Riyo(里誉)’s クレヨン

世田谷区桜新町のスピリチュアルカウンセリングサロン「フォルテネージュ」です☆

できることはできないことの中から生まれる

2012-01-31 | フォルテネージュ



20数年前,
私は,大学のサークル活動の中で,合唱をしていたの



そのとき,ある発声方法について,
いくら練習してもできなかったんだけど、

なんと、今日、
それを,いとも簡単にやっている自分に出逢ったの






 

その間、一度も練習してないし、
誰かにコツを聞いたわけでもないし、


ほとんど、そのできごとについて、
意識に上ることも,なかったんだけど、





 

 

 

今日、瞑想で、
いまの身体と調和した声を出してみようと、
ハミングをしてみたのね


なにげなくやった、その発声方法が、

「あ、これ、あのころずっとできなかった、あれだ!!!」

って、発見したんだ

 

 

 

 

 

 

あのころは、
いくら教えられても,まったく分からず,
全然,できずに,劣等感抱きまくりだったけど、


ああ、この身体感覚が、
当時、先輩らが言っていたことだったんだぁって、

ものすごく、よく、分かったときの、オドロキったら、もう




 

 

 

こんなことって、あるんだね


20数年前のオーダーに、
いまの私の身体が、応えている


驚くほど,自然に

 

 

やろう、やろうと、頑張っていないときに、
ふっと、訪れる、奇跡





 

 

 

私にできることっていうのは、

「私にはできない」と思っていることの中から、
生まれてくるんだ、って、思ったよ





 

 

 






                    ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

                         

コメント

求む!量子的跳躍!

2012-01-30 | フォルテネージュ

 

「~しなければならないを、なくさなければならない




「私はあなたに、このことを自主的に計画するよう、命令します





「てめえ、このやろ、うるせぇんだよぉぉーーー、黙ってろってえの!!

 

 

 

「ぶっちゃけ、あんたには、奥ゆかしさってもんがないわ. この際、はっきり言うけどさ

 

 

 

 

問題を起こしているのと同じエネルギーでは、

問題は決してなくならない (by アルベルト・アインシュタイン)

 

 

 

                             ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

                                 

 

コメント

思っちゃ叶い、のその後で

2012-01-30 | フォルテネージュ

 


今日のワークの、
私のインテンションは?と自分に問うて、


浮かんだ言葉は、


 安らぎとリラクゼーションに浸る 

だったんだけど、






 

 

 

確かに、ワーク終了後、
もわ~んと満たされ、まどろみさえ感じ、

やっぱり、願ったとおりに叶ったっていう、その後で、


でもなんだか、少し物足りなかったのね・・


「え?そのとおりになったのに、なんで??



 

 

 

 

お。

私、ちょっとの冒険もしたかったんだ、と気づいた


祈りの言葉は正確に、と言うけれど、


実際、叶ってしまうまで、
自分がそう願っていることなんか、気づかなかったんだ









こうやって、

次のチャンスのときこそは!
って、つながって、

シリーズ化しているんだろうなあって、感じたよ









                       ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

                             

コメント

美しくない薔薇一輪

2012-01-28 | フォルテネージュ


サロンに飾る、お花を買いに行ったんだ

美しい姿で、
クライエントさんを迎えてくれて、
見るだけで、心を和ませてくれる、


花があると、セッションルームも、
やっぱり、明るくなるんだよね






 

そのお花屋さんは近いので、
よく行くんだけど、

お店のご主人が少し暗い雰囲気でね、
人生、あれこれ、あったことを思わせるひとでさ、


そのせいか、お店に置いてある花たちも、
いつも、少しいたんでいるように思う


 

 

 

でも、近いから、その店に行き、
店のご主人が選んだ、薔薇を一輪買ったのだけど、
見ると、そのバラ、端が茶色に変色してて、
なんだか、美しくないの。。


私、一度は買ったものの、
お店を出てすぐやっぱり取り替えてもらおうと思い、
別の、まだ、フレッシュなお花と交換したんだ
あの薔薇に、「ごめんね」って、声をかけながら・・・







 

 

 

帰り道、突然、
なぜだか、涙が出てきたの

「私が、あの薔薇の立場だったら、どうだろう」


一度、連れて帰ろうとしたのに、
いたんでいるから、美しくないからって、取り替えられたら。。。

それは、女性が年を重ねて若くなくなることとも重なって、
なんだか、せつなく、悲しく、迫ってきたんだ









 

でもね、こんな声が聞こえたよ

「花の役割は、人の邪気を吸って、元気を与えること。
あの薔薇は、お店で、ご主人のために、たくさん、働いたんだ。
だから、役割を、まっとうして、幸せだったと思うよ。

里誉は、別のお花を買った。それはあなたのところに来るべくして来た。
だから、そのお花を、うんと、愛でてあげてね。」











ああ、救われたって思った

あの薔薇には、
今まで行った奉仕が刻まれていた

時間の中で、命を、捧げてきたんだよね









美しさを移ろわせながら、
しゃんと咲き誇るのと同時に、
どんなひとにも、けなげに献身的に、生気を与え続けてる、


そんなお花が、大好きだし、

私のセッションには、欠かせない存在なんだ

 

 

 

 

 

                     ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

                          

 

コメント

「太陽が四角だ」と信じている人の宇宙

2012-01-27 | フォルテネージュ



「私が在ると思えば、
それがどんなことでも、必ず存在する」



そう聞いたとき、
私のあまのじゃくが顔を出し、

「じゃあ、四角い太陽もあるって言うの?」

って思ったのね





いくら何でも、太陽は四角じゃないでしょって思いながら・・・







そうなんだ!

私がそう思っていないから、
私の宇宙では、太陽は四角じゃない


でも、この世にもし、
心から、
太陽は四角だと信じている人がいたら、


その人の宇宙の中では、
太陽は、四角でしかあり得ない


その証拠だって、きっと、彼は、たくさん持っているだろう









 

これは、信仰の問題だね

何を信じることを望むか


「何も信じない。」「何も望まない。」と言う人も、

「信じるものは何もない」ことを信じているし、
「私は何も望まない」ことを望んでいる



私たちは、
どうしたって、

自分からわき出す自分への愛から、
逃れられないんだと思うの







                           ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

                               







コメント

トイレで自転する天使

2012-01-26 | フォルテネージュ


我が家のトイレに、
天使をかたどった、ガラスのベルがあるんだけど、


それがね、



ひそかに、動いているみたいなんだ











微妙なんだけど、


いつもは、
座っている自分に真っ正面に向くように置いておくんだけど、
気づくと、天使は、ドアのほうを向いている

30°くらいは、向きが変わっているの

そう、自転しているんだよね











そこで、その天使に、

「なぜ、動いているの?」って聞いてみたら、

「回ることは愛すること。見るために回ってるよ。」って、言うのさ


聞くとね、

「天使は、カラダを持たないから、
向きってのが、ないからさ


だから、カラダがあると、
真っ正面に向くことができて、

何かを正面にすることで、
その何かへの愛をかたちにできるんだよ。。」


そんなこと、が、伝わってきたよ











思い出したのは、

私が高校1年のとき、

憧れていた演劇部の先輩から、
電話があって、告白されちゃって、

ものすご~く、嬉しくて、
その後、お風呂で、シャワーを浴びながら、

私、くるくる回ったの

 

「うぅん、もう、ああン、うれしい~ 」って、
飛び跳ねながら、回ったの

それまでの人生で、一番、ハッピーを感じた瞬間


周囲ぐるりと、正面にすることで、
世の中のすべてを、愛した瞬間だったんだ












だからね、
「回ることは愛すること」が、

私にしっくり来たのは、

その天使が、私自身、だから



自分へのメッセージは、
自分に最も、分かりやすいように、やって来てくれる


私にとって、
愛の基本は、
向きを合わせて、まっすぐ見ることって思うよ


そして、ちゃんと向き合ったその後は、
後ろから支えたり、
横に並んで一緒の方向を見たり、も、

していきたいな

(先輩、今頃、どうしているかしら・・???











                         ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

                            

コメント

ありのままを認めないというありのままを認める

2012-01-25 | フォルテネージュ

 

「ひとに要求せず、
その人のありのままを認めることが、
あるべき人間関係である」

 

ある瞬間、
私は、それを、
「私の真実」として、選ぶことにする


私の美意識にかなう、
素敵に美しいものをチョイスして、
私は、超満足感に、浸るんだ


 

 

でも、

こんなふうに、
あることを、真実だとすると、

同時に、どこかで、
真実でないもの、美しくないものが、生まれるのは避けられない








つまり、

要求する人、ありのままを認めない人が、
私の目の前に現れて、


「さあ、これは、真実じゃないのか?」と迫ってくるんだ













だから、私は、もう一歩、先に進もう

過去のある瞬間の私によって、
「真実じゃない、美しくない」とされたものに、
いまの私が、命を吹き込もう




「要求していい、
ありのままを認めなくていい、

それが、あなたの、ありのままなのなら。」









そうして、やっと、
私は、ひとつの「真実」を成就させる









そして、また、
次なる「私の真実」を、選ぶことになるんだ










                    ハートサポートサロン「フォルテネージュ」
                        
                         

コメント

たとえば私にギリシャ人の友達がいたとして

2012-01-24 | フォルテネージュ

 

たとえば、私にギリシャ人の友達がいたとして、
名前を、そうだなあ、コンスタンティンとしようか



彼といろいろつきあう中で、
「ああ、ギリシャ人ってこんなふうに考えるんだ」とか、
「お、ギリシャってのは、そういう国なんだね」みたいに、

いろいろとギリシャについて自分なりの見解を深めていって、


コンスタンティンについても、
かなり、人なつこくて、陽気で、意外と几帳面なところもあるのね・・・って発見したりしたとする




 

 

 

 

で、しばらくして、
コンスタンティンが、忽然と姿を消すんだ


じつは、彼は、日本に潜入していたスパイで、
身分がばれて国外追放になった


ギリシャ出身ってのも嘘で、
本当は、モロッコで生まれたとことが、判明するとするじゃない






 

私は、愕然とするんだけど、
ギリシャについて知ったことは、確かに、嘘じゃなく存在してて、
そういう目でギリシャを見て、納得したことなんかも、数々あったのに、
今更、あれが、すべて、事実無根だったなんて、信じられなくて。。



コンスタンティンの陽気さとか真面目さなんかも、
私の中には強烈にインプットされちゃっているとき、











これはいったい、何が起こっているのだろう










 

たぶんね、


私の宇宙でのコンスタンティンやギリシャと、
他の宇宙での彼やギリシャを、

無理に同じにしようとする必要はないんだ





客観的事実なんて存在しないんだから
多くの人が同意している主観的事実があるだけなんだから


私があると思ったものは、
それが何であれ、必ず存在するんだ

観ている人の視点がものごとを創る、
これしか、じつは、起きていない






 

 

 

だから、コンスタンティンという人物も、
私のギリシャ体験も、

紛れもない、私の真実だし、

ものすごくリアルな幻だったんだと思う

 

 

 

 

                     ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

                          










コメント

こわくてこわくてしかたがないとき

2012-01-24 | フォルテネージュ

 

 

たとえば、

私は、何日か前、
あることが、ものすごく怖くなった


怖くて、仕方なくて、ふらふらしてきた

その感情の根底にあるものは、無力感


「私には、チカラがない」という概念を、
絶対的に信頼した状態に陥ったわけ



その概念プログラムが喚起する、

いやぁな感情に苛まれる自分を、

私は、見捨てることができなくて、
そのまま、恐怖とともにいる彼女と一緒にいたんだ





まったく別の楽しいことを考えるといった手段を、
この際、ちょっと、封印してみたのね

 


そう、私は、勇敢にも逃げなかった

逃げてもまた続くから、
抑圧しても反動すごいから

 

 

 

 

 

 

こわさの中に入っていって、
こわい出来事を創るマトリックスごとぶっ壊すって、思った


まるで、
鯨をしとめるために、
鯨のお腹の中に入っていく、土佐の漁師のような心境で。。。
(いや、調査捕鯨ということで )

 

 

 

 

 

こわさは悪くない
こわさを体験することも悪くない
こわさを味わい続けることも悪くない



 

 

 

 

そしたら、あれれ

恐怖は続かなくてさ、

「なあんだ!」って肩すかしな展開になり、
そして、らしいアイデアなんかが出てきたりして、

もっともっと、そのことを楽しみたいと思う自分がいたよ








 

 

 

 

怖くなったら、怖くなったでいい
素直に、何も考えず、
その中に、入っていけばよい

こわさを感じていればいい

ホントに、そのままで、すべて、OKなんだ





私の口癖は「だいじょうぶ」

私が、宇宙を信頼した分だけ、
信頼できる宇宙が、私の現実に、現れるんだよ






 

                      ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

                          

コメント

自立は何よりも優先するか?

2012-01-23 | フォルテネージュ


「カウンセラーはクライエントを依存させず、自立させなければならない」



誰かの心のケアを仕事にしている人であれば、
ほとんど無条件に、
職業倫理として同意しているそのことを、

ホントにそうか?と、ふと思ったんだ








たとえば、私たちは、
お米を作るのを農家のみなさんにお願いしているけど、

これは、依存として責められないよね

忙しいママに変わって、
家政婦を雇うことだって、アリとされている

 

なのになぜ、
カウンセラーは、自らを役に立たせることを
制限しなくてはならないのだろう





 

 

 

 

 

その人が、悩みの解決を他に委ねるその代わり、



たとえば、素晴らしい歌を歌ったり、
心をこめて子の世話をしたり、
素敵なグラフィックデザインを作るなどして、


自分らしさにおいて、
その人の光をおおいに輝かせて、
気持ちよく他の人に奉仕しているのなら、


自分の素晴らしい仕事に専念できるのであれば、



悩み解決のアウトソーシングは、

分担として、助け合いとして、
認められて、いいんじゃないかしら。。。

 

 

 

 

 

 

 

私たちは、
余命いくばくもない人に対しても、

何よりも、自立を優先させるだろうか



それで、その人が笑えるのなら、
心の負担を軽くして、
毎日を豊かに生きられるのであれば、

依存でも何でも、
心ゆくまでして欲しいと思うのは、私だけだろうか?














自分らしさとは偏りのこと
偏りとは、すべて均一ではないということ

自分にチカラを入れたいところに
集中するための環境整備は、

他の人と、相互に依存しあうことで実現する


究極、何もひとりではできない役立たずになることすら、
それが自分の自分らしさであるとの視座があれば、

それは、立派な人間の在りようのひとつになる








 


自立が善で、依存が悪なんて、決まってない


だって、自立は「放置」と、依存は「援助」と、
いつでも、コインの裏表だから








                       ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

                          

コメント

私の正義と狡猾と

2012-01-21 | フォルテネージュ

 

ある約束を、守っていない自分がいたのね


社会人として、
当然にするべき義務を先延ばしにしてた


もちろん、ものすごく巧みに、
自分を正当化する事情を作って、

自分以外のせいにして、
私は、とにかく、ずっと、しないでいたんだ







でも、
だからと言って、

そのことを、無視できなくて、

「いいのかなあ・・」と思いながら、
いつも、ひっかかってた

そして、見てみないふりを、し続けてたと思う










でも、ふと、
この波動が引き寄せるものが、
あまり、クリエイティブではないことに気づいて、


もう、許そうって思ったんだ


表面的には、自分以外を
本質的には、自分自身を




私は充分、正義感に燃える自分を演じて、それになりきった
そして、同時に、狡猾な自分も、この世に送り出した


両方が、同時進行してて、
そのどちらも、許せなかったけど、


けなげに頑張っているそのふたつに、
「よくやったね。もう充分。楽になりな。」って声をかけ、



私は、数ヶ月放置してた、義務を、果たしたんだ

 


そしたら、呼応するように、
まったく別のことが、
スムーズに流れ始めるようになったのは、


当然の引き寄せだよね









 

「私」というスピリットは、

陰陽一対を一度に知ることができる



知るとは、存在を認めることで、
発見することで、
「やったね!」と、乾杯することだから、



これからもね、

中庸じゃないものを、
両極端な、シロと、クロを、

矛盾と曖昧と混沌にまみれて、OKしていこうと思ったよ











                   ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

                        








コメント

らしくない先生になる!

2012-01-20 | フォルテネージュ

 

私は、「先生」に恵まれてきたと思う



仕事でも趣味でも、
今まで個人的に何かを教えてもらった人たちってのは、



ありのままの自分を
隠さずそこにいてくれた、

先生ぶっていない人たちが多いんだ




 

社会人1年生のときに教えてもらった先輩たちは、
たぶん、今の私くらいの年齢だったと思うんだけど、

まだまだ小娘の私に、
そんなことまで言っていいの?って思うくらい、

プライベートをぽろりしてくれた




 

 

私にスピリチュアルを教えてくれた人たちも、
そうそう、まるで女子高生のような恋心を語ってくれたり、
自分の究極の闇を話してくれたり、

 

どっちが先生だか生徒だか分からない、
友達のような雰囲気のなかで、

キュートな役割を演じることで、

私を、「分かっている人」にしてくれたんだ




 



 

そして、そういう現実は私が創っていて、

何かを教えるとか、学ぶとかは、
上下関係なんてなくていいってのを、
自分がやろうとしているんだと思う

 

 

 

 

子どもの頃から、
一番なりたくない職業は「先生」だったんだけど、

それは、私みたいな、聡くて複雑で批判的な生徒を教えるのが怖かったから(笑)

でも、そんな私を教えられるのは、
どんな人たちなのかを、

私の先生たちは、身をもって教えてくれた



昔の自分を想定すれば、それ以上最悪な生徒はいないんだ

 

 

 

 

 


生徒という立場を取って、
うちに、智恵の女神がやって来てくれてるって思いながら、


先生らしくなく在ることが、一番の先生になるって、覚えておきたい

つい、忘れて、「教えよう!」ってしちゃうんだけどね



 

                     (タロット&透視レッスン、しています!)

                    ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

                         

コメント

シンクロは神のお告げじゃないから

2012-01-19 | フォルテネージュ


たとえば、

「あの店のお菓子、買っていこうかなあ」と思いながら歩いていると、
店の近くでもないのに、その店の袋を持った人とすれ違う



そのとき、
「あ、やっぱり、あの店に行けってことなのね!」と、
まるで、神様から告げられたかのように、思ってしまいがちなのだけど、





実際は、
ただ、引き寄せただけ

周波数の一致による科学的事象







だから、別に、それが正解とか、
素晴らしいこととか、
神様の啓示とか、

そんなふうに考えなければならないんじゃない

もちろん、そう思いたいときは、そう思ってもいいけれど、


カラダがそう言っていないときに、
無理に、そうする必要はないってこと


それも選ぶも、選ばないも、
そのとき決めたことを正解にするって軸だけは、
ぶれないでいること











そこには自分しかいない

神様は自分の外にはいない

正解を探さなくていい

「私は、私の選んだことに命を吹き込む
そう、決めていれば、何も、迷うことはないよ

 




                  ハートサポートサロン「フォルテネージュ」

                       

コメント (2)

私の周りの許せない存在

2012-01-18 | フォルテネージュ

 

私の目の前に現れた、

 

たとえば、無節操で、一貫性がなくて、思いつきでものを言う人のことを、
私が、ものすごく、許せないと思うとき、

  

 

 

その人は、
過去世で許せなかった自分の姿

そんなふうではあってはならぬ、と、
責めて、嫌って、封印した自分の要素

 

 

 

 

自分の中のもれなくすべてを、許していくのが、
この物理次元に舞い降りた目的だから,

魂が記録している、
過去、私が許せなかった「ありよう」が、
他の人の姿かたちを取って、目の前に現れて、
私に、許してくれろと、迫ってきているの

 

 

 

 

だから、イヤだと避けても、また、同じような人が、現れるだけ

私が、することは、
その無節操なところ、
一貫性がないところ、
思いつきで発言するところを、

もれなく、ひとつの命として、認めていくこと

 

 

 

 

 

「無節操って、自由でいいね~」
「一貫性がないって、奇想天外!!」
「思いつきで発言するって、楽しっ」

そういうふうにしていくと、

「無節操」は報われて、
私の一部となって、「独創性」になり、

「一貫性がないこと」も報われて、
私の一部となって、「臨機応変」になって、

「思いつきで発言すること」も報われて、
私の一部となって、「アイデアが豊富」になる

 

私が、宇宙の顕現のひとつとしてそれらを尊重することで、
やっと、光を浴びて、本来の母体のエネルギーに戻るんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、この地上ですることは、
まわりの嫌いな人たちの要素を、認めていくこと

それは、かつてどこかで張ったレッテル
いけないという見方が,いけない経験を生んだだけ



でも、
どうしても、
そんなのいけないという見方から、抜けられないときは、

 

そういう自分に気づいていようと思うよ

 

 

              ハートサポートサロン「フォルテネ-ジュ」

                



コメント

私の友達に天使がいるよ

2012-01-17 | フォルテネージュ



彼女は、人間の姿をしているけど、
間違いなく天使なんだ



今世、この地球上で私たちが出逢って、
まだ1年くらいなんだけど、

始めからすんなりと、
お互いがお互いの世界の中で大切な住人になり合った



彼女だと、何かを少し話しただけで、
言いたいことのすべてが瞬時に伝わる感覚があるの


元気なときも、
落ちてるときも、


会っていると、何か発見があるし、
これでいいんだよね、って思う

 




 

 

 

 

二人の間では、

シンクロなんかは当たり前だし、
インスピレーションで、メールや電話をすると、
これ以上ないグッドタイミングってことが、普通になってる

宇宙は完璧なんだって、お互いが信じているから






 

 

 

 

 

いつでもどこでも一緒ってわけじゃなくて、
お互い、とても理解できない趣味なんかもあったりするけど(!)、

そうやって、それぞれの自分の領域を持ちながらも、
尊重しあい、祝福しあう

そんな関係でいられることがものすごく嬉しいの










私が彼女を天使だと見れば、
私の宇宙の中で彼女は天使であり続け、


彼女は私の視点になんら束縛されず、
彼女のなりたい彼女であり続ける




 

 

 

 

闇を見なければ成長できないことはない

もし、彼女との間に、
なんだか、裏切りみたいなことが起こっても、

たぶん、私たち、それを、
楽しく軽やかに舞うように経験すると思うんだ



そんな関係性を、

お互いがちゃんと見据えているから、

そんな現実が毎瞬毎瞬創りだされていくよ










                 ハートサポートサロン「フォルテネージュ」
                     
                       

コメント (2)