徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第十八話 不測の事態 -追われる男-)

2005-09-16 17:42:06 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 輝郷の許可はすぐに下りた。
この間のことで修は藤宮学園に対し、お詫びの代わりに受験塾拡張のための資金の名目でそれ相応の寄付を申し出た。

 嫌なうわさのもとを祓ってもらえる上に、労せずして資金まで調達できたのだから輝郷の機嫌がいいのは当たり前だ。
 勿論、他の父兄やOB、賛助会員の手前、異常と思われるような額を提示することはできないが、それでも群を抜いている。

 理事長室を祭祀に使われることぐらい何の問題があろうか。
たとえ派手にぶっ壊されたとしても、修ならすぐに改装の手配をするだろう。

 こういうところだけ見ると輝郷という人は計算高い嫌な男のように思われるが、これはあくまで学園の経営者としての輝郷のやむをえない姿である。
 実際には、本当に必要なことのためには私財を擲ってでも取り組もうとする教育者としての姿の方がその人となりをよく表していた。

  

 「先生のことを家族に聞いてみたんだが…身体の方は全く問題ないらしいんだ。
ま…長い病院暮らしで少々なまってはいるらしいが、少しリハビリすれば教壇に立てるくらいの健康状態だ。

 あのぼんやりする症状さえなければなあ…。 」

 宇佐はいかにも残念そうに言った。
目の前を例の看板親爺がスマートに通り過ぎた。看板親爺はその巧みな話術で若い女性客にもてているようだ。

 「なあ…修。 もしもあの症状がなくなったら職場復帰できるだろうか?
何しろ先生もそんなに若くないんで、学園が受け入れてくれるかどうかも気になるところなんだが。 」

 宇佐が修を覗き込むようにして小声で訊いた。

 「そうだな…それは…先生が元気になってからじゃないとなんとも言い難いね。
学園の就職事情までは僕にも分からないからな…。 」

修は困ったような顔をした。そりゃあそうだ…と宇佐は思った。

 「何のお話…? 」 

看板親爺が笙子を案内してカウンター席まで連れてきた。

 「よう。 笙子。 久しぶりじゃねえか。 相変わらず色っぽいな。 」

宇佐はそう言うとグラスにワインを注いだ。

 「修お待たせ…。 」

 そう言いながら笙子は修と軽くキスを交わした。やれやれというように宇佐が笑いながら肩をすくめた。

 「宇佐ちゃん元気してた…? 随分シェフらしくなっちゃったじゃないの。 」

笙子はにっこりと微笑みながら宇佐に訊いた。

 「元気してたよ…。 おまえ少しは修の奥さんしてんのか? 」

 「うふふ…。 ほとんどしてない。 だって忙しいんだもの。 」

 修を見ながら笙子は笑った。修は苦笑した。 
宇佐は笙子のために特別なオードブルを出した。
 
 「おいしい~。 さすがね。 宇佐ちゃんいい腕。 」

 「惚れなおしたか…? 」

笙子は艶っぽい笑みを浮かべた。宇佐は笙子のために自慢の腕を振るっていた。

 「そうね。 もう少しお料理をいただいてから考えるわ…。 」

美しく盛られた料理を前に笙子はご機嫌で答えた。
 
 宇佐の作った料理をおいしそうに食べる笙子の横顔を修は黙って見つめていた。
他人が思うほど笙子は修をほかりっぱなしにしているわけではない。
 世間で言うところの良い奥さんとはどんなものかは知らないが、修にとっては笙子は十分世話女房と言える。

 「なあに…修? あ…これ欲しいんでしょ? はい…お口を開けて…。 」

 笙子は料理の中のブラックオリーブを修の口に運んだ。
別にそれが欲しくて見てるわけじゃなかったが修は素直に従った。

 「うふふ…。 修はね…オリーブが好きなのよ。 
オニオンスライスとトマトのサラダなんかにたっぷりのっけてあげると喜ぶわ。」

 はいはいご馳走さま…と宇佐は思った。思いながら安心した。
仲間内のうわさでは笙子のとんでもない悪妻振りが伝えられていたが、見たところこの夫婦は巧くいっているようだ。

 特に修の眼…とろけそうで見ちゃいられないぜ。
宇佐の知り得る限りでは高等部の時にはすでに先生も仲間も公認のふたりだった。その後どんな紆余曲折があったか知らないが、これほどひとりの女に惚れこんでいられるものだろうか。

 考えられんね…俺には…。
宇佐はまたやれやれと言うように首を振った。
 


 叔父貴彦が風邪から復活したお蔭で、先週あたりの地獄の忙しさからは一応解放された修は着々と準備を整えつつあった。

 四人組には毎晩鬼面川式護身修練をさせていたし、理事長室からは部屋が吹っ飛んでも問題ないように重要なものだけを移動させ、史朗と黒田にはコラボの段取りを付けさせた。

あとは…唐島。
あれから修は毎晩のように唐島に電話をした。
唐島は挨拶以外の言葉を発しなかった。ただ修の話す声を聞いていた。
それだけでほんの少しの間だけ唐島の心から恐怖が薄らぐ。

 お人よしと言われようと馬鹿と思われようとそれで救われる人がいるんだからよしとすべきだ…修はそう考えた。



 金曜日。受験塾が終わり四人はそれぞれのクラスから出て下駄箱のところで落ち合った。今夜は総仕上げをする予定だった。

 正門のところで紫峰家の車が待っていた。四人は急いでそちらへ向かった。
夜間警備の人たちが門のところで立ち話をしていた。  
 
 『それじゃあ大山先生は無事だったんだな。 』 

 『ええ…予定より早い列車に乗られたそうで…。 』

偶然彼らの会話が耳に入った。

 『さっきまで連絡待ちの先生がひとりで待機しておられたんですが、無事と分かって職員室を閉めて帰られたようです。』

 四人は顔を見合わせると回れ右して職員室の方へ向かった。
すでに校舎は暗く職員室にも人の気配はなかった。 
雅人が透視を試みた。唐島の気配を追った。
学校を出たことは確かなようで雅人は少しほっとした。

 ところが隆平が妙な気配を感じると言い出した。
雅人が唐島の気配を追うと違う気配が同じ方向に感じられると言う。
 四人は急いで車に戻ると修に連絡した。修はすぐに帰宅するよう命じた。
そして帰宅後は屋敷を出るなと釘を刺した。



 連絡待ちのために職員室にひとり残った時、唐島は言いようのない不安に襲われたが、幸いなことに河原先生もあの怖ろしい死霊たちも現れなかった。
 警備の人がうろうろしていたせいもあるかもしれないが、何にしてもあれを見なくて済んだだけ有難い事だった。

 簡単に食事を済ませ、風呂を済ませ、新聞を見ながらいつしかうとうとし始めた。どのくらい経ったのか何かの動く気配がして目が覚めた。

 顔を上げると正面にあの若い男が…。唐島は叫ぼうとしたが声にならなかった。
口から出たのはただうーうーと唸るような声だけ。

 逃げようと後ずさりするが身体がこわばって思うように動かない。
青白く冷たい表情を浮かべ男は次第に迫ってくる。

 何故…? 修はここはまだ安全だと言っていた。
史朗も…史朗は学校では絶対にひとりになるなと言った。
はっと思い当たったのは連絡待ちのために職員室でひとりきりになったこと。
でも何事も起こらなかったじゃないか…。

 唐島は必死で動こうとした。死霊に物をぶつけたところでどうしようもないのだろうが、持っていた新聞を投げつけて見たりもした。

何とか這いずるようにして姉の遺影のところまで逃げた。

 姉さん…姉さん…助けてくれ…こいつを消してくれ…。

 男は唐島に手を掛けて唐島の中へと入り込もうとしていた。
全身が凍りつくような感覚を覚えた。
もはや唸り声さえも出せず、喉の奥でヒューヒューと音だけが鳴った。

 だめだ…もう…がんばれないよ…。
ごめん…ごめん…修くん…。

 玄関の扉がけたたましい音を響かせて開いた。
誰かが無言のまま唐島の方へ向かってきた。 

 その人の手が太陽のように鋭く輝いた。
今まさに唐島の中に入り込もうとしている男にその手を触れた。

男はもんどりうって倒れ唐島から離れた。

 その人の後を追うようにもうひとりが駆けつけた。
激しい勢いで文言を述べるその姿から史朗だと分かった。

 「御大親の御名において…去れ! 」

史朗が触れると男は苦悶の表情を浮かべながら消えていった。

唐島はぜいぜいと肩で息をした。

 「大丈夫…? 遼くん…。 」

唐島は驚いて顔を上げた。修が心配そうに見つめていた。

 「修くん…きみ…来てくれたんだ…。 本当に…護ってくれたんだ…。」  
 
唐島は覚めやらぬ恐怖に怯え震えていた。

子どものようなその姿を見て修は穏やかに微笑んだ。 






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