Riyo(里誉)’s クレヨン

世田谷区桜新町のスピリチュアルカウンセリングサロン「フォルテネージュ」です☆

外側が内側の反映に見えないとき

2013-04-28 | フォルテネージュ

 

たとえば、


自分が満たされて、
とても楽しく過ごしているのに、



「あなたはそれではダメだ」と言われたとする




それを聞いたあなたは、

「世界は鏡、
内側の反映を外側に見るのだから」と、


自分の内側に、
「自分はダメだ」と思っているところを探しても、


どうしても見当たらない・・・・



そういうときって、確かにある



 

それでも、自分が相手に言わせたのだとすると、

そこには、何があるのだろう?







それはたぶん、ブックマークなんだ

「“満たされて過ごす”の、大事だよ、私にとって、外せないよ」っていうアンダーライン



それについて忘れないためだったり、

 

 

自分の味わっている世界のことを知らない誰かに、
それについて示してあげて、


その人を尊重しながらも、
視野を広げてあげるという試みをすることだったり、



相手も潜在意識でそれを望んでいるから、
あなたに声をかけたんだ

 

 

 

 

 

あなたが本当に満ち足りているのなら、



そんなときでも、
そんなときこそ、


とことんまで楽しく過ごせたなら、



その真髄を極められる、でしょ?

 

 

 

 

何でもいい、

どんな状況からも、

「ここから私は大事なメッセージを受け取る!」と決めることで、


人生に、「あってはならないこと」など、
何ひとつないんだ、ってことが、分かる

 



                  ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

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道徳とか、慈善とかでなく、黄金律。

2013-04-25 | フォルテネージュ

 

自分が誰かにしたことが、

そっくりそのまま自分に返ってくることが分かれば、



世の中から、いじめなんて、なくなるのにね





 

「あいつだけは許せない!」と思うような、


自分にとって、


最も、親切にするのが難しい人に、


自分がしてもらいたいように、してあげたときほど、



この宇宙の法則の神秘が、


輝きを放つときは、ないと思うの

 



 

だって、心の底から信じていないと、

 

できないことだものね

 

 


                  ハートサポートサロン「フォルテネージュ」


 

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悩みのホームで闘わない

2013-04-23 | 量子論?

 

たとえば


ある人との関係がうまくいかないときに
この状態をどうにかしたいと思うとする


これって、ごく普通の発想なんだけど、

 

ここから始めて、あれこれ対策しても、
たぶんうまくいかないの

 

 

 


「いま私はあの人とうまくいかないからどうにかしたい」

 

その前提の上に、
何を積み上げたとしても



そこに出来上がるもののトーンや色調は、
結局、基礎部分そのままなんだ


 

 

 

そこで、量子的飛躍の出番


 

アインシュタインの言う、

「問題を作りだしたときと同じ思考ではその問題は解決できない」ってやつね

 

 

 


 

前提を変えることから始めよう


「いま私はあの人とうまくいかない」から、


「いま私の人間関係は発展しつつある」とか
「いま私はより成熟した人間関係を持ちつつある」とか


「いま私たちは、誠実に真実を言い合えている」とか。。



自分が無理なく思えるところを探り当て

それを基礎に据えるわけ

 






いわば、悩みと同じ土壌では相撲を取らない

悩みのホームでは闘わない



 

 

そうすると、望む次元へのワープが果たされて



何をしても
その前提の発展形となるんだと思う

 


 

 

「だって、うまくいってると思えないから悩んでるんだよ~」の次元を満喫したら

 

自分の意志で
もうそれは選ばないと決めよう

 

どんなにリアルに思えても

所詮すべては
カプセルの中で夢を見ているだけなんだから



枯れススキを
幽霊だと言い張ってる自分から
幽体離脱して



俯瞰してみよう

 

 


 

 

存在のすべては、
多次元的なのだから、


同じものが必ず違って見えるはずだよ

 

 

 

                         ハートサポートサロン「フォルテネージュ」


 

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「右の頬を打たれたら左の・・」を考えてみた

2013-04-09 | フォルテネージュ

 

「あなたの頬を打つ者には
 もう一方の頬も向けなさい」


っていったい、
イエスは何を言ってるのだろう。。


忍耐あるのみ?
マゾヒズムのススメ?


じょーだんじゃない!

 

 

 

 

それで思い出すのは,

レ・ミゼラブルのあの神父さま


銀食器を盗んだジャンバルジャンが
警官に捕らえられて戻ったとき,


「これはこの者にあげたものだ。
燭台も持って行けと言ったのに。」と仰った,


神父の中の神父


その出来事が,
ジャンの人生に何をもたらしたかは周知のとおり

 

この神父さまが,


イエスの言葉を
解くカギだ

 

 

 


 

思うに,

もう一方の頬を向けるのは
ぶたれるためじゃない


「私はあなたの中に
神を見ています」という表明だ

 

言葉では簡単に言える
そのエッセンスを,


そのまま
行為に込めるためだ

 

私の中に
あなたの中に

どんなときも神がいると
本当に信じているという証を,

 

この地球上で
宣言する機会を
与えられた神父は,

 

どんなにか
幸せだったろうか





「教えてやろう」じゃない
「目覚めてくれ」でもない

 


それは、内に向かう,
揺るがない信頼であり,
真理を生きている喜びであり,


それとともにいると,
心穏やかで
安心していられる,そのこと

 

それが表せたら
結果、そこで何が起ころうと,



たぶんどうでも
よくなるだろうと思う

 

そして、どうでもよくなったとき、
誰にとっても、ベストなことが起こるんだ!!

 

 

最初に頬を打たれることは,
「あなたは本当にひとの中に神がいると信じているか?」という,

宇宙からの一喝かも知れない


 

 

 


 

 

そのいじめのおかげで,
念願の退職を決意できた,あのお局様に,


最後の日,ありがとうございましたと心から言えたならば,


お局様がどう反応しようと
まったく気にならないのと,

 

ちょっと似てると思った

 


ここから始めていこうと思った

 

 

                       ハートサポートサロン「フォルテネージュ」


 

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2.5人の新生活!

2013-04-04 | フォルテネージュ


占星術の手法で、


AさんとBさんのそれぞれのホロスコープを足して2で割って、
二人が合体した第3のホロスコープを出す、


というものがあるの





二人のエネルギーの
ちょうど調和が取れるところ、

自分の分身であり、
相手の分身であり、

ベストバランスの新人格、



そうそう、北斗と南が一緒になっているウルトラマンAとか、
剛と健太郎のバロムワン、を想像してもらえれば、

何となく、分かるかしら? (キミは知っているだろうか?)






ヨガでもね、

“木のポーズ”っていって、
片足で立ち、両手を上に伸ばすのがあるけど、

それを、二人で作るというのがあって、
二人寄り添いながら、間にあるバランスポイントを探って、

そこに向かって伸びると、
本当に、安定して、気持ちよいんだよ






いま、私に起こっている出来事は、
それに象徴されることだと感じている


まずは、二人の所有物たちを、
調整して、新陳代謝して、
キャパに合わせて、断捨離して、

新しいホームを造る

それぞれの得意なこと、資源やらを合わせて
ユニットとしての新しい生活スタイルを創る


一方の特徴が、片方によって強められ、
いっそう輝き、活きる機会が得られる



ひとりですいすいマイペースの自由さも、
とっても素敵だったけど、

組み合わせの妙ってやつは、
複数のエネルギー体が有機的に絡み合ったときならでは



それを、“束縛”“不自由”と見れば、
シンプルにそうなる

でも、未知なる喜びへの舞台設定だと思うことも、
ニュートラルに、できてしまうのだよ^-^v



そこには、きっと、
ひとりのときより、

もっと世界が広がるシナジーがあるようだ。。







それなり修羅場をくぐってきた私たちが、

4年のブランクを経て、


いま新たに、二人と一匹の有機体として歩き出す、


単身赴任だった夫の帰還は、
私に、そんな連想を、呼び起こしているよ

 

 

                   ハートサポートサロン「フォルテネージュ」


 

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子どもの頃遊んだ場所はなぜあんなに広いのか?

2013-04-03 | フォルテネージュ

 

たとえば、

子どもの頃に遊んでいた空間や、
よく見ていた木なんかが、


大人になってから見ると、


ものすごく、狭かったり、小さかったりすることって、
あるでしょ?




それは、自分の背が小さかったからだと、
一般的に考えられているけれど、


もしかしたら、それ以外の理由もあるかも知れないと思ったの




子どもは、大人よりも、
真理を体感しているから、


この宇宙空間のどこもかしこもを埋め尽くしている、
スピリットをしっかり感じて、

その躍動感を、情報として認識していて、


空間内に詰まった、密度の濃さをキャッチすることによって、


同じ空間を、
より豊かなもの、
より、広がりを含むものとして感じている、


だから、子どもは、同じ空間を広く感じるのではないか、ということ



同じことが、時間、にあてはめると、
密度の濃い時間は、長く、ではなくて、

短く思えるという不思議もあるよね








 

大人になるにつれて、
より、この物理的時空間への認識が強くなり、

メートルや秒分といった尺度基準が守られる比率は高くなる。


もちろん、大人であっても、
感情や情動によって、

空間や時間が、単なる客観的事実を越えることは、

みんな、経験済みだよね!

 

 

 

 

まさに、時空間にあるマトリックスを、
感覚レベルで取り込んでいるからこそ、


子どもの時間はあっという間だし、
子どもの空間はワンダーに満ちて広々している







そんなことを、
新仮説として提唱したい、春の夜なのだった

 

 

                       ハートサポートサロン「フォルテネージュ」


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ハワイからのテレパシー:毛虫と赤

2013-04-02 | チャネリング、透視


親友が、
ハワイのリトリート・ワークショップに行っている間、


“太平洋横断テレパシー実験”をしていたんだけど、





彼女から
「むし、むし、けむし」って来るから、


私、「え?ハワイにも毛虫いるんだ!」って思って、

は虫類好きの彼女が、
毛虫に感動しているのかも、と感じていたら、





帰国後、話を聞いてみると、

変容について考えていて、
毛虫に教えられたんだって!


毛虫は自然に蝶に変容する、

何も知らなくていいんだよ、って

 

 

 

それから、「アカ」っても来たから、

極彩色の、自然の赤が、
それはそれは美しいのだろうなあと想像していたら、



アカという名前の現地の女性と
交流があったんだとか。。!!

はは(笑)


なあんて、ご愛嬌

 

 

 

そして、


これらの通信内容は、
現地入りした最初のほうに受け取ったんだけど、


彼女が実際に体験したのは、
行程の終わりのほうだったりするんだって!

テレパシーは、
空間を越えるのはもちろんなんだけど、

時間も超えるんだね



あ、そうそう、

「信じられないような理由で泣いている人を見て驚いている彼女」、
という情報もきたんだけど、


それは、

ハワイのヒーラーさんが、
夕陽の美しさも知らずに忙殺されて生きてきた日本人のことを、
哀れに思って泣いてくれた

というエピソードがあって、


彼女が驚いたというか、

私が、感銘を受けました。。





 

 

とにも、かくにも、


ハワイでの体験は、
彼女の皇帝性を呼び覚まし、

帰国後、すぐに、

アグレッシブに
自らの帝国拡大計画に着手し、
あらゆる可能性を検討してる






そういえば、

お土産にもらったアートカード、

赤いハートと白い翼が、
神聖幾何学模様で描かれた、
“Freedom of  Love ”というタイトルのそれ、


初めて見たときから、
その赤にはひかれていたんだけど、


お気に入りのフレームに入れて、

サロンに飾った途端、
異彩を放ち始めたよ





明らかに、
サロンのメンバー達のニューリーダーとなってる




まるで、最初から、
ここに来るために、


海の向こうで僕は産まれたって言ってるみたい

 

 


                      ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

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自分のエッジを探して保つ

2013-04-01 | トランスパーソナル



「挑戦」とか「冒険」とかだと、
それは、「やるべき」に流れるから、
適当な言葉じゃない。



ストレスでは「負荷」過ぎるし、
スリルでは「遊興」に傾く。





やっぱり、
この言葉は中立だからフィットする。

「エッジ」

 

 

 

そこを越えると、危なく、痛く、
そこの手前だと、安らかで、つまらない。

 





レッドゾーン前の、
ある意味、対峙を余儀なくされるポイント。


いまの自分が、落ち着かなくなる、
インパクトの生じる場所。







目の前にやってきた状況に、
私は、心安らかでいられず、


意味を探し、
宇宙に問いかけ、

迷い、悩み、キレて、ヘコんで、
這いずり回っているとき、


私は、自分のエッジに対峙している。




時に挑戦し、
時に回避し、



どちらにしても、

穏やかならぬその気持ちのそのままに、
そこに居続けながら、

浮かび上がる自分のあれこれに、
しっかり重なり続けていく




すると、あるとき、


あぶり出しのように、
いつのまにか現れたネオな私がいて、


彼女は、答えを知っていた。





葛藤してた古い自分が、
怖くてとてもできなかったような決意と実行を、


これ以上ない完璧なタイミングで、
らくらくと、やすやすと、
こなしていくから、


私は、

蝶が毛虫になれないように、
もう、変態前には、戻れないと分かる。






 

そして、彼女は、

「いま、地球全体が、
自らのエッジに対峙し続けているよ」と告げてきたんだ

 

 

 

                        ハートサポートサロン「フォルテネージュ」





 

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