コタツ評論

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マイレージ、マイライフ

2010-09-08 16:51:00 | レンタルDVD映画


主人公は、辣腕の首切り代行人。会社に代わって馘首の宣告をする仕事を請け負い、全米各地を航空機で飛び回る日々。貯まったマイルは月まで行けるほどだが、独身のまま、家族どころか家すらない。旅客機のシートと出張先のホテルで一年のほとんどを過ごすからだ。「帝国を築いた皇帝にも、こういう日は訪れるのです。苦境を乗り越えるのです」というのが彼の決まり文句。突然、「あなたの仕事はありません」と告げられた人々の痛み、苦しみ、怒り、不安を受け止め、「契約解除」を冷徹に、しかし穏便に成立させるのが彼の仕事である。

マイレージ、マイライフ(原題は、Up in the Air。これは珍しく邦題がうまい)

「あなたには、大きなチャンスが開けたと考えてください」
「年収9万ドルを失い、週240ドルの失業保険で暮らす生活のどこが?」
「子どもたちへの誇りの問題なのですね。あなたの子どもたちは、これまであなたを誇りに思ってきたでしょうか?」
「あなたはなぜ、子どもたちが大リーグの選手が好きなのか知っていますか?」
「子どもは誰でもスポーツ選手が好きなものさ」
「彼らが自分の夢を追いかけているからです」
「あなたのプロフィールを読むと、あなたは大学へ入る前、一流料理店でアルバイトしたことがあります。料理人になる夢を持っていたけれど、あきらめて大学に行き、この会社に勤めたのですね。もう一度、自分の夢に挑戦してみたらどうでしょうか?」

こんな説得力に富むカウンセリングをする彼の夢とは、全米でも数人しか達成していない天文学的なマイルを貯めることでしかない。そのためには、航空会社と提携したホテルで、マイルに加算されるからと、大量のディナーを注文するくらい。彼と同様に、マイルカードとホテルの会員カード、レンタカーの会員カードを財布にぎっしり詰めた、「私はあなたと同じ人種よ」という出張を繰り返すキャリアウーマンと懇ろになり、ビジネスもプライベートも充実したマイル人生が続くと思えたが。

もうすぐ目標マイルに達しようというある日、会社はネットを通じたチャットで馘首宣告する新しい方針を打ち出し、出張がすべてなくなりそうだと知る。自分が慣れ親しんだ仕事のスタイルが根底から変わるわけで、彼にとっては馘首にも等しい。今日も、彼が「契約解除」を告げる人々は、何より家族を思って涙している。家族のない孤独な自分をあらためて思い知ることになる。

旅先のホテルで情を交わす「私は後くされのない女よ」というキャリアウーマンと、二人で出かけた故郷の妹の結婚式。楽しい時間が過ぎ、一波瀾が起きるが、そこには、「温かな笑顔」を浮かべた彼女と自分がいた。自分の殻に閉じこもり、心の交流に臆病だった彼も、彼女との新しい生き方を決意し、大事なキャリアとなる講演を途中で下りて、彼女の家へひた走る。

ここから先の展開がひとひねりあって、大人の映画になっている。老いにさしかかったジョージ・クルーニーが絶品。馘首・失業という人生にとって、きわめて残酷な一面を扱いながら、安直な希望を語ったり、お約束めいた家族愛に流れることなく、「温かな笑顔」を噛みしめる、ちょっぴり寂しい男の映画だった。この、ちょっぴり寂しい、というところが、ダンディということなのだ(あ~あ、ダンディ坂野が出てから、ダンディという表記に赤面がともなうようになった。そのくせ、もう消えている)。

(敬称略)