平御幸(Miyuki.Taira)の鳥瞰図

古代史において夥しい新事実を公開する平御幸(Miyuki.Taira)が、独自の視点を日常に向けたものを書いています。

オウム麻原の死刑はない?

2006-04-30 10:11:35 | Weblog
 オウム真理教の麻原被告が、死刑判決を不服とした控訴を棄却されていますね。被害者の家族などは一刻も早い死刑を望んでいるかもしれませんが、池田小学校の殺人事件を起こした宅間守のような即死刑には疑問符です。

 宅間守が異例の早さで死刑に処せられた背景に、法務省に対する早期の清算が求められたからと考えられます。ネットでの宅間守は、密入国した在日朝鮮人部落出身と書かれています。しかも創価学会らしいです。宅間守は、在日と創価学会にとって最大の汚点なので緊急の清算が必要とされたのでは。

 では、オウムの麻原被告はというと、同じ理由で清算したい人物のようです。けれど麻原被告の場合には、歴史の証人として真実を語る義務があります。流布されているように、薬漬けでまともな答弁が出来ないようにされていたとしたら、麻原死刑は口封じのためと勘ぐられても仕方有りません。現在では暗黒裁判はできないように考えられていますが、薬害エイズ裁判のように被告に有利な裁判官を起用することも出来るし、逆に被告を始末するための人員も配置できるのです。

 麻原被告の背後に何があったのか。オウムの手口は、拉致とメディア操作と、有能な者を日本の統治機関に送り込むという、北朝鮮による工作と類似しています。事件当時、オウム幹部が新潟から北朝鮮に逃げようとしていたとも報じられています。在日と創価学会も含めた北朝鮮問題という枠組みの中に、麻原被告は入っているのです。それで、麻原被告を仕末したい側と、彼を有力な証言者として生存させたい側の、目に見えない綱引きがあってもおかしくはありません。このような状況ですから、死刑が確定しても即執行とは考えられません。もしも、早期に死刑執行が行われたなら、日本は法務という極めて大事な柱を自らの手で切り倒したことになります。サリン被害者の感情を煽るマスコミに踊らされないで、麻原被告に真実を語らせる機会を与えなくてはなりません。

 それにしても、創価学会(=公明党)と密接な小沢代表が民主党の代表に復帰です。日本を良くするには、自民と民主の大連合の上で、公明と旧社会党系の議員を排除するしかないのでは。

       エフライム工房 平御幸

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翳りが出た日産自動車

2006-04-28 14:29:32 | Weblog
 翳りが出た日産自動車

 日産自動車の国内販売に翳りが出ているそうです。カルロス・ゴーン氏による改革は一応の成果を見せたのですが、二の矢、三の矢が無かったからです。

 僕は、日産の改革に疑問を持っていました。それは、リストラによる村山工場の閉鎖です。リストラは必要であり、資産の有効利用も大事です。しかし、村山工場は吸収合併した旧プリンス自動車の最後の遺産なのです。プリンスは独創の会社であり、時代を先取りしたデザインと共に、個性の乏しかった日産に多様性を与えたのです。そのシンボル的な工場を切り捨てた時点で、日産は画一化という悪しき伝統の泥沼に陥る道を選んだのです。

 僕は、高校の時に授業中でも車の絵を描いていて、それでデザイナー志望の友人に誘われて絵の勉強を始めた経緯があります。美術部にいた訳でもないのに美術の成績はトップで、特に形を取ることは天才的でした。初めての石膏デッサンであるミロのビーナスは、芸大に入ってから観ても形に直すところはありませんでした。ちなみに、僕はデッサン力で吉田善彦教授に期待されたほどです。また、小学生の時から針金を曲げてサスペンションの模型を造って遊んでいました。ミニバンだって、40年近くも前に描いていたのですから、今流行のスタイルやコンセプトに新しさを全く感じません。

 そんな訳で、車のデザインには人一倍言いたいことがあります。それは、デザインは金がかからないということです。一人の才能あるデザイナーは、百人の無能なデザイナーの集まりに優れるからです。スバル360の百瀬氏や、サーフィンライン・スカイラインの桜井氏など、特別な給料を支払わなくても優れたデザインが出来たのです。実際、優れたデザインよりも酷いデザインの方が、何倍も時間とコストがかかっているのです。ですから、僕から見ると、デザインに金をかけるのは経営者に人材発掘能力がなく、また美的感覚が欠如している証拠となります。特に、マーケット調査でデザインを決めるというのは愚の骨頂ですね。それで個性が失われてユーザーに飽きられるのですから。

 以前のマツダがそうであったように、自動車会社が危機を迎える時には没個性という兆候が表れます。どの車も同じ顔、同じコンセプトというか、逆にコンセプトが感じられない没個性が蔓延します。以前のマツダもインフィニテイというブランドを追加したものの、内容はマツダとエンブレムの違いだけでした。最近のスバルも同じ顔になりかけたのですが、ユーザーの評判が悪く修正路線を選んだようです。

 さて、日産はゴーン氏がイスズ自動車から招いたデザイナーがチーフです。ところが、僕の目には余り才能があるようには見えません。神経質で大物感がなく、人物評価の面接で落としているタイプです。彼のデザインは、細部にこだわってこぢんまりとしたもので、車格とか風格とか、あるいは流麗さとかが感じられません。そして、最近はどれも同じ顔をした没個性に走っています。もっとも、没個性は日産の伝統であり、優れたデザインをトップ陣が寄って集って駄目にするというのはお家芸ですが。

 では、日産はどうすれば本当に再建できるか。それは、レッドとブルーという訳の分からない二つのステージを廃して、日産とプリンスという二枚看板にブランドを分けるのです。ですが、誤解の無いように申し上げておきますが、昔のセドリックとグロリアを姉妹車としたような安易なことはせず、全く別のブランドとして競わせるという意味です。同じ会社の中に、別のブランドを立ち上げて、社内競争を煽ることで活気を創出します。理想的には、プリンス自動車の復活という形で、完全に子会社化したブランドにするのがよいのです。そうすれば、没個性という大会社に蔓延する致命的な病気から救われます。

 ゴーン氏はリストラという経営手腕にのみ有能かもしれませんが、ブランドを育てたり、新しいデザインコンセプトを提案するということでは無能です。レッドとブルーのステージを見た時、ありゃ駄目だと思いましたね。ユーザーニーズに合わせた多様性が求められている時代に、小回りの利く子会社化した新ブランドは効果的な戦略となるのです。

 昔の自動車は、才能あるデザイナーによる一発芸でしたから、余りお金がかかっていません。エンジンだって、似たようなものです。新生マツダがロータリーを復活させたように、莫大な資金を導入しなくてもエンジンは開発できるのです(開発できないのなら他メーカーから買えばよいのです)。コンピュータを導入しても、開発コストが下がっていないのが実情ではないでしょうか。エンジンにしてもデザインにしても、あるいはシャーシーやサスペンションにしても、昔のメーカーがどこでもしていたような一発芸という究極のコストダウンによって、ローコストで個性のある魅力的な車は作れるのです。そして、余った資金は未来技術に投資し、環境問題で有利な戦略を練ることが出来ます。

 それにしても、無能な通産省役人が時代を見誤って合併さえさせなかったなら、プリンスはトヨタに次ぐ2番目のメーカーになっていただろうに。だって、当時はホンダなんかガレージメーカーですよ。
 
      エフライム工房 平御幸 
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二軍の方が強いスワローズ

2006-04-27 10:28:23 | Weblog
 二軍の方が強いスワローズ

 古田スワローズ勝てませんね。でもこれは、フィギュアの荒川選手の所で書いているように予想したことなのです。

 古田新監督の欠点は、決断力と判断力の欠如です。これは度重なる投手交代の遅れになって、三度は逆転負けに繋がっています。決断力がない監督は、選手を信頼するタイプなので勝っている時はよいのですが、負けが込むと何もしない監督と呼ばれます。判断力に関しては、元々が甘さのある性格なので、戦力の構成が仲の良い選手やベテラン中心となります。

 古田監督が甘いというのは、92~95年頃の、野村監督の巨人に対するインコース攻めが消えたことで分かります。当時は、厳しすぎる攻めに怒った巨人の選手が暴力に及んだので、何度も乱闘になったのです。ところが、古田の頭脳という評価が一人歩きすると、アウトコース一辺倒の配球に偏り出しました。インコースに投げさせるのは意表を突いた時だけです。それで、対巨人戦の防御率が年々降下し、大リーグに行く前の石井一などはボロクソに打たれました。巨人の方が大リーグよりも上なのです。

 僕は古代史で書いているように、スワローズの霊的なオーナーを自認しています。それで、中継がない試合は、ネットでリアルタイム速報の画面を見ています。でも、逆転されるとか、ホームラン打たれるとか、逆にホームラン打つとかは、大体予測(予感)できるのです。結果はその通りになるのですが、悪い予想が的中しても嬉しくありません。

 さて、低迷するスワローズはどうすれば勝てるようになるのか。それは、バランスの悪い打線のテコ入れです。まず、ラミレス、ラロッカ、リグス、という外人右バッターが三枚続く中軸を分割します。三人とも同じようなタイプなので、同じようなパターンで討ち取られるからです。打つ時は三人とも打ちますが、大半はワンパターンで処理できるので、相手投手は楽チンです。特に不振のリグス選手は、ベテランでも二軍で頑張っている、左の鈴木選手と入れ替えた方がよいでしょう。

 次に、ベテラン宮本選手を控えに回すことです。最近はエラーが多く、一昨年から強攻で失敗ばかりする選手になったので、バントしないのなら必要有りません。日本代表主将を努めて傲慢になった宮本選手がバントをしないので、他の選手も塁を進めるバッティングが出来ないのです。刺激策として、高校出のルーキー川端選手を使います。城石と土橋の二選手も含めて、二軍の梶本選手とどちらかが交代するべきです。それに、ラミレスの四番はゲッツーが多いので、岩村四番が理想です。

 ところで、このように厳しく書くのには訳があります。それは、僕がボロクソに言った選手は活躍するということです。言霊というのは怖ろしく、僕の言霊は呪いも同然なのです。それで、呪われては選手が可哀想ということで、神様が助けてくれるのです。もっとも、これは非公開が原則なので、公開するとどうなるかは分かりませんが。いずれにしろ、ベテラン選手は危機感を持たないと、今の成績では来年の契約は無いとフロントは考えています。

 古田監督が長島巨人の一年目のように、最下位になっても翌年に繋げればよいのです。そのためには、ベテランから若手への切り替えと、コントロール重視だけでなく、ドラフトで球の速い選手を指名するなど、古田監督の意識革命が必要となります。監督として、野村監督は多くの意味で模範です。投手の集め方など、当時の野村監督に見習うべき点は多いのです。しかし、野村監督が成功したのは、スワローズという生真面目な選手集団があったからこそというのも事実ですが。

 監督と選手の関係は、勝つことで強固になり、負けることで崩壊します。自分に厳しく、選手にも厳しい監督でなくては、名監督にはなれません。本当に厳しい監督は、常に二軍に目を向けて、選手の入れ替えを頻繁に行います。前任の若松監督も、これが出来ませんでした。一軍の今の状態では、昨年に比べ打力が大幅にアップした二軍にも負けるでしょう。同じ負けるのなら、外人やベテランよりも若手を使った方が来年のためになります。早くも来年の話をするのは残念ですが、それだけファームの選手は良い素材が多いのです。逆境こそ最大のチャンス、今は種蒔き前の開墾の時と開き直りましょう。

       エフライム工房 平御幸
 
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天皇が役割を終える時

2006-04-25 22:49:58 | Weblog
 天皇が役割を終える時

 秋篠宮夫妻に第三子が誕生予定という事で、皇室典範の改正論は一応の終息を見たようです。しかし、僕はこの問題に対して全く別の見方をしています。それは、最初から無意味な論議ではないかというものです。

 僕は古代史で、天智と天武の対立以来、日本の皇統は二つの鼎立状態で今に至ると書いています。しかしそれは、室町時代の南北朝という常識的な対立の構図ではありません。確かに南北朝の対立が今に至っているのですが、問題は、南北朝自体が古代イスラエルの南北分裂に端を発しているという深い根があるからです。

 前928年に蒔かれた古代イスラエル分裂の種は、南ユダ王国と北イスラエル王国の滅亡後にも世界史を翻弄し続けてきたのです。例えば、ローマ建国神話には、南ユダ王国の初代王サウルを輩出したベニヤミン族の影が見えます。また、サウルの次なる王は高名なダビデですが、ダビデを輩出したユダ族は、イエスとキリスト教によって世界に知れ渡ります。日本でも、聖徳太子を支えた秦氏はユダ族です。ユダ族は獅子がシンボルですが、獅子のヒエログリフの読みがハタなので、それが秦氏の名前となったのです。さらに、聖徳太子は突厥(トルコ)系のベニヤミン族なのです。

 対して、北イスラエルの末裔は、初代王ヤラベアムを輩出したエフライム族が中心となり、北イスラエルの伝統であるヨセフの教え、すなわち仏教を携えて世界を駆け回ります。仏教は、北イスラエルで祭っていた牛をトーテムとする、ダン族の末裔が開祖なのです。それで、ダンのという意味のダンナと言うのです。ダン族にはソロモン神殿を建てた技術があり、それで木工技術を神に捧げるダンジリを祭りとしたのです。ちなみに、ダンジリのジリはジリ足のジリであり、イスラエルの12部族の最後を行進したので尻と呼ばれたのです。ダンジリは団扇を扇ぎますが、ダン族の祭りなので扇ではなくて団扇なのです。

 南ユダと北イスラエルの末裔は、日本でも二つの皇統を維持しようとして対立します。それが北イスラエルのエフライム族による武の皇統と、南ユダのベニヤミン族による明の皇統です。両方とも先祖の名前の末字ですから、武はムと読み、明はミンと読みます。天武は武の皇統、斉明は明の皇統です。そして、南北朝の北朝が明の系譜、南朝が武の系譜なのですが、詳細はエフライム工房の『私だけの古代史第三部・法隆寺編』を読んで下さい。

 さて、問題はここからです。明治は明らかに明の系譜なのですが、実際には武の南朝によるクーデターがあり、明治天皇は即位後にエフライム系の天皇に替えられたのです。これはトンデモ説でも何でもなく、京都の明治天皇と東京の明治天皇の写真を見比べればすぐに分かります。さらに、新しい明治天皇は16才の時に、西郷隆盛と一緒に写真に納まっています。チョンマゲで刀を持ち、眼光鋭い武人の眼差しをしています。これから2年後に明治天皇となるのですが、キヨソーネが描いた絵も含め、この武の系譜の天皇の容貌は、下唇が突き出て顎が小さく、眉と目の間が狭いという共通性があります。(詳しい検証もしましたが、現段階では皇室批判に利用される可能性が高いので、正式発表には時期尚早と判断しました)

 実は、僕の若い時の顔は、この武の明治天皇によく似ているのです。異なるのは僕の方が口元や顎のバランスが良く、また小柄だというところです。それである時、描いた自画像が明治天皇に似ていることに気が付きました。ちなみに、ここで掲載している自画像は、コンタクトをしているためにパッチリ眼で、しかも髪を押さえるピン留めをしているので、描いた中では一番似ていない自画像です。

 それで、明治の天皇は、北イスラエル王国のエフライム族による武の系譜に落ち着いたのですが、実際には、薩長や土佐などの政治的な駆け引きの道具として、南ユダの北朝系の天皇も擁立されてきたのです。その図式は意外にも現代まで続いているようです。僕としても、問題が大きいことと確証が完全に得られていない事を合わせて考えると、何処まで書くべきか迷っています。ただ、僕の立場は南北イスラエルの融和を願うことにあります。決して、出自がエフライム系の平家だからという理由で、エフライム族の北イスラエル系天皇に荷担するのではありません。

 ですが、一般の人達はどちらかに荷担することで、自分のアイデンティティを高めようとします。あるいは、ナルシシズムを強めるというべきかもしれませんが。でもそれは、皇室の十字架を重くする行為でしかありません。雅子様の苦悩も、報道されているようなレベルのものではないのです。ですから、国民の一人一人が、皇室がどのような発言をされても驚かないような、本当に成熟した国家を造り上げる事が国民に課せられた責務なのです。

 また、世界の雛形として、日本においてイスラエルの融合が果たされなくては、世界中に散ったイスラエルが調和することはないのです。皇室典範の改正には、政治的な駆け引きや、あるいはもっと巨大な思惑が絡んでいるかもしれません。でも僕は、それが無意味になる日を知っています。なぜならば、古代イスラエルに始まった分裂と対立の図式はやがて崩壊し、天皇家はその役割を終えて十字架を降ろすからです。それは遠い未来ではなく、今の皇太子様が最後の天皇として役割を終える時に重なるのです。その時は2037年のイエス再臨の時。その時が来れば、神の代理の天皇家は必要がなく、皇室典範論議も無意味だったと理解されるでしょう。
 
       エフライム工房 平御幸


 参考 大室寅之祐(明治天皇)の出自と近代皇室について

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斑鳩(いかるが)は昴(スバル)

2006-04-10 08:45:39 | Weblog
 古代史の方で新発見があったと前に書きましたが、それをエフライム工房の方でアップしましたので、今回は概略を書きたいと思います。

 今回の発見は、斑鳩の寺院や古墳の配置が星座の昴になっているということです。何故昴なのかは後で説明するとして、最初に発見したのは牡牛座の方でした。昴が牡牛座の肩にあるのは有名ですが、それが大和西古墳群に映されていたのです。大和西古墳群は、ちょっと見にはオリオンに似ています。しかし、オリオンとするには左右反転したような構図であり、シンボルの三つ星もありません。まあ、厳密に再現しない理由として、古墳間の距離が全て、地球の赤道半径の等分になっているという事実が考えられました。それで、大阪の羽曳野古墳群が白鳥座、聖徳太子廟のある太子町古墳群がカシオペア座ということにしていたのです。これらも僕の発見で、もう15年以上前に発見していました。

 ところが、カシミール3Dという山岳地形シミュレーションソフト(無料)を用いて大和西古墳群の配置図を作ってみました。すると、どうも牡牛座に似ているという感じがします。それで星座と比較してみると、牡牛座のアルデバランという赤い右目が一際大きな古墳と一致するのです。もちろん、二本の角と脚の部分の星も一致します。

 それで、大和西古墳群は斑鳩の南にあるのですが、斑鳩も一望できるようにすると、牡牛座の肩にある昴と斑鳩の遺跡が一致するのです。藤ノ木古墳、法隆寺、夢殿、法輪寺、法起寺、西円堂、の七つですが、これも昴のプレアデス星団の七つ星伝説と重なります。最も昴は六星(むつらぼし)と呼ばれていましたが、西円堂は法隆寺に極めて近いので斑鳩も六つに見えます。外国でも星が一つ無くなったという話もあるようです。

 さて、本題はここからです。斑鳩は何故に昴を模(かたど)っていたのか?その疑問に対する答えは、斑鳩が北イスラエル王国と南ユダ王国の融合を目的とした聖地であり、それでイスラエルのシンボルである六芒星(ろくぼうせい)に繋がる昴の六星になるのです。古代日本の皇統は一つではなく、前928年に分裂した、北イスラエル王国の10部族と、南ユダ王国の2部族の覇権争いがあったのです。これが、天皇名が天武などの武の系統と、用明などの明の系統の二つになる理由なのです。

 北イスラエルの代表はエフライム族、南ユダの代表はダビデのユダではなく、最初のイスラエル王を輩出したベニヤミン族です。それぞれの末字のムとミンが武と明になるのです。ベニヤミンは突厥(とっけつ=トルコ)に変身していましたが、それで日本と兄弟であるという伝説が生まれたのです。長くなるので興味のある方はエフライム工房の『私だけの古代史第三部・法隆寺編』を読んで下さい。

     エフライム工房 平御幸

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八百長と阿吽(あうん)の間(はざま)

2006-04-05 11:20:29 | Weblog
 ここのブログは月曜更新なのですが、気まぐれなので今回はスポットです。


 話題としては少し古いですが、風化させるには惜しい出来事があるので書いてみます。それは、春場所の千秋楽です。この日の注目は、同じ星で並んだ横綱朝青龍と白鵬の優勝争いでしたが、白鵬には大関魁皇の引退もかかっていました。朝青龍の方も、栃東の横綱昇進を白紙に戻す一戦になっていました。

 このように、朝青龍と白鵬にとっては相撲が取りにくい環境になっていたのです。大関昇進を決めた白鵬にとっては、優勝は絶対条件ではありません。それで僕は、白鵬は落ち目の魁皇に負けると予想し、実際にそうなりました。また、朝青龍も栃東に負けるだろうと予想し、こちらもそうなりました。白鵬と朝青龍の不可解な負け方は、うがった見方をすると出来レースであり、昔なら八百長と糾弾されていたかもしれません。しかしこれは、八百長ではなくて阿吽の呼吸がもたらした結果と受け止めるべきなのです。


 その昔、無敵の大横綱大鵬は、落ち目のライバル柏戸に変な負け方をした事があります。柏戸も進退がかかる相撲ばかり取っていた力士でしたが、それで大鵬が力を抜いたと思われました。当時の相撲人気は今とは比べられないほどですから、大鵬に対して殺気だった批判もあったと思います。でも、大方の人は大鵬を擁護したのです。大鵬は土俵際で相手を労(いたわ)るような勝ち方が出来る名横綱でした。その優しさが、時にライバルに対しての甘さとなっても、それも大鵬の相撲だと理解されていたからです。

 琴欧州の師匠であった琴桜も、大関時代には八百長疑惑が多かった人です。琴桜も顔に似合わず(失礼)優しい力士でしたから、それで誤解を受ける事もあったと思います。けれど、八百長する人が横綱になれるほど相撲界は甘くはありません。琴桜は、横綱になる事で名誉を挽回したのです。

 阿吽という言葉は「始まりと終わり」を意味しています。これは、聖書では「アルパでありオメガである」と書かれているように、イエス・キリストの代名詞なのです。飛鳥昭雄氏が語るように、相撲そのものが人類の親であるイエスの奥義で成り立っています。だから、阿吽の呼吸を体得する事は横綱の条件かもしれません。

 さて、白鵬は自らの手で魁皇を引退に追い込むには(誰が見ても)経験が足りません。それで、中途半端な相撲であっさりと負けてしまいます(皆が納得)。それを土俵下で見ていた朝青龍は、阿吽の呼吸で、栃東相手に力を出し切れない相撲を取って負けてしまいます。もしも、白鵬が勝っていたら朝青龍も負けてはいなかったでしょう。それだけ朝青龍には自信もあったのです。結果的に、外国人力士である二人が負けた事で八方丸く収まったのですから、批判するのは野暮というものです。まあ、このように書く事も本来は野暮なのですが、書かないと理解できない人が余りに多くなっていますからね。文部省の無能な教育システムと、日教組による偏向教育の弊害で、美しい日本の心が失われている昨今ですから。

 まあ、いずれにしても、外国人力士に多くを教わる時代になったという自覚が必要ですね。ロボコップ力士で盛り上がるのは、それだけ日本の相撲界が駄目になった証拠でしかないのですから。

     エフライム工房 平御幸 

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奥ゆかしい荒川選手とスワローズ

2006-04-02 11:02:56 | Weblog
 プロ野球が開幕して、トリノ金メダリストの荒川選手も西武ライオンズの始球式に招かれました。西武はプリンスホテルが母体であり、所属がプリンスホテルという身内の関係から荒川選手が招かれたのです。

 ところが、スポニチによると、荒川選手はスワローズファンだそうです。パリーグは西武、セリーグはスワローズファンと断っていましたが、神宮にも観戦に行くそうですかられっきとしたスワローズファンです。スワローズは、首位打者の青木、エース格の藤井、中継ぎに転向した鎌田、二年目の田中、ルーキー武内など、早稲田出身の選手も多いですし、東北高校の後輩の高井投手もいますからね。それでここでも、落ち目の巨人が荒川選手に振られる事になります。

 巨人の始球式は欽ちゃんでしたが、これは荒川選手に断られたための代用です。時の人の浅田姉妹は地元の中日に確保され、昨年に安藤選手を起用したような、柳の下のドジョウ二匹目とはいかなかったのです。でも、荒川選手が芸能人なら、あるいは所属がプロダクションならば、ファンであるなしに関わらず、仕事として巨人の始球式を承諾したでしょう。そういう意味では、荒川選手がスワローズに対して貫いた義理は大したものです。

 実は、スワローズファンという人種は極めて特殊で、阪神やロッテのように熱狂的に応援する事はありません。神宮も滅多に満員にならず、いつもビジター(相手)方のファンの方が多いのです。それで、スワローズはファンが少ないのかと見られていますが、実際にはそうではありません。スワローズが優勝ともなれば、何処に潜伏していたのかと訝しくなるほどファンが押し寄せます。そう、スワローズのファンは、影で応援するタイプが圧倒的に多いのです。

 2001年の優勝の時、当時の若松監督が「ファンの皆様おめでとうございます」と名言を残しました。こんな謙虚な監督さんは他所の球団では考えられません。監督も、選手も、ファンも、プロの力の論理とは別の所にいるのです。チームワークを信条とする球団ですから、トレードでやって来た選手、あるいはルーキーとして入団した選手、彼らもすぐにチームの一員として迎えられます。それが、スワローズが他の球団と決定的に異なる点です。だから、他のチームからスワローズにやってきた選手は、口を揃えて「最高のチーム」と表現します。

 でも、このような球団の体質が形成されるには、長い時間と尊い犠牲を必要としてきたのです。例えば、国鉄時代には後に巨人に行く金田投手のワンマンチームでした。金田投手は他の選手を押し退けてまで自分の勝ち星を増やすという選手でしたから、今のスワローズの対極にあります。ですから、そのような選手は「手段を選ばない事」を伝統とする巨人にふさわしかったのです。大昔からほとんど事件と言うにふさわしい行為で選手を引き抜き、最近ではフリーエージェントとドラフトも巨人に有利になるように改悪を繰り返してきた巨人、それが巨人の傲慢な伝統の遺産なのです。

 しかし、我が身の事だけを考えてきた結果、巨人は強くなったでしょうか。他の球団が羨むような選手を揃え、毎年優勝候補の筆頭なのに、ここ数年の結果は散々です。昨年も、最も投手起用が下手な監督の一人である山本監督が広島カープにいたからこそ、屈辱的な最下位は免れたのです。ちなみに、昨年の広島カープの戦力に対する僕の評価はスワローズよりも上です。

 僕は古代史で、スワローズは上下のナイル川のシンボルであるSとYの字を持つ特別な球団と説明しています。SとYとは聖書学的に旧約の神ヤハウェとイエス・キリストを指すのです。また12球団という数も、イスラエルの12部族に対応しています。これは数だけではなく、シンボルも多くの球団が一致しているのです。例えば、ユダ族の獅子はライオンズ。マナセ族のホルス(隼=鷹の一種)はホークス、などなど。牛がシンボルのヨセフが二つに分かれて消滅(近鉄)したのも同じですね。ところが、巨人のジャイアントだけはイスラエルに敵対したペリシテの巨人ゴリアテが語源なのです。

 身長3.5メートルで完全武装のゴリアテは、石以外の武器を持たない若きダビデに倒されれました。12球団で最も優しい人間が集まっているスワローズは、まさにダビデのような弱者なのです。けれど、神はその弱いところを強くして下さる。それが、スワローズが弱いながらも互角に戦える理由なのです。このようなスワローズのファンは、毎年優勝する事は望んでいません。阪神が弱い時は阪神が、横浜が弱い時は横浜が優勝しても構わないと思えるのです。ですから、今年広島が優勝しても良かったと思えるでしょう。そういうファンの気質ですから、荒川選手も自分からスワローズの始球式に出たいとは言えないのです。

 その昔、四年連続最下位というスワローズ史上最も無能だった武上監督と差し違えて、故大杉選手がスワローズを救ってくれました。その背番号8を付けたルーキー武内選手も、スワローズの新たな救世主となるかもしれません。金田と武上というスワローズにとっての癌を喜んで迎えた巨人とは、その向かう道が正反対である必然としての死闘が待っています。今年のペナントレースは面白いですよ、きっと。でも、古代史で述べているように、スワローズは西暦の偶数年は試練の年なのです。古田監督も、ベテラン中心の選手起用で失敗するでしょう。球団が進めていた若返り策を受け入れるべきだったのです。石堂投手や高井投手など、バッター向きの選手に投手としての見切りを付ける事も出来ないでしょう。今年のルーキーは川端選手など高校生も素晴らしいですから、僕だったら全くメンバーも打順も違う構成にすると思います。古田監督には、今年は期待しないで応援というところですかね。

      エフライム工房 平御幸(Miyuki.Taira)

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