徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第二十話 祭祀の危機)

2005-09-19 23:44:05 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 まったく梅雨というのはどうしてこう鬱陶しいんだろう。
雨雨雨…の毎日で息苦しいほどだ。
少し冷え気味な時はともかく、ねっとりと蒸し暑い日は気分も滅入りがちになる。
 史朗は肌にへばりつくようなシャツの感触を厭うように一番上のボタンをはずした。


 理事長室の扉はすでに開いていた。
雅人が史朗の到着を待っていた。史朗の姿を見ると僅かに頭を下げた。

 「早いね…雅人くん。 」

史朗は雅人に声を掛けた。

 「史朗さんが不安がっているだろうと思ってさ…。 」

雅人は生意気そうな目を向けた。

 「僕が…? 」

史朗は首を傾げた。雅人はにやっと笑った。

 「笙子さんがなんと言ったかは知らないけど…止めなくても大丈夫だよ。
黒ちゃんも同じ見解…。 
 
 修さんはいつまでも高校生じゃないんだ。
笙子さんの頭の中にはずっと子どものままの修さんが住んでいて成長していない。

 寝込みを襲うとかさ…そういう突発的なことじゃない限り、もう…自力で抑制できるはずだ…。 」

 史朗は驚いてまじまじと雅人の顔を見た。
笙子が史朗に語ったことを雅人はすでに察知していて黒田の意見まで訊いている。
しかも、笙子の欠点までちゃんと見抜いていた。

 「雅人くん…きみ本当に高校生? 洞察力の鋭さに感心するよ。
あ…これは皮肉じゃないよ。 言っとくけど。 」

そう言われると何となく雅人の表情が翳った。

 「皆が思ってるほど…僕は子どもじゃないんだ…。 
透たちの前じゃ同じ年の僕しか見せてないけど…ちょっとだけ先を走ってる。
…修さんは全部知ってるよ。 
 
 僕のことなんかどうでもいいんだよ。
とにかく万が一修さんが発作を起こしてもそれほど問題ないから心配しないで。
それだけ…。 」

雅人はまだ時間があるから暇潰してくる…と理事長室を出て行った。

 史朗は何となく雅人のことが分かってきたような気がした。史朗も早くに両親をなくして苦労したけれど、他所にできた子と言われながら育ってきた雅人にもいろいろ大変なことがあったに違いない。
 
 単に背伸びをしているだけなのではでなく、本当に大人の世界を覗いてしまった経験があるのかもしれない。見なくても済んだかもしれないものを…。
 
 理事長室の中で方角の確認などをしながら史朗はそんなことを考えた。



 夕べ憑依される恐怖をさんざんに味わったせいか唐島は少しやつれた様子で理事長室に現れた。これから起こる事に対する恐怖心がないわけではなかろうが、わりと平静を保っている。その表情からは覚悟めいたものさえ感じられた。

 理事長室の周辺は人気もなく静まり返っていた。
極秘会議中なので出来るだけ近付かないようにと警備員たちも命令を受けていた。

 入り口の扉が閉じられた。計画では扉の外に雅人と透、内に隆平と晃という配置になっていたが、意外に窓が大きく外部の者の覗きや進入を防ぐために雅人と透の持ち場は窓の内側に変更された。

窓という窓は閉じられてカーテンが引かれた。 

 先ず唐島を中央に座らせてから史朗と黒田が唐島と向き合うようにふたり並んで座った。史朗が唐島に対して祭祀をしている間に注意すべきことなどを簡単に説明した。唐島はひとつひとつを確認するように頷いた。

 鬼面川の祭祀が先に始まり史朗が天と地と鬼面川の御大親に祭祀をおこなう許しを得る文言を唱え出した。
 
 史朗が滞りなく御大親の許可を得ると、今度は黒田が河原先生とのコンタクトを始めた。

 修はその一部始終を史朗と黒田の後ろで見ていた。

 黒田は事前に病院へ行き、本人の確認のため河原先生を見舞ってきた。
本来なら必要ないことかもしれないが、一左の時に何回もコンタクトを取っていたとはいえ、半分以上は一左からのコンタクトを受けたもので、自分の力に不安があったために万全を期したのだ。

 その成果があってか、やがて唐島の背後に先生は姿を現した。
にこやかに笑いながら皆に向かって挨拶をした。

 「どなたかが私を呼んでくださったようだね。 今日は何の集まりかな? 」

黒田は先生に語りかけた。

 「ようこそ。 先生。 今日は先生のお話を伺いたくてお招きしたのです。
最近、お身体の調子はいかがですか? そろそろ復帰されてはいかがですか? 」

黒田は先ずなんでもない会話を始めた。

 「有難う。身体の調子は頗るいいようだが、なかなか退院許可がおりなくてね。戻りたいのはやまやまなんだが…。 」

先生はそう言って少し残念そうな顔をした。

 「先生は時々学校へ来られて唐島先生とお話をなさっているようですが…。 
以前にも他の先生とお話を…? 」

 「そうだねえ。 新しい先生がひとりで悩んでおられたりするとついつい話を聞きたくなってしまってね。 何をしてあげられるわけでもないが…少しは楽になってもらえるかと…お節介だねえ。 」

先生は声を上げて笑った。

 「ここへはどなたかとご一緒に…? 」

黒田は河原先生が死霊たちの存在を知っているかどうかを確認した。

 「いいや…いつもひとりだよ。 」

先生がそう言うと黒田は史朗と顔を見合わせた。

 「先生。 これからここに呼ぶ人たちの中にご存知の方がいましたら教えてください。 」

黒田が河原先生にそう頼むと先生はにこやかに頷いた。

 四人組は一斉に鬼面川流の障壁を自分の周りに張り巡らせた。

 河原先生に憑依している霊を呼び出すために史朗は招霊の文言を唱え始めた。
辺りに異様な霊気が漂い始め、先生の時にはあまり感じられなかった重苦しい空気が流れ始めた。

 河原先生の身体からひとつまたひとつ、ぼんやりとした影のようなものが抜け出てきた。それらは次第に人の形をとり始めついには、はっきりとした数人の若者の姿となった。
 
 史朗は再び彼らが河原先生の中に入ってしまわないように先生との間を障壁で封鎖した。

 彼らは唐島を見つけると唐島の方へ引き寄せられるように近付いた。
唐島の顔が恐怖に引きつった。
 彼らはまるでこの部屋には唐島ひとりしかいないと思ってでもいるかのように、執拗に唐島の周りをうろついた。   
声を上げそうになるのを唐島は必死で堪えていた。

 史朗は死霊の中にあの主犯格の若い男がいないのに気付いた。
隆平もそれに気付いて修のほうを伺った。修は分かったというように頷いた。
 
 「…御大親の御名において汝等に問う。 
汝等は相計って服毒自殺を遂げた者の霊に相違ないか? 」

 史朗は徘徊する死霊たちに向かって問いかけた。
死霊たちは無言で頷いた。

 「また問う。 河原なる教師にとり付き病を招いたのは何故か? 」

 『カワハラ…ニ…スクイ…モトメタ…ガ…』

 それから何度も史朗が確認したところによると、死霊たちは彼等を率いるあの若い男に従って河原という教師を頼ったが、残念なことに河原には彼等を感知できるだけの霊能力がなく、何人もの死霊に縋られたために体調を崩して倒れたらしい。

 しかし、教職を天職とする河原先生は学校への復帰を切に願っていた。気持ちが焦るあまり先生の魂は独り歩きを始め、かってに学校へ出入りするようになった。そのために先生の生霊が媒介となってこれらの死霊たちが学校へ運ばれてくるようになってしまった。

 自殺した彼らは逝くべき場所を失い、あてもなく彷徨うかその場にとどまるかしか身の処し方が見つからないでいたのだ。

 河原先生が親切心から新任の先生たちの悩みを聞いているうちに、彼らは逝き場所或いは戻る場所を求めてそれらの先生たちにとりつこうとした。

 当然、それらの死霊を見た先生たちは恐怖でパニック状態に陥り学校を辞めて逃げ出した。死霊の見えなかった先生たちは体調を崩して辞めざるを得ない状態に追い込まれた。

黒田は待機している河原先生にそっと訊ねた。

 「どうですか? 先生…。 ご存知の方がいますか? 」

 「いいや…。みな初めて会った人ばかりだね…。 」

先生はそう答えた。

 史朗はあの男はいないが、取り敢えずここにいる霊たちだけでも先に逝くべき所へ案内してやった方がいいのではないかと考えた。

 鬼面川の奥儀『救』を使うほどのことでもないのでその中の『導』だけを使うことにした。

 史朗が『導』所作と文言を始めると死霊たちは一斉に史朗の前に集まってきた。どうやら史朗が自分たちを救ってくれると感じ取ったらしい。

 その両の手の舞うが如き美しい所作と流麗な文言にその場の誰もが魅入られた。
何も分からない唐島でさえもその動きに見とれた。

 修はその見事なまでに完成された所作のひとつひとつを心から満足げに味わい尽くしていた。彰久の祭祀の美しさもたとえようのないものだが、史朗の祭祀にはまた別の趣があってその魅力は筆舌に尽くし難い。

 史朗の周辺に別の空間が現れ始めた。
上もなく下もなく、まるで大宇宙の中に身を置いているような不思議な感覚が皆を捕らえた。やがて空間には迷える魂を導く眩くも尊い光が…。

 死霊たちは我先にとその光を目指した。

 ところが突如、彼等は向きを変え、無防備な史朗の身体に襲いかかった。
祭祀の最中に誰かに触れられることは祭祀の失敗と命の危険を招く。

 史朗は一瞬気が遠くなった。

目の前に自分を見下ろす冷たい視線があった。

あの若い男がいつの間にか史朗のすぐ傍に立っていた。

 男は勝ち誇った笑みを浮かべ、他の死霊たちを操ってさらに史朗に攻撃を加えようとした。

 皆は戸惑った。
鬼面川の祭祀の最中に他家の者が動いてはならないのが常識で、助けようにも助けられないのだ。

隆平は修の指示を仰ごうとした。
自分なら同族だ。

さっきまで修が座っていたところに顔を向けると
そこにはすでに修の姿は無かった…。





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