平御幸(Miyuki.Taira)の鳥瞰図

古代史において夥しい新事実を公開する平御幸(Miyuki.Taira)が、独自の視点を日常に向けたものを書いています。

ゴミ人間の心理学

2006-05-09 11:36:12 | Weblog
 最近ゴミ屋敷が増えていますね。どこの町にも一つ二つは必ず見かけます。屋敷でなくても、ゴミに埋もれたマンション生活者など、テレビでは話題に事欠かないようです。テレビの企画でゴミの山を片付けるというのがありますが、犯罪ではないですが再犯率は高いようです。せっかく片付けても元の木阿弥。何故この様になるのでしょう。

 ゴミ屋敷にも大別して、棄てられないタイプと集めてくるタイプがあります。わざわざゴミを集める心理は普通の人には理解できません。しかし、全てのものに理由があり、説明できないものは無いはずです。でも本人でないので憶測するしかないのですが、これは見捨てられ症候群だと考えられます。

 見捨てられ症候群というのは学名ではなく、ドクターではない僕が勝手に付けた分類です。それで、この症候群の特徴は、特に母親の愛情欠落によって生じた病的な習性と考えられます。マザコンの一種ですが、本人が見捨てられたと感じた経験がトラウマとなり、成長してから何かの出来事が発端となり、病的な行動に走らせるというものです。見捨てられた経験が原因なので、見捨てられ症候群と呼びます。

 では、具体的に見捨てるとはどのような行為なのか。それは些細なことで、「この子はダメだ」という視線です。期待しないとか、他の兄弟と差別するとか、世間では普通にある母親の態度です。ですから、母親(父親を含めた家族)には自覚がありませんし、同様の環境に置かれた人の大半は普通に育っています。意気地がないとか、意志が弱いとか、生まれついての本人の資質と重ならないと発症しないと考えられます。

 見捨てられ症候群は多くの人が潜在的に有しているものですが、それが失恋、離婚、友人との不和、などの原因で症状が顕在化します。ゴミ屋敷の人は総じて孤独で、訪れる人は皆無なのです。家族にも見捨てられ、それで捨てられたゴミを自分のように感じてしまう。あるいは、棄てることを避けてしまう。実際にはもっと複雑ですが、単純に説明するとこうなります。

 見捨てられ症候群の人は、自分を見捨てた人に対して恨み骨髄ですから、復讐心を満たそうという潜在的な欲求があります。それが自分よりも弱い者、あるいは先進国レベルで立ち後れている国の人に対する、尊敬を欠いた行為となって現れます。アジア諸国での買春ツアーや少女買春などはその典型です。この様な形で欲求不満を解消できない人は、ゴミ屋敷への道が待っています。ご丁寧に両方という人もいますが。

 ダメ人間は、ダメな自分を愛されたいという根元的な欲求を捨てられません。なぜならば、それが親の視線に対する復讐だからです。自分が努力して愛されようとしても無駄と思っていますから、必然的にケチになります。愛情は受けるもので、与えるものではないのです。ですから、打算のない金銭関係は考えられません。このような女々しい精神構造になりますから、ますます他人との関係が悪化します。

 人の心というのは、本人の自覚によってしか変えられません。家族を含めた他人に出来るものには限界があるのです。親に対する復讐心を抱いている人は、人類の本当の親である神からも自らの意志で遠離ります。また、普通の人でも一人につき10体の悪霊が付きまとっています。これが、神から離れた人になると、付きまとう悪霊が何倍にも増えているのです。もっとも、自分から進んで呼び集めたようなものですが。人間は、悪魔と戦うことをこの世で義務付けられ、その成果によって次の世界での住処が決まるのです。ゴミ屋敷は悪霊の巣窟であり、この世の地獄の一つの縮図なのです。
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