徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第二十四話  最終回-生きていけるさ-)

2005-09-23 22:09:02 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 食卓の上の笙子の伝言を読んだ時、修は初めてほっとした。
笙子はいつものように友達と遊びまわっている。
笙子にはいらぬ心配をされたくないから遊びに行ってくれている方が有難い。

いつものように…が今の修をどれほど安気にさせてくれることか…。
修と史朗の分と思われる大量のサンドイッチなどが大皿に盛られてあった。

 死霊と修たちの特殊能力に関する記憶を消した後、唐島を眠らせて彼の自宅のベッドまで運んだ。
 帰り際にさすがに力尽きたか史朗がのびてしまったので、そのまま史朗を連れて帰ってきた。
 子どもたちのことは黒田が何とでもしてくれる。今頃、受験勉強何処吹く風とカラオケに勤しんでいるかもしれない。

 氷水を入れた水差しを持ってベッドに寝かせた史朗の様子を見に戻ると、まだそれほど眠ってもいないのに史朗が眼を覚ました。疲れすぎて眠りが浅いせいかぼーっとしている。

  「がんばったね。 史朗ちゃん…。 素晴らしい祭祀だったよ。 」

その言葉を聞くと史朗は嬉しそうに微笑んだ。

 「でも…まだまだです。 途中…彰久さんに助けてもらっちゃったから…。 」

そう言って身体を起こそうとしたがふらついて起き上がれなかった。

 「無理に起きなくていいよ。  」

修は史朗の額に手を当てた。その後で自分の額を当ててみた。

 「熱は無いね…。 何か食べる? 笙子がサンドイッチを作ってくれたけど。」

史朗は首を振った。

 「いまは…食べられません。 その水もらっていいですか? 」

 史朗はサイドテーブルの上の水差しを指差した。
修はコップに水を注ぐと史朗に渡し、飲みやすいように史朗を抱き起こしてやった。よほど喉が渇いていたのか史朗は一気に飲んでしまった。

 考えてみればあの長い祭祀の間中、史朗は文言を唱えっぱなしで、しかも一滴の水も口にしていない。喉が渇かないはずがない。
ぐったりしているのは脱水によるものかもしれないと修は思った。

 「もっと飲める? スポーツドリンクの方が脱水には効くけど…。 
取ってきてあげようか? 」

 「水がいいです。 ご免なさい…ご面倒をおかけして…。 」

 修はまた冷たい水を注いでやった。今度は少しゆっくりと飲み干した。
史朗は生き返ったような顔をした。

 「倒れるまで我慢させちゃったんだね。 ごめん。 」

 「いいえ…何か飲むくらい自分でどうにかすべきだったんです。
子どもじゃないんですから…。 ちょっとうっかりしていて…。」

 うっかりじゃない…修には分かっていた。
仕事の時は別として普段の史朗は我慢強く遠慮がちである。
 祭祀が終わった時にはもう相当つらかっただろうに、みんなが急いで唐島を運び出しているあの状態では、ひとりだけ何か飲みたいとは言えなかったんだろう。
可哀想なことをしたと修は思った。

 「お邪魔だったかしら…? 」

修の後ろに笙子が現れた。

 「笙子どうしたの? 今夜はえらく早いご帰還じゃないか? 」

修は意外そうな顔をした。今日のうちに戻ってくるなんて雨が降るぞ…。

 「早いってもう結構なお時間ですけど…。 史朗ちゃんどうかしたの? 」
 
 「それがさ。 三度やったらのびちゃって…。 」

笙子はまじまじと修を見た。

 「三度ってそれはちょっとやりすぎでしょ。 相手を考えなさいよ。 」

 「え~? 何の話だよ? 」

修は首を傾げた。史朗が真っ赤になった。

 「違います…笙子さん。 祭祀の話です…祭祀。 
修さん…お願いですから言葉をはしょらないでくださいよ…。 」

史朗は勘弁してよ…とでも言いたげな声を上げた。

 「ごめん。 悪かった。 つい…な。 」

そう言いながら修はまたコップに水を注いで史朗に渡した。

 「冗談よ。 史朗ちゃんたらほんとすぐに赤くなって可愛いわ。 」

 そうやってからかってばかり…史朗は溜息をついた。
コップを返すと笙子は水差しを持って部屋を出て行った。

 「さあ…少し眠った方がいいよ。 」

 修に言われて史朗はまた布団の中に潜り込んだ。 
すぐに眠気が襲ってきてうとうとし始めた史朗の耳に修の声が聞こえた。

 暑くないかな…そう言いながら肌掛けを掛けなおし、まるで母親のように史朗の額にキスをしてお休みと囁いた。
子ども扱いしないで…と呟いたつもりだったが修には聞こえなかった。



 月曜日。理事長輝郷の機嫌は頗るよかった。
教師不足に陥った原因はすべて取り除かれ、今年は早々に辞める先生も無く、一度は体調を崩した唐島も入院前より元気になってまるで何年もこの学校で仕事をしてきたかのように周りに馴染みだした。

 河原先生からも二年ぶりに直接の連絡があり、リハビリが終わり次第高等部に復帰してもらうことにした。
 当分は体調も考慮して他の先生の補助をしてもらうが、来年度からは現場復帰という予定で人事の計画を立てている。

 これで当初の計画どおり、受験塾の拡充を実行に移せるぞ…集まってきた寄付金の集計に眼を通しながら輝郷はこみあげてくる笑いを隠せなかった。



 さっぱりと晴れ上がった空を仰ぎながら四人は屋上でのんびり寛いでいた。
四人の間でポテトチップスのケースが行ったり来たりしていた。

 「そんじゃさ…先生の記憶は全部消しちゃったわけじゃないんだ? 」

晃は10枚ほど重ねたチップスに歯を立てながら言った。

 「そっ! 生霊・死霊の記憶と僕らの力に関係する記憶だけ。 
あと…親父と史朗さんのことね。 

 だから…あの時修さんは僕らのことで理事長室に呼び出しを喰らったことになっているんだ。」

透が答えた。

 「それじゃあ先生もあんなに嘆くことなっかったのにね。 」

パリパリッと景気のいい音を立てながら隆平はチップスを噛んだ。

 「さっさと諦めりゃいいのに…。 
まあ…お人よしの修さんのことだから友達程度には関係を回復させちゃう可能性はあるけどさ。 」

雅人はお手上げ…と言わんばかりに肩をすくめた。

 「どう考えても恋愛は成り立たな…」

話の途中で突然、出入り口の扉が開いて唐島が現れた。

 「そこの四人組。 こんなところで何をしてるんだ? 」

唐島は訝しげな顔でに近付いて来た。

やっば~…晃が慌ててポテトのケースを背中にまわした。

 「今隠したものを見せてご覧。 藤宮。 」

 晃は仕方なくポテトチップスのケースを差し出した。
また父兄呼び出しか~…他の三人も内心焦った。

 「ふむ。 この学校は確か菓子の持ち込みは禁止だったよな。
だが…カラのケースを利用する分には文句のつけようはない。

 提出期限は明日。 忘れたら国語の期末テストマイナス10点。 」

 そう言って唐島は晃にケースを返すと出入り口の方へ戻っていった。

何を言ってるんだ…?と四人は思った。晃がケースを覗いた。

 「おわ! 何かはいってる。 げげっ! いつのまに…。 」

晃はケースの中に入っていた数枚のプリントを取り出した。

 「国語のワーク…宿題だぜ…これ。 」 

 四人は顔を見合わせた。
唐島のにやっと笑った顔が眼に浮かぶようだった。



 宇佐から電話で河原先生が復帰したと伝えてきたのは、新学期に入ってからのことだった。

 この夏に受験塾もリニューアルし、透たちも本腰入れての受験勉強を開始した。
その頃から先生は補助として復帰を果たし、時々、代理授業で教壇にも立つようになったらしい。

 宇佐はまるで自分のことのように喜んでいた。

 洋館の居間の文机に頬杖をつきながら修はほっと溜息をついた。
子どもたちの話では河原先生は唐島と親子のように仲がよく、国語と数学なんてぜったい気の合いそうにもないふたりが、よく一緒にいるところを見かけるという。
 
 お互いにどこかで支えあっているんだろうな…と修は思った。
唐島に対して激しい怒りをぶつけてしまったことは悔やまれるが、そのせいかこの頃唐島への抵抗感が心持薄れてきたような気がする。
少しは話を聞いてやってもいいかなと思い始めている。

 忘れることなんて出来そうにないがいつまでもそこに留まってはいられない。
今までだってそう考えて前向きに生きてきたんだから。
唐島に再会したことで止まってしまった時計のねじを巻きなおそう。

昨日のことを思うより、明日のことを考えていこう。 

12歳の僕に別れを告げて、これからの僕に会いに行こう。

何があるかなんて誰にも分かりゃしないけれど、何があったって生きていけるさ。

いまの僕はひとりじゃない。

そう…ひとりじゃないんだから…。




三番目の夢 完了

最後の夢へ















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