コタツ評論

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トロピック・サンダー

2009-04-09 14:23:00 | レンタルDVD映画

邦題をつけろよ、邦題を!

トロピック・サンダー 地上最低の作戦
  
トロピック・サンダー(TROPIC THUNDER=熱帯性雷)ではなんだかわからない。「地上最低の作戦」という副題も付いているが、中途半端。俺なら、「底抜けドタバタ地上最低の大作戦!? おどれら役者やのう!!!」とでもする。

ハリウッドならではの傑作

まず豪華スターの競演。ベン・スティラージャック・ブラックロバート・ダウニー・Jrは、アメリカではともかく、日本ではとてもスターとはいえないから、後は観てのお楽しみ。アッと驚く大スターの怪演をはじめとして、有名スターや大物俳優たちがいかにも振られそうな役柄に扮し、その格好よい役柄を見事に裏切る人物像を楽しそうに演じている。

次ぎに莫大な製作費。これだけのスターと有名俳優を集めた上に、映画の中で別な映画づくりを見せるというのだから、2本分の金がかかっている。東南アジア某国のジャングルに敵のアジトのセットが組まれ、そこでの戦闘場面を撮影するセットやスタッフが見せられ、さらに観客には見えないカメラのこちら側に本当の撮影スタッフがいるわけだ。

その映画中映画は徹底している。戦争映画の主演3人、落ち目のアクション俳優(ベン・スティラー)、下品なデブが売り物のコメディ俳優(ジャック・ブラック)、異常なほど役に成り切る演技派俳優(ロバート・ダウニー・Jr)、それぞれの最新作の予告編までつくる凝りよう。これが悪ふざけどころか、予告編として立派に通用する出来映え。

だが、3人をキャスティングしたジャングルロケの撮影はとん挫する。マヌケにも400万ドルも掛けた大爆破シーンの撮影を逃し、製作予算が底をついたからだ。製作中止の危機に監督と原作者は苦しまぎれの一計を案じる。3人をジャングルに投げ込み、あちこちに仕掛けたカメラでゲリラ撮影をするという苦肉の策だ。

ところが、そのジャングルは麻薬組織が縄張りとする本物の戦場だった……。そうとも知らず、わがまま勝手なスター俳優たちは、不平不満を並べながら、米軍の重装備に空砲の銃を携えて、本物の銃弾が飛びかうジャングルに置き去りにされる。はたして、「地上最低の作戦」は成功し、映画は完成するのか?

映画ファンなら必見

アメリカではともかく、日本では爆笑に次ぐ爆笑にはならなかっただろう。しかし、映画ファンなら、ハリウッド映画に浸ってきた人なら、クスクス笑いの連続のはず。黒人の鬼軍曹に扮するロバート・ダウニー・Jrが「オーストラリア人俳優」という設定だったり、それを「コアラ臭い黒人の真似は止めろ!」と共演の黒人俳優から怒鳴られたり、その黒人俳優の名前がアルパ・チーノだったり、貧相で小心な「イギリス人監督」を真っ先に爆死させたり、オスカー像が欲しくてたまらぬアクションスターに、ヤク中のお下劣コメディスターなどなど、虚実皮膜の連続弾なのだ。

俳優たちだけでなく、実戦の監修に参加したうさんくさい原作者やアクションスターの軽躁なエージェント、戦闘シーンを仕切る爆破オタクのおっさん、怪物的なプロデューサーなど、観客にはあまり馴染みのないハリウッドの「映画関係者」もさもありなんというキャラクターで登場して、ドタバタに輪をかけ、メタフィクションの底を掘り下げている。

もちろん、これまでの有名映画からの引用もたくさん。すぐに気づくのは、『プラトーン』でウィリアム・デフォーが膝をつき両手を空に伸ばす戦死シーンだ。ジャングルを行軍中、映画スターたちは映画や演技についての話題をしょっちゅう口にする。楽屋落ちや内幕ものにとどまらないのは、ベン・スティラー、ジャック・ブラック、ロバート・ダウニー・Jrらが自らのパロディを演じつつ、つまり自己批評の延長上にハリウッドの異様と滑稽を撃つ一方で、全身全霊で映画をつくる喜びを演じている、という構成だからだ。なんと映画中映画なのに、劇中劇まで演じられるのだ。それも演技と演劇の原初である道化劇がジャングルの奥深く、アジアの民の前で披露される。こうなると、観客はどこがメタフィクションの底かわからなくなるが、もう筋の運びや場面の意味を気にしなくなっている。成功した映画の条件である。

最後は、映画の場面に入って、一緒にスタンディング・オベーションしたくなるだろう。しかし、名優ジョン・ヴォイドをこんな風に使うとは!

ベン・スティラーの監督主演。『太陽の帝国』に出演したときから15年越しの企画だという。ベン・スティラーは脚本にも参加しているが、ほかにイータン・コーエン(Etan Cohen)という名前がある。もちろん、『ノーカントリー』で昨年度のアカデミー賞作品賞を受賞したコーエン兄弟の弟イーサン・コーエン(Ethan Cohen)の別筆名だ。遊んでるなあ。

真剣に楽しんでつくった、とても知的な作品だが、映画ファンなら誰でも笑えて感動できる。2008年度アカデミー賞の作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞に非ノミネートの栄誉に輝く問題作! 

(敬称略)