徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第二十三話 君が好き!)

2005-09-22 16:45:25 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 『醒』の目的とするところは、幽体離脱によって抜け殻となった身体にその魂を引き戻し、本物の死が訪れるまで魂が身体から離れることのないように固定することにある。

 『覚』は例えば長年離脱を繰り返しているために身体が自分の魂を持て余しているような場合、一気に固定することはせず、徐々に安定させていく方法である。

 河原先生の場合、身体的には何処にも異常がなく、魂を持て余している様子も見られなかったことから史朗は一気に固定する方法を選んだ。
巧く先生の魂が身体に収まってくれれば祭祀は成功といえる。

 「少しだけいいかね? 」

先生は文言を唱えようとする史朗を止めて言った。

 「どうぞ先生。 」

史朗は笑って頷いた。

 「こんな形で皆さんにお会いすることはもう無いとは思うが…本当に有難う。 
心から感謝します。

 多分皆さんは坂下くんの魂を救ってくれたのだろうし、私の復帰の手助けをしてくださっているのだと思う。 

 今お礼を言っておかないと…次にお会いする時にはきっと皆さんを覚えてはいないだろうからね。 」

 先生はにこにこと笑いながらその場の皆を見回した。
皆も微笑を以ってそれに答えた。

 史朗は文言を唱え始め、先生は小さく手を振りながら小さく薄くなっていった。
白い美しい光の玉となって先生は白い空間の中の先生の身体へと戻っていった。

 鬼面川の麗雅な所作と文言はその後もしばらく続き、白い空間の中で先生の身体が目覚めたところですべてが消えた。
『醒』の終わりが告げられ、御礼奏上の文言とともに史朗は祭祀を終えた。 



 史朗はまた大きく深呼吸をした。

 「これで…すべての祭祀を終えました…。 黒田さんご協力感謝いたします。」

黒田に顔を向けながら史朗は軽く一礼した。さすがに疲れた様子が見て取れた。

 「何の…史朗ちゃんこそお疲れさま。 」

黒田は笑顔で答えた。

 修がゆっくりと立ち上がった。
史朗は笙子の言葉を思い出して一瞬ドキッとした。
雅人と黒田を交互に見るとふたりとも何もするなというように首を横に振った。

 唐島と向かい合ったところで修は唐島を見下ろした。
唐島ははっとしたように修の顔を見上げた。 

 「さてと…遼くん。 後はきみの始末だけ…。 
きみは僕らの力を見てしまったからね。 このままというわけにはいかない。 」

修の口元が笑みに歪んだ。唐島は驚きに目を見開いて修を見た。

 「きみの記憶を少しだけ操作させてもらうよ。 
もう…この幽霊騒ぎを二度と思い出さずに済むようにね。 」

何かもの言いたげに唐島の唇が震えた。

 「怖がらなくていいよ。 痛みも何もありゃしないんだから…。 」

 安心させるように修は言った。
唐島は否定するように首を横に振った。

 「違う…怖いんじゃない。 悲しいだけだ…。

 この二ヶ月ほど…僕はとても幸せだったんだ…。
きみに逢えて…言葉交わして…助けてももらった…。
きみと逢えなくなってからの10何年の中で一番幸せだった…。

 その記憶を消されてしまうのが堪らないだけだ…。 」

 「う~ん。 そう言われてもねえ。 これは僕の務めだから…。 」

修はそう言いながら頭を掻いた。子どもたち合図した。
四人は四方から唐島を呪縛した。
唐島は身体が固定されたことに気付いた。

 「動かないでね…といっても動けないだろうけど…。
明日からはすっきりした気持ちで仕事ができるよ。 あ…休みだっけか?
ま…どっちでもいいや。 」

修の手が唐島に触れようとした瞬間、唐島は身体を捩って叫んだ。

 「消さないで! きみの記憶だけは…お願いだから…!
嫌われようと憎まれようと…きみが好きだ!  」

 その言葉に修がフリーズした。修の中でやり場のない怒りが渦巻きだした。
まずい…と誰もが思った。唐島のやつ…要らん挑発をするな…。
史朗も、史朗を止めたはずの黒田もいつでも飛び出せるように立ち上がった。

 「汚らわしい! 僕をこれ以上その想いで穢さないでくれ! 」

修は唐島に対して修らしくない酷い言葉を浴びせかけた。

 「消して欲しいのは僕の方だ。 この身体からきみを消してくれ!
無垢なままの12歳の僕に戻してくれ! 

 きみがこの心から消えない限り僕は…愛することを躊躇ってしまう。
愛されることを拒んでしまう。 

…誰も幸せにしてあげられない…。 」

 笙子…笙子…僕を抑えて…殺してしまう…殺してしまうよ。
自分の中で渦巻く炎が外に溢れ出ないよう修は必死で堪えた。

 誰かがそっと両側から修を抱きしめた。
笙子の代わりに史朗と雅人が修の身体を支えていた。
修はほっと息をついた。

 「大丈夫…平気…暴れたりしないから。 馬鹿なこと口走った。 
宗主ともあろう者が…情けない。
済まない…遼くん。 汚らわしいなんて本気じゃないよ。 」

 唐島はもう何も言わなかった。
だめなんだ。どうしても分かってもらえないんだ。
修くんにとっては僕はただの犯罪者…。

 「僕を本当に好きでいてくれるならね。いまのままのきみで生きていってよ。
僕のためでなく…きみ自身のために。 きみが幸せになってくれればいい。
きみが本当はどんなに優しい人だったか…僕が知っている。

 心配してくれなくても…僕は幸せだから…。
僕には僕を愛してくれている妻がいるし、血は繋がっていないけれども黒田って親爺や子どもたちがいるし、友達も…それにほら…こんなに僕を慕ってくれている人がいる…。 」

 修は史朗と雅人の腕に自分の手を重ねた。
親爺かよ…兄貴ぐらいにしとけ…と黒田は思った。

 唐島は無言で頷いた。どんなに優しい人だったか…と修は言ってくれた。

少なくとも修はそういう唐島の姿も覚えていてくれたのだ。

嬉しさがこみあげてきた。

その言葉の記憶もすぐに消えてしまうのだろう。

唐島は眼を閉じた。 
次に眼を開いた時…どんな記憶の自分になっているのだろうと思いながら…。



 
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