝で優雅な存在であることを知っていることが必要。
自分の価値を自分で低くしてしまわないで、
ありったけ、高いところまでレバーを押し上げる

傲慢をおそれ、天狗をおそれて、制御しているけど、
「あんたの高慢ちきが鼻につく!」と、言われるくらいにやってみることを恐れないこと。

何か、世間から認められるような偉業を達成しないと、
自信を持ってはいけないといった、
間違った思い込みを捨てて、
ゆるぎなく、何物にも傷つけられない強さを実現すること










これが私の心の奥が、今必要としている気持ち













もうちょっと、私の心の中をのぞいてみると・・・・



誇りある自分であれば、
他人の中に誇りを見出してあげられることを、
私は、経験的に知っている。


いくら、他人を蹴落としたり、けなしたりしても、自分の誇りは得られないし、
自分の価値も上がらない。

自分が他人にすることが、自分が自分に対してすることだから

他人をけなしている人は、
きっと、心の中で自分もけなしている













あはは
相変わらず、このテーマです












さて、いかがでしたか?
今、あなたに、どんな気持ちが必要なのか、
何か、ヒントになっていたら、嬉しいです







もちろん、
欲しい物そのものスバリをゲットすべく、
狙いを定めるのもOKだから、
心のビジョンボードに貼っておくのが ですよ













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ビオダンサにアクセス

2010-02-08 | ビオダンサ

またもや、運命的に出逢ってしまった。。
                  「ビオダンサ(Biodanza)」 
スペイン語で「生命のダンス」という意味。

1960年代、南米チリで、医療人類学者ロランド・トーロ・アラネーダによって生み出されたダンスエクササイズです
















運動に縁のない私だけど、
やっぱり、カラダを動かしたくて、
これまで、
ヨガやピラティスをしてみたり、JOBAをしてみたり、
フラを習おうかとか思ったりしたけれど、
でも、
これに出逢うのを待っていたんだと思うほど、
強烈なインパクトを持って、飛び込んできた













振り付けはなく、
インストラクターの指導のもとで、テーマに沿って自分自身のダンスを踊る。

音楽に合わせて自由に体を動かすことは、
まさに、
今、ここ、を生きることそのもの

コミュニケーションのレベルは、
自分一人で、
ペアになって、
グループで、
全員で と、さまざまあるところが、
ホント、現実生活の縮図的要素を強めている














踊っていると、
生きている実感や、未来を創造する力、自分や他の人への愛おしさといったエネルギーが、
自然と湧き上がってくる












自分の意志で、
自分らしく、
カラダで表現する・・・・
気がつくと、
頭の中の声が止まって、
純白になっている自分がいて、
まさに、動的瞑想の体験と分かる













日常が優しくても、トゲトゲしていても、超ハッピーでも、落ち込んでいても、葛藤していても、
全部、OKを出してあげられる空間があって、
それを、
自分一人じゃなくて、
皆と一緒の中ですることに意味があるのだと思う。

人が勇気をもらうのは、人によってという場合が、圧倒的に多い。
人とつながっているという感覚は、
私にとっては、何物にも代えがたく、
そのときのために、
孤独を味わう時間も必要なのだと感じる













それに、
笑いたかったら笑って踊っていいし、
泣きたかったら泣いて踊っていいし、
シンとした心ならそれはそれでいいし、
参加したくなかったら、休んでていいなんて、
そんなダンス、
他にないでしょ

             









                     ビオダンサHPはこちら       









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バランス+アンバランス

2010-02-05 | フォルテネージュ

「私は人に何かしてあげようとは思わないんです。」
その人は、開口一番でそう言った。
美しい顔をまっすぐに私のほうに向けて、
そのまなざしは濁りがなかった













私は思わず微笑んだ。
なぜか、嬉しくなったのは、
その人が、今、その人の真実を語ってくれているからだろう

人の話に心が動くのは、
話している内容の美辞麗句とかではなく、
その人と話している内容との関係によって、決まってくると思う









「人は自分から何かを搾取していくだけ。
奪うだけ奪ったら、用無しとばかりに切り捨てる。
そんな人たちに、なぜ、自分から何かをしてあげようと思うのか

彼女が経験してきた人間関係は、
たやすいものではなかったようだ












でも、彼女はこうして、自己探求を続けている。
その中の一時期として、
人に何かをしてあげようと思わない自分を経験しているだけで、
彼女が、未来永劫そうだとは限らない。
人に何かをしてあげようと思わなくても、
相手のほうで勝手に何かを得てしまうかも知れない

「何かしてあげなくてはならないのではないか」という義務感も不要だし、
究極的に、
社会に奉仕することも、
人の役に立つことも、
人間の必須の条件ではないはずだ

彼女はそれを魂の歴史のうえで、知っているのだろう













彼女はルネサンス時代を生き、
放浪画家として家族も持たず、しがらみもなく、
あちこちの風光明媚をキャンパスに残した

空間的な放浪を満喫したから、
次は、
タイムトラベラーとして、時間的に放浪することにも食指を動かされ、
時空を実感しようとした


八艘飛びの牛若丸のように、
あちこちにかかる加重を散らして、
ダイナミックに動いて、しかもバツグンの平衡感覚で

 













アンバランスなときがないと、
バランスは保てない。

ずっと、バランスを取りっぱなしであれば、
それは、静止しているのと同じだ。

彼女にとって、人との間の粘着物質は、
放浪画家の爽快感が産んだ対の宝だ













歴史に翻弄される屈辱もひとつの経験
歴史の中のありかたのバリエーションのあれこれ、
彼女の探求は続く










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再び!遠隔ヒーリングの奇跡!

2010-02-03 | ヒーリング

月曜日の夜、
単身赴任先で、夫が38°の熱を出しました。
週末、
あちこち忙しく動き回り、人の多く集まる場所にも行ったので、
どこかで、ウィルスをもらってしまったようです


「インフルエンザかも知れない。。」と、
夫がかなり心配そうに電話してきました











家には市販の風邪薬しかなくて、
週明けは、
スケジュール的にもかなりタイトで、
仕事は休みづらく、
そのうえ、
住まいの近辺で大規模な工事があって、
家で安静に寝ていられないような状況・・・












私は、つい最近、
ヒーラーさんが自己ヒーリングで風邪を一掃したってお話を聞いたばかりだったので、
夫に、遠隔で
途中、休憩を入れて、約1時間、
懸命のレイキを送りました












最初は、
彼の住まいから浄化。
玄関ドアにシンボルを描き、
家全体に感謝を捧げます

それから、一部屋ずつ、金の粉をまくイメージで、
「いつも、仕事から帰ってきた○○○を癒し育み、元気を与えてくれて、どうもありがとうございます。」
と、念じながら、
まんべんなく、家中を一周します













それから、
彼の体内の風邪菌にも感謝します。
「あなたのおかげでこうしてレイキを送り、絆を深めることができています。
 お役目を果たしてくれてありがとう。どうか、安らかに、穏やかになってくださいませ。」











次に、
彼の身体に目を向けると、
両足がとても冷えていたので、

両手で片方ずつ足を包み込むビジョンで、
なんとか、
温め続けました。
なかなか、温まらない感じがして、時間がかかってしまいました












それから、
チャクラを下からひとつずつ磨いていく感じ。
第四がポイントだったみたいで、
念入りに、輝かせました
彼は深いグリーンが似合う人で、
オーラの色も、グリーンが基調です












途中、
何度かアファメーションをします。
「明日の朝、○○○の身体に奇跡が起きました。すっかり身体が軽く、気分は爽快で、元気を取り戻しています。ありがとうございます

「ゆっくりと体力を回復するスペースが確保できています。ありがとうございます













太陽に向かって大きく伸びをして、健やかにお仕事をしている夫をイメージして・・・



さあ、これで大丈夫

明日は、必ず奇跡が起こると信じて、
安心して、
私も眠りに落ちました












さて、翌朝、
夫から、
「微熱程度に熱が下がり、ビックリ!」とのメール















医者で検査して、
インフルエンザでないことが判明、
薬ももらったので、
夫は、
普通に一日仕事をしたようです。

その日の昼には、
9割がた回復し、
夜もぶり返すことなく、
翌日も、予定していたスケジュールで、お仕事できたとのこと













予定どおり、奇跡が起きました














レイキの効果だったのか、
もともと軽い風邪だったのか、

はたまた、
お薬師さんのご加護だったのか、

今となっては、永遠の謎ですが、
私としては、
ただ、これからもレイキを送り続けるだけだと、思いました












そして、
今回、ちょっと、気づいたことがあります。

私は、
夫自身が自分でもレイキを知り、信じて実践すれば、
もっと効果があるのに・・・と思っていたのですが、





もしかしたら、
夫が何を信じるとか、考えるとか、実践するとか、
何も関係がないのかも知れない












夫の風邪は、
私が体験している、私の現実。

私が、自分の内部を浄化すれば、現れている現実はゼロに戻る。


これは、
仏教の教えでもあり、ヒューレン博士のホ・オポノポノのしくみでもあります。

ヒューレン博士は、
患者を診察することなく、自らの内部をクリーニングすることだけで、
重篤な精神病を抱える受刑者の施設の実情を
一変させたのですから、
患者がどう考えようとそれは無関係なのだということです














たぶん、
夫は、自らに縁の深いお薬師さんのご加護だと信じているでしょう。
それは、
まぎれもない、夫の真実


それは矛盾ではなくて、
ただ、夫と私に、それぞれの真実があるということだけだから。。










あのとき、レイキを送っていなかったら?って、好奇心は湧きますが、
できごとは、やり直しや実験ができないから、

やはり、
信じることをその都度やり続けていくしかありません











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