Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

この世界の(さらにいくつもの)片隅に

2019年12月26日 | 映画
 「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」を観た。2016年に大ヒットした「この世界の片隅に」に“さらにいくつもの”カットを追加したもの。わたしは2016年のヴァージョンは観なかったが、その後、戦争中に呉海軍工廠で働いた亡父の記録がかなり判明したので、戦争中の呉を舞台にした本作を観る気になった。というよりも、正確にいうと、亡父の記録を調べる過程でさまざまなご指導をいただいた方(「ポツダム少尉 68年ぶりのご挨拶 呉の奇跡」の著者。同書は自費出版・非売品だが、全国140か所の公立図書館に収蔵されているそうだ)の強い推薦を受けたから。

 ストーリーは多くの方がご存じだろうが、念のために簡単に触れると、1944年(昭和19年)、18歳になった「すず」は呉に住む「周作」のもとに嫁ぐ。「すず」にも「周作」にも結婚前に心を寄せる異性がいたが、そのことは二人とも胸に秘めたまま、若い二人のぎこちない新婚生活が始まる。

 「すず」は「周作」の過去に、「周作」は「すず」の過去に、それぞれ気付く。一方、戦争は激化し、呉にも空襲がある。やがて広島に原爆が投下され、そのキノコ雲が呉からも見える。敗戦。その翌月に枕崎台風が襲い、人々を打ちのめす。「すず」と「周作」は廃墟となった広島の街に佇む。そこに戦災孤児の少女が現れる。二人はその少女を連れて呉に帰る。二人は生活再建の一歩を踏み出す。

 以上、「すず」と「周作」の心の襞が濃やかに描かれるので、呉という文脈を離れても鑑賞できる作品だが、そこに戦時中の呉というリアルな場所が加わり、そこに亡父がいたという事情から、わたしは本作のディテールに目をみはった。

 たとえば扱く葉(こくば=松の落葉)でお湯を沸かすシーン。亡父は1998年に亡くなったが、その前に残した俳句に、扱く葉で風呂をたいた想い出を詠んだものがある。また「すず」が呉の市街を歩くシーンに出てくる映画館。亡父の俳句にも映画館が出てくる。また、これは俳句ではないが、亡父は生前、戦艦大和を見たとか、原爆のキノコ雲を見たとか言っていたが、それらも本作に出てくる。

 亡父は末端の工員だった。労働の厳しさ、生活環境の劣悪さ、あるいは1945年(昭和20年)3月以降の空襲の激しさなど、過酷な体験をしただろうが、前述の俳句100句あまりには、のどかな日常しか出てこない。生前の話の中にも、過酷な想い出は出てこなかった。そんなものだろうか。そんな亡父の記憶と、本作の、戦争中ではあるが、その“片隅”の健気な日常とがシンクロするように感じた。アニメの淡い色調が穏やかな情感を醸し出し、また時々現れるドローイングの太い線が印象的だった。
(2019.12.25.丸の内TOEI)
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2 コメント

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是非お読み下さい (フランツ)
2019-12-29 11:03:25
Eno様
映画早速ご覧になったんですね。お父さんや自分の父の遭遇した当時の呉の雰囲気が分かりますね。
実は、小生の父の部署 呉海軍工廠造機部の機械工場と云う場所で、工員として働いていた方の体験記があります。(四国の西予市出身)
本の題名は、「工員橋・徴用工員の記録」昭和45年(1972年)発行 丸山波路さんと云う方の呉の滞在記です。残念ながら、この方は、アニメ映画にも出てくる昭和20年7月1日(土)夜半から2日(日)の深夜の呉市街地への焼夷弾攻撃でお亡くなりになるのですが、そのご家族が、故人の遺された手記に基づいて、本に纏められています。
自分は、古書のネットワークで購入し読みましたが、丸山さんも望郷の念を俳句・和歌に詠んでおられますので、当時のお父さんの心情に共通する内容です。
国会図書館には登録されていますので、是非お読みになって下さい。
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Unknown (Eno)
2019-12-29 14:27:22
フランツ様
新しい情報をありがとうございます。
丸山波路さんの「工員橋・徴用工員の記録」を探してみましたが、アマゾンでは6,380円という高額な値段が付いていたので、私には手が出ませんでした。
近隣の目黒区や大田区の図書館にもないようなので、国会図書館を利用するしかなさそうですね。
ともかく、フランツ様の呉海軍工廠関係の情報量の多さには感嘆しています。
そろそろ2019年も終わりですね。
いろいろお世話になりました。また来年もよろしくお願い致します。
良いお年を。
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