コタツ評論

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嫌なジジイ

2008-10-23 23:55:08 | ブックオフ本
『冷暖房ナシ』(山本夏彦 文春文庫)

帯の惹句には、「真の常識 深い教養 巧まざるユーモア! 激辛エッセイの粋」とある。文芸春秋や新潮社には文芸編集の手練れがいるにもかかわらず、こんな陳腐な文句しか思い浮かばなかったところからして、山本夏彦の毒気に当てられている。随筆やエッセイ、時評と呼ばれるジャンルに入る文集だが、いずれにもやや規格外、ただ山本夏彦の文章だ。

立川談志の口跡で、「嫌なジジイだねえ」と語尾を上げたくなる。読めば腹が立つからめったに読まない。と、こういう言い回しからしてジジイに影響されているのがまた口惜しい。たとえば、俺は戦後民主主義を評価している。すると、ジジイの声が聴こえる。「評価するとはおこがましい。それきり知らないだけだろう」と嘲笑も浮かぶ。

しかし、解説の徳岡孝夫も書いている、ガン死した妻の闘病記である「丸山ワクチン」。真情迫ってめったに読めない一編だ。いや、いわゆる「闘病記」ではない。ああ、ややこしいジジイだ。お涙頂戴ではもちろんないが、その裏返しの淡々とつきはなしたという修飾でもなく、静かな憤りと沸き立つような悲しみが、行間にある。

左翼や民主主義や人権などの言葉を字義通り使うことは金輪際なく、いわゆる保守系の雑誌にしか書かないジジイだが、反動には頷いても何かを保守するなど児戯に等しいと冷笑しかねないところに、文春は困ってあんな惹句をつけるしかなかったとも思える。激辛は消費されるが、このジジイはそんな玉じゃないのである。

(敬称略)