徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第十九話 違和感)

2005-09-17 23:27:20 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 震えの止まらない唐島に修はサイドボードの中のブランデーを飲ませた。
慌てて飲もうとした唐島はむせ返った。修は優しく背中をさすってやった。

 その様子を見ていた史朗は修の行動にどこか違和感を感じた。
修の性格から見て別段いつもと変わりない行動なのだが、それでも何かが違うような気がするのだ。

 「遼くん…あいつは学校からきみについてきたんだよ」

修が言うと唐島は分かってるというように何度も頷いた。

 「史朗ちゃん。よく気付いたね。連絡がつかなかったから無理かと思ったよ。」

 そう言われて史朗はにっこり笑った。心の内に芽生えた疑問は悟られぬように笑顔の下に隠した。

 「この間先生に護りの印を描いたので、何となく危険が迫っていると感じたんです。 急いできたから携帯にも出られませんでした。 」

唐島はようやく落ち着いてきた。

 「あ…有難う。 あなたには…二度も助けてもらった。 」

頭を下げて唐島は礼を言った。史朗はいいえというように首を横に振った。

 「修さん…今のは紫峰の業じゃありませんね。 僕…はじめて見ました。 」

修は笑みを浮かべ頷いた。

 「藤宮の奥儀のひとつだよ。 だから本来なら僕がこんなふうに使うべきじゃないんだが、紫峰の業ではあの死霊を消滅させてしまうからね。 
今の段階でそれはまずいだろ。 ちゃんと言い分を聞いてやらないとね。」
 
 唐島にはふたりが何の話をしているのかさっぱり分からなかったが、とにかくその何とかに救われたことだけは確かだった。

 「先生…明日の夜までの我慢ですよ。 ここはもう心配ないです。
この部屋には霊厄を除けるまじないをしておきましたからあいつはもう現れないでしょう。
見たところ他には何もなさそうだし…。 」

唐島がほっとしたように頷いた。

 「本当に何とお礼を言っていいのか…。 」 

修が倒れ掛かったむつみの遺影をそっと元に戻した。

 「遼くん…僕等はこれで引き上げる。 心細いだろうけど今夜はもう何も起こらないから安心して…。 明日…学校で…また。 」

 そう言って修は足早に玄関に向かった。史朗も後に続いた。
その後姿に向かって唐島は何度も礼を繰り返した。



 唐島のマンションを出て修の車まで史朗は一緒に歩いた。
何を考えているのか修はぼんやりと宙を見ていた。
今はもうあの妙な違和感は消えていて、いつもの修がそこにいた。

 「修さん? 藤宮の業。 何処でお覚えたんですか? 笙子さんに? 」

史朗はわざと明るい声で訊いた。

 「ああ…あれ…昨日笙子から教えてもらった…。 」

事も無げに修は言った。

 「ええ~っ。冗談でしょ?あれ結構高度じゃないですか。奥儀なんでしょ? 」

史朗はまさかと思った。昨日の今日で使える業とは思えない。

 「ほんとだよ。 だから笙子が使うほど威力がないんだ。 
やっぱり他家の業は難しくてね…。 」

 化け物かあんたは…史朗は呆れかえった。

 一般に血統のはっきりしている能力者ほど他家の力を取り入れるのは難しい。
血に縛られない能力者の方がその点は融通が利く。
 それなのに修の場合は純血種とも言うべき紫峰の頂点にいながら、他家の業もどんどん吸収していく。
勿論、ひとつひとつを見れば完全ではないけれど、それなりに役に立っている。

 「いいなあ…羨ましいや。 修さんは他家の業まで使えてしまうんだから。
僕に少しでも力があればもっと自信が持てるのに…。 」

史朗は呟くように言った。

 「僕は史朗ちゃんの祭祀に惚れたんだ。 
彰久さんに勝るとも劣らない素晴らしい祭祀を見せてもらったからね。 」

修は史朗に向かって微笑みかけた。

 「祭祀にですか…。 複雑です…。 その言われ方…。 」

史朗はちょっと寂しげな笑みを返した。

 

 修の帰りを待っている間。四人は修練を続けてはいたのだが、やはり気になって身が入らなかった。

 修の代わりに西野が四人の面倒を看ていたが、西野も鬼面川の業を使えるわけではないので、万一の場合に備え監督しているだけに止まっていた。

 もともと鬼面川出身の隆平だけが鬼面川の業を理解しており、他の三人の指導をしていたが、やはり唐島のもうひとつの気配が気になって仕方がなかった。

 「雅人…手を貸して…。 様子が見たいんだ。 」

とうとう我慢ができなくなった隆平は雅人にそう頼んだ。

 「いいよ…どうすればいい? 」

雅人が訊いた。

 「先生に念を合わせてくれればいいよ。 」

 唐島の部屋を覗くだけなら雅人だけで十分だったが、霊の気配は隆平の方が感知しやすいので雅人は隆平の言うとおりに唐島に念を合わせた。
隆平は雅人の手に自分の手を重ねるとそっと目を閉じた。

 「先生は…凄く危険な目に遭った。 相手は…あいつだ…この前先生に襲いかかった若い男の霊。 大丈夫…もう先生のところにはいない。 

 多分…これは史朗さんの気配。 修さんの気配も…。
あ…でも…もう帰ったみたい。 部屋には鬼面川のまじないがかかってる。 」

隆平はそれだけ言うと目を開けた。

 「どうもあいつが主犯格だね…。 執拗に先生を狙っている。 」

 「先生に取り付いてどうする気なんだろう? 」

晃がぼそっと言った。それは皆も疑問に思っていた。

 「多分…明日の祭祀ではっきりするだろうけど…。 
 僕の勘では死んだことを後悔していて、生きている自分に戻りたがっているのじゃないかと…。 」

隆平が答えた。なるほどと三人が頷いた。

 「こらこらサボってちゃだめでしょ。 明日が本番なんだから。」

西野が近付いて来て注意した。

 「慶太郎さん…。 幽霊好き? この前化け物とは戦ったって聞いたけどさ。」

晃が唐突に訊いた。

 「嫌ですよ。そんなもん。化け物だって好きっていうわけじゃありません。」

 「え~っ。 慶太郎さん。 幽霊だめなの? 怖いの? 」

透が意外そうな顔をした。

 「怖かありませんけど、薄っ気味悪いじゃありませんか。
そりゃあ仕事となれば選り好みしちゃいられないんで何とだって戦いますけどね。
できりゃあ生きた人間の方がありがたいですよ。 」

西野はいかにも嫌そうな顔をした。

 「さあ…いつまでもサボっていると宗主のお叱りを受けますよ。 」

そう言って四人に修練の続きを促した。



 会社の玄関を出ようとした時、史朗は突然、笙子に呼び止められた。
笙子は伝えておくことがあると言って、人気のないところへ史朗を連れて行った。

 「史朗ちゃんに頼みがあるのよ。 今日は私…現場には行かれないから…。」

いつになく真顔で笙子は言った。

 「修の行動に気をつけていて欲しいの。 特にすべてが片付いた後に…。 」

 「どういうことです? 」

 史朗は訝しげに笙子を見た。
笙子はちょっと辺りを見回した後、小声で囁くように言った。

 「修は今とてもいい子にしているはずよ。 宗主として動いているから…。
でもことが片付いたらいつまでもおとなしくしているとは限らないのよ。

 修の態度が一見穏やかそうに見えても、唐島に対しての怒りが完全に収まっているというわけではないの。 」

史朗はあの妙な違和感を思い出した。

 「それ…本人は自覚しているんですか…? 」

 「そこが難しいところなの。 
意識してやっているのか無意識なのか…はその時々で違うから。
意識しているのなら問題ないわ。

 とにかく暴れだしたらあの身体だから止めるのが大変。
いつもは私が傍にいるから止められるんだけど。

 唐島に対して暴力を振るわせないようにあなたがちゃんと抑えてて…。 」

 抑えててと言われても、史朗の身体では簡単に吹っ飛ばされてしまうだろう。
背も高いし細身に見えても鋼のように鍛えられた身体だと知っている。

 「大丈夫…黒田さんもいるし雅人くんも透くんも大きいから皆でかかれば何とかなるわ…て冗談言ってる場合じゃないのよ。

 力任せじゃなくて頭を使ってちょうだい。
修を呼ぶ時は必ず宗主か当主と呼んで責任を呼び覚ますのよ。 
立場を自覚させるの。 

 修はいつも修である前に宗主だの当主だのという責任を優先させる人だから、修個人に戻らない限り相手が仇であっても暴力は振るわないし、穏やかなままよ。」

 あ…そうかと史朗は思った。それで笙子さんでも止められるわけなんだ…。
そうだよな…いくら強くても女の人だもんな…。

 「ちなみに私なら…やめなさい!…の一言で済むけどね。 」

 笙子はうふふ…と笑った。
やっぱり修さんより強いんだ…と史朗は考え直した。

 「修が分かってやってる場合は別に止める必要は無いわ。
そこのところの判断をあなたに任せるしかないの。

 修の症状は黒田さんも知っているし、多分…雅人くんなら気付いているから、本当にどうしようもない時は協力してもらって。 これは冗談じゃないわよ。 」

 笙子はそれだけ伝えると、じゃあ…よろしく…と言って職場へと戻っていった。

 あの違和感の正体はこのことなんだろうか?
宗主の修と修という個人…その違いが微妙な違和感となって表れたのだろうか?

 それとも唐島に対して無理に優しく接しようとする修の心の矛盾の現われなのだろうか?

史朗はその疑問を拭い去れないまま急ぎ職場を後にした。





次回へ

 













最新の画像もっと見る

コメントを投稿