徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第十六話 逃げない!)

2005-09-14 17:50:26 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 史朗が姿を現した時黒田は正直驚きを隠せなかった。

 あの笙子の愛人というからには、女を手玉にとっていい目を見ようとしているドンファンタイプか、あるいは子どもっぽいアイドル系美少年かと想像していたのだが、史朗はごく普通の青年だった。

 顔立ちも姿も優しいが決してなよなよしているわけではなく、凛としてしっかりと芯の徹った印象を受けた。時々見せる屈託ない少年のような笑顔が魅力的だ。
 
 史朗は黒田を紹介されると黒田の協力に対して自分から感謝の気持ちを表した。
彰久と違ってそれほどの力がないので、黒田の助力を得られることになって大変心強いということを気負うことなく言った。

 黒田も遠隔で生霊とコンタクトを取った経験は一度しかないので、あまり自信はないのだが力を尽くすと約束した。

 修が多喜に命じて用意させた昼食が終わる頃には黒田と史朗はお互いにすっかり打ち解けていた。世間話…仕事の話…本題とは違う話で盛り上がった。

 「じゃあ…その告白ってやつは笙子さんの悪戯だったのか? 
残念だったねえ…修くんよ。 」

黒田はくっくっと喉を鳴らして笑った。

 「僕は知ってたけどね…。 」

 「僕…本当に自分が酔っ払って馬鹿なことを仕出かしたんだと思ってましたから…滅茶苦茶恥ずかしかったですよ。 」

史朗は頭を掻いた。

 「んで…史朗ちゃんの本心はどうよ? やっぱ好き? 」

黒田は史朗の顔を覗きこむようにして訊いた。

 「そ…それは…ですね。 」

史朗は赤面してしどろもどろになってしまった。

 「黒田…苛めんな! いいよ。 史朗ちゃん…。 」

黒田は眉を上げ肩をすくめて笑った。

 「さてと…俺はそろそろお暇するぜ…。 決行の日が決まったら知らせてくれ。
都合をつけるから…。 史朗ちゃん…またな。 」

そう言うと黒田は立ち上がった。
 修が玄関まで送ろうというのを、それほど偉いさんじゃないよ…と断って、黒田はひとりさきに帰っていった。



 後に残った史朗は多喜が後で運びやすいように使った食器を整えていた。

 「きみの…大切な心…笑い話にしてしまってよかったの…?  」

史朗の姿をじっと見ていた修が訊いた。史朗の手が止まった。 
 
 「馬鹿みたいだ…僕。 笙子さんに操られて言わされてただけだったなんて…。
笑ってもらった方が気が楽じゃないですか…。 」

史朗の胸の痛みが修にも伝わってきた。

 「聞かせてくれない…? もう一度。 僕…また真剣に答えるから…。 
このままじゃ…心が痛いでしょ? 」

史朗は驚いたように修を見た。
あの時も修ははぐらかさないで真剣に返事をくれた。

 「でも…修さんには不快なことだって…分かってるし…。 」

 「聞いたの…? レイプのこと…。 そう…それで気を使ってくれてるんだ。」

 修はしばらく黙って考えていたが、可笑しくてたまらないとでもいうように突然笑い出した。史朗は呆気に取られて修を見た。

 「あのさ…史朗ちゃん。 史朗ちゃんだけじゃなくて皆もそうなんだけど、僕に対してちょっと気を使い過ぎ…。 僕はそんなに感傷的な人間じゃないんだよ。

 あれはもうはるか昔のことで…勿論忘れられないし…つらいときもあるし…発作も起こしたりするけど、そんなことばかり四六時中考えて生きてやしない。
はっきり言ってやってられないぜ…そんなこと。

 今は唐島が現れたんで一時的に心乱れてるだけなの…。 」

修はさらに笑い続けた。そんなものだろうか…と史朗は思った。

 「僕はいつも前向き…悲観的に物事を考えるなんてまっぴらだね。
楽しくないだろ…そんなの。 人間だからさ…時にはドカンと落ち込むけどね。」

 多喜が片付けに出てきたので修は食堂を出て居間の方へ移動した。
史朗も後に従った。

 「唐島だってね。 まだ15~6歳くらいだったんだよ。善悪の区別はつく年頃だけど性には目覚めたばかりの頃さ。
 だからって許されるもんじゃないけど、もし僕が同じ年齢だったらもっと違った形になってたかもしれないって…そう思ったりもしてるんだ。
甘いかもしれないけどね。 この頃やっとね…。 」

 お人好し…と史朗は思った。
だけどそこが修さんをほっとけないところだよね…。きっと皆そう思ってる。
ほっといたらあなたが…また傷ついてしまいそうで…。 

 「史朗ちゃん…。 いい場所見つけたぜ。 」

修が唐突に言った。

 「はあ…? なんですか…藪から棒に…? 」

急に話を変えられて史朗は戸惑った。

 「だからさ…。 祭祀の場所だよ。 人目につかない静かな場所。 」

修は悪戯を考え出した子どもみたいな笑みを浮かべた。

 「あそこなら絶対さ。 誰も入って来ないしね。 広さも十分だ。
ちゃんとした祭祀ができるよ。 」

 よくは分からないが要するに学校内に祭祀のできる場所が見つかったということらしい。

 「祭祀ができれば…僕としては問題ありません。
後は相手の状況を見て判断するだけです。 」
 
 史朗はそう答えた。

 「そろそろ僕もお暇します…。 前もって黒田さんに逢えてよかったです。
急に息を合わせるのは難しいですからね。 」

 そう言って史朗は微笑んだ。短い時間会話を交わしただけだったが、どうやら黒田とは呼吸が合いそうだと感じた。

 「それじゃあ修さん…連絡…お待ち…」

 史朗の顔のすぐ前で修がそっと身をかがめた。一瞬の出来事だった。夢だ…と史朗は思った。
 
 「近いうちにね。 唐島も限界だろうから…。 」

無意識に頷いて史朗はぼーっとしたまま修の屋敷を出た。



 夕べから一睡もできていない。目を閉じるとあの怖ろしい光景が浮かんで。
唐島は自宅の居間に座り込んであの出来事を考えていた。

 河原先生のことを同僚の先生に聞いてみた。
二年も前に倒れて入院しているという。じゃあ…あれは…本当に生霊なのか?
この学園に来てからずっと自分は生霊と話していたというのか…?

 背筋に冷たいものが何度も走った。
あの現場に自分が一人きりでいたらどうなっていたのだろう。
紫峰の子と理事長の息子が協力して護ってくれていなかったら、自分はあの死霊たちに取り殺されていたのだろうか?

 去年、一昨年に体調を崩して辞めた先生たちというのは唐島と同じように河原先生に会ったのだろうか? それが原因で病気になったのだろうか?

 それにしてもあの子たちは何故自分を護ってくれたのだろう。
見舞いに来てくれた修といい、子どもたちといい、紫峰の人々の行動は唐島にとっては腑に落ちないことばかりだった。

 誰にも言えないし、誰にも聞けない…怖ろしくてもどうすることもできない。
本当に夢と思えたらどんなに楽だろう。

 唐島はふと小さな修を思った。あの時…小さな修はどうしたのだろう。
相談する人も頼る人もなく…ただ黙ってひとり耐えたのか…。 

 自分も子どもだったとはいえ、感情を抑えられないあまりに何も知らない修に思いのありったけをぶつけてしまった。

 よく考えるべきだったんだ…修の年齢のことを…何より修の気持ちを…。 
これはきっと罰だ…。

 唐島は頭を抱えた。学校の外なら安全だと雅人が言っていた。
それでも恐怖はつのる。
 大の男がだらしないと言われればそれまでだが、死霊の恐ろしさは見た者でなければ分かるまい。

 だが…この罰には耐えなければならない。逃げ出すことは許されない。
逃げようと思えば逃げられるけれど…。学校を辞めれば済むことだけど…。

僕は逃げたりしない。

修には逃げる道すらなかったのだから…。




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