元・還暦社労士の「ぼちぼち日記」

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労働者が仕事中の事故で相手に損害賠償した後に会社に応分の負担を求めることが可能か!<令和2.2.20最高裁判決/民法715>

2022-09-03 10:30:27 | 社会保険労務士
 民法715条は使用者は労働者の事業執行中第3者に加えた損害の賠償に対してその応分の負担を労働者に求償できるが・・・

  まず条文を確認したいと思います。民法715条は「労働者の事業の執行につき第3者に加えた損害について、使用者がその賠償をする責任がある」と定めています。これを「使用者責任」といっています。例えば、運送業者の従業員が交通事故を起こした場合は、一義的にはその責任は労働者にあり被害者に(=第3者)に賠償しなければならないのはその労働者なんだけれども、「事業の執行について」の事故なら、この民法715条の規定により、使用者もその賠償責任があるといっています。
 
 そして同条3項においては、使用者が現実に相手方(=第3者)に損害を賠償した場合は、その損害を生じさせた労働者へ「応分」の損害賠償の負担を求めることができるという規定(=労働者への求償)があります。しかしながら、この賠償額の全部を労働者に求償できるかについては、労使間の資力の格差、そして使用者は労働者を雇用し経済的利益を得ていることを踏まえ、こういったリスクを使用者は当然負うべくだとする考え方(これを「報償責任の法理」と言います。)に立って、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる範囲でしか労働者には求償できないとされています。具体的には、こういった労働契約の特質を踏まえ「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者(=労働者)の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他の諸般の事情に照らして」その労働者の求償の範囲を考えるべきだとしています。(茨石事件 最高裁昭和51年7月8日判決) 過去の裁判例では、労働者に故意または重過失があった場合のみ、損害額の4分の1や2分の1の限度で認められているようです。

 ここまでは、条文どおりの解釈だと思います。そこで、福山通運事件では、仕事中、労働者が第3者に加えた損害について、先に労働者が自ら全額を第3者に賠償した場合に、その負担を使用者に求めたものです。民法715条では、使用者が損害を賠償してその応分の負担を労働者に求めるものですが、この事件は、反対に労働者の方が賠償全額を支払った例で使用者に応分の負担を求めたものです。こういった「逆求償」(使用者からでなく労働者からの求償と意味で「逆求償」)は、明確な規定も判例もなく、学説上も否定的な見解があったのです。

 具体的な事件内容としては、トラック運転手をしていた労働者が、業務中に死亡交通事故を起こして、遺族にたいして1552万円の損害賠償をしたのちに、同額の支払いを使用者に求めたものです。使用者は事業に使用する車両全部について自動車保険契約を締結していないとの事情あり、労働者の方で賠償したという経緯もあったようです。一審では労使の責任割合を1:3として請求を一部認めたものの、控訴審では本来の賠償責任者は労働者であるとして、その労働者の請求を棄却しています。これでは労働者一人に賠償責任を負わせることになります。これに対し、最高裁は、715条の趣旨からすれば、使用者は第3者に対する損害賠償だけでなく、その労働者との関係でも損害を応分負担する場合があるとして、使用者・労働者のどちらかが先に賠償したかによって、会社の負担が異なるのは(=使用者が先に損害賠償すれば応分の労働者への負担請求、一方労働者が先に損害賠償すれば労働者は使用者へ負担請求できないとの考え)相当ではないとしました。すなわち、先に労働者が被害者遺族に損害賠償したからといっても、使用者は労働者に応分の損害賠償額を負うべきだとしたのです。
 
 したがって、大阪高裁判決を破棄して、損害負担額の算定のために同高裁に差し戻したものです。損害を自ら賠償した労働者は、上記茨石事件・最高裁51年7月8日判決の示した考慮要件(求償の具体的範囲)に照らして「損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に求償することができる」としたのです。
 なお、この最高裁判決においての補足意見として、労働者と使用者の負担割合について、労働者は自然人・会社はリスク分散のたくさんの選択肢を有することなどから、労働者の損害賠償の負担割合が小さい又はゼロであることもあり得るとしています。
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