徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第二十二話 おいでよ…)

2005-09-21 23:16:20 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 藤宮の奥儀『生』は紫峰の『滅』と対を成す奥儀といっていい。
藤宮では当主は男性でも女性でもかまわないが長には女性を選ぶ。
 奥儀の中の『代胎』を始め、いくつかの業が身体的機能上女性にしか出来ないからである。
 但し、当主とその補佐は『生』の中の男性にも可能な業は身につけることになっているし、それとはまた別の奥儀を学ばねばならない。

 修が使った力は男性でも可能な業のひとつで闇の危険に対し生命の輝きを以って対抗するものである。

 その他に類するような簡単な業ならともかく、奥儀は本来『家』に付随するものだから、藤宮の奥儀を紫峰が使うなどということは考えられないことであるし能力的にも修得不可能に近い。

 それを完全ではないまでも修が使った或いは使えたのは、長年に亘る紫峰と藤宮の特殊な姻戚関係によって純血種といわれる修の中にも藤宮の血だけは混在するからだ。
 藤宮と紫峰は繰り返される同族間の婚姻による遺伝的弊害を回避するために時折お互いに新しい血を取り入れてきた。いわばその結果である。



 鬼籍に入ってしまった者が藤宮の『生』に触れることはドラキュラが陽光に触れるようなもので耐え難いものだ。
唐島の生命の光に触れてしまった坂下は苦しみ悶えた。

史朗はいくつかの文言とともに坂下に触れその苦しみを和らげた。

 「その光にさえ耐えられぬようではとても命あるものの身体に住まうことなどできまい。
 この上は人としてあるべき道をとることが肝要かと思うが…? 」

 「くそくらえだ! 」

坂下は強気で抵抗を続けた。

 「先生…あんなことを言っていますが…。 」

黒田は河原先生の方を見た。先生は悲しそうに首を振った。

 「他人の身体に入り込んでもきみがきみの人生をやり直すことにはならんよ。
その人の人生の中に埋没してしまうだけだ。

 坂下という男の人生はすでに終わってしまったのだから…。 
きみがきみ自身の手でで終止符をうってしまったのだから…。」

坂下は耳を塞いだ。頑なに光への道を拒む。 
 
 「自分の思い描いた通りの人生など何処の誰が手に入れられる…?」

唐島がまた口を開いた。

 「失望したらまた同じことを繰り返すのか…? 
教師のきみがそんな姿を子どもたちに見せられるのか…? 」

 子どもたち…坂下はその言葉を繰り返した。
捨ててきてしまった…。何も言わずに…。お別れもせずに…。
何を思っただろう…。突然いなくなった先生…自殺してしまった先生…。
 
 史朗はもう何も問うことをせず、ただ坂下の自問自答に任せた。

 唐島はまた自分自身にも問うてみた。
修に信じてもらうために一生懸命いい教師であろうと努力をした。

 だけど本当は決してそれだけのために努力してきたわけじゃない。
子どもたちが好きで…この仕事が好きだ…。
そういう自分自身のためでもあった。

 勿論、理想を追えば現実に潰されるのは分かっている。
ずるい考えかもしれないが、理想は高く掲げながらもそれに向かってできうる限りの力を尽くせばそれでよく、必ずしも理想に届かずともへこまず、焦らず、諦めず、一歩ずつ…そんな歩き方をしてきた。

 思えば…そういう生き方は病弱で生きることさえ儘ならなかった姉に教わったのだ。唐島は今更ながらに姉の存在を有難いと思った。 



 長い沈黙の後に史朗は再び祭祀を始めた。
坂下はもはや邪魔をすることもなくただ項垂れてそこにいた。

 闇の中の無数の星。鬼面川の御大親の光はいつもと違う光景を坂下に見せた。
光の中から先に逝った魂たちが手を差し伸べ、幸福そうな笑みを浮かべて坂下を呼んでいる。
 
 先生…おいでよ…一緒に行こう…行こう…。  

 自殺した魂は救われぬと誰かが言っていた。
そうかもしれない。自分を殺すという罪を犯したのだから…。

 向こうの世界にはそれを償うための罰が待っているのかもしれない。
それは耐えられないほどの苦痛なのだろうか…?
だったら…あの子たちを支えてやらなければ…その責めに耐えられるように…。

 坂下は一歩足を踏み出した。
眩い光が坂下の実体のない影のような身体を包み込み、坂下を待つ若者の魂たちのもとへと引き寄せた。 

 坂下は一度だけ振り返り、尊敬する恩師の河原ではなく唐島を見た。
唐島が頷くと軽く微笑んでみせ、後は光の中に吸い込まれていった。

 光は次第に薄くなって消えていき、辺りはまた静寂を取り戻した。
史朗は『導』の終わりと御大親への感謝の文言を述べ祭祀を終えた。



 ふーっと大きく溜息をつくと史朗はその場にへたり込んだ。
へたり込んでいる場合じゃないとは分かっていたが一息つきたかった。

 「透…雅人もうそこに腰を下ろしてもいいよ。 隆平…晃おまえたちも…。 
これから先はおまえたちに危険はないから。 」

 修は子どもたちに声をかけた。

 「先生…やっぱり復帰なさるべきですよ。 
先生のお身体が良くなるように今から祭主にまじないをしてもらいますから。」

黒田は教え子の死を悼んでいる先生を元気づけるように言った。

 「あの子を救えなかった私に…その資格があるだろうかね…。 」

先生は哀しい溜息をついた。

 「資格なんてものはね先生。 最初からないもんだと思っときゃいいんですよ。
まっさらな気持ちでね。 これからの子どもたちを育んでやってくださいよ。 」

そう言って黒田は笑った。

 「黒田さん…先生のいまの体調が分かりますか?
常駐に耐えられそうですか? 」

史朗がそう訊いたので黒田は先生の身体の方を透視し始めた。

 「内臓に問題はない。 脳の方も大丈夫。 いたって元気だよ。 」

 「有難う…。 では…やはり『醒』でいこう。 」

 史朗は居住まいを正し大きく深呼吸した。その場に再び緊張が走った。

 鬼面川の天と地と御大親への祭祀の許しを得る文言が三たび唱えられ、三度目の祭祀が始まった。

 祭祀は一度でも全精力を使い果たすほどの大仕事である。
予定では二度で終わるはずだったのが三度目に突入して史朗の疲れも相当なものであろうに、その所作にも文言にも一部の隙もなかった。

 両の腕が柔らかく宙を舞う。彰久の切れ味の良さとはまた異なった趣がある。
所作と文言に没頭する時のこのふたりの醸し出す独特の雰囲気が修には堪らなく魅力的に感じられる。

 修が史朗の所作と文言に陶然とした眼差しを向けているのを雅人は複雑な思いで見ていたが、唐島もまたなぜか胸を締め付けられるような気持ちになっていた。

 やがて新しい空間がその場に開けてきたが、今までの祭祀のような闇と光の空間ではなく静かな白い部屋のようだった。
 
そこには河原先生の身体が居てぼんやりと宙を仰いでいた。

河原先生の生霊はそれを見ると可笑しそうに声を上げて笑った。

 「何とまあ腑抜けた顔をして…。 こんな姿を人さまに晒していたのかね。 」

やれやれというように生霊は首を振った。

 「さあ…先生。 戻りましょうね。 あなたの在るべき場所に…。 」

そう言うと史朗はなにやら今までとは感じの異なる文言を唱え始めた。

先生は特に何をどうすることもなくただみんなに優しい笑顔を向けていた。





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