仁淀川日記
土佐を流れる清流・仁淀川や、高知の自然、身の回りのできごと、日常の風景を写真で紹介




梼原町神在居(ゆすはらちょうかんざいこ)は、坂本龍馬が
土佐から伊予へ脱藩する際に通ったであろう「脱藩の道」近く
にある集落です。



ここは標高が600m近くもあり、急峻な土地に棚田が作られて
います。



しかし、農業後継者の問題などから耕作する田んぼが少なく
なっていましたが、それを逆手にとって棚田オーナー制度を
取り入れて交流を広げています。



以前は狭い道が続いていましたが、今は整備された国道197号
がそのすぐ下を通り抜けています。



コメント ( 6 ) | Trackback ( )



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コメント
 
 
 
棚田 (おみや)
2005-06-25 15:54:32
綺麗な棚田ですね。テレビでよく棚田の画面を見ますが、ここは坂本竜馬が脱藩する時に通ったかも知れないと思うと、若き竜馬が何を考えながら歩いていたのかなーと想像してしまいます。
 
 
 
棚田 (haitty)
2005-06-25 20:30:34
このきれいな棚田を守っていくには

大変な苦労があることでしょう

ブログはいろんなことが分かっていいです

この前aigenさんが投稿されていた

マタタビ。今日ドライブ中に発見しました

思わずマタタビと叫び、今度は合歓の木と叫び

これもブログのおかげです

それにしても暑いですね

aigenさんはですか?

私は6月に入ってスイカをよく食べます

 
 
 
棚田の風景 (小鳥沢)
2005-06-25 23:12:09
”棚田の風景”・・・郷愁を感じるような、素晴らしい風景ですね~!

棚田を見ることがなかったので、見入ってしまいました。

いつも散歩する湖畔で、マタタビを見つけました。

一枝折って持ち帰り、野良猫に与えましたら、しばらく遊んでいました。

”猫にマタタビ”・・・でした。
 
 
 
神在居 (たこ)
2005-06-25 23:17:42
いかにも神様がどこかにいらっしゃるような所ですね。棚田も後継者不足だそうですが、オーナー制度のお蔭もあってとてもいい景色です。



秋や冬の棚田の景色ももしチャンスがおありなら写して載せていただけませんか?
 
 
 
檮原の ()
2005-06-25 23:20:59
棚田は有名ですね。写真さすがだと思っていつも拝見です。実家でも棚田作っていますが、平野部の田圃の何倍もの労力が必要に思います。収量は少ない?

オーナー制度で、このように棚田が守れて行くのは良いですよね。植林されてしまった、田畑を見るのは何となく寂しいです。
 
 
 
脱藩の道 (aigen)
2005-06-26 19:26:18
>おみやさん

初めて訪れましたが、千枚田と言う割りには大きな田んぼが多く、

千枚はちょっと無理のようです。

土佐は太平洋に面しています。そして背後には四国山地が立ちはだかっています。

この地から外に出るには、大海原を目指すか山を越えるしか方法がありませんでした。

今でこそ道路や鉄道が通じていますが、龍馬の時代はやはり、

挑戦という以上の思いがあったのでしょうね。



>haittyさん

ネムノキも見つけましたか。あちこちでほんわかとした花を咲かせていますね。

今日、母が大きなスイカを買ってきました。そしたら叔父が、親類からいただいたお裾分け

といって、大きなスイカを持ってきてくれました。

二つもあると冷蔵庫に入れるのは無理で、ひとつはしばらく外で我慢してもらいます。



>小鳥沢さん

こんなに規模は大きくないですが、高知県には棚田が多いですよ。

もともと平地が少ない土地ですので、段々畑はもとより、棚田も作られています。

しかし棚田は水の管理が大変です。

この神在居の棚田も水不足が深刻になっていると聞きました。



>たこさん

国道197号は良く通るのですが、ここまで登ったのは初めてです。

途中からは車1台がやっと通れるほどの狭いカーブが続きますが、

通る車がぜんぜんありませんので、ゆっくり走れば心配ありません。

収穫の時はまた、訪れてみたいと思います。



>風さん

棚田のオーナー制度は好評で、応募者多数で抽選を行うこともあるようです。

私の家もかつては田んぼがあり、稲も作っていました。

そして田植えから始まって草取り、刈り取り、脱穀など、一通りのことは経験しました。

今でも左手の薬指には稲と一緒に刈った傷跡が残っています。
 
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