徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百二十六話 夢見ただけさ…。)

2007-09-08 17:00:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 HISTORIANの事件が一応の解決を見て、社外データ管理室特務課には、いつもどおりにパソコンのキーを打つ音と静かな空気が流れていた。
パソコンの向こう側で騒いでいる柴崎と飯塚の周りを除いては…。

「柴崎…何見てんだ…? 」

何やら覗きこみながら歓声をあげているふたりに大原室長が声をかけた…。

「うっふっふ~。 滝川恭介の新しい写真集ですぅ~。
仲根が手伝いに行ってた時のが出たんですよ~。 
ねっ! 仲根っ! 」

柴崎に声をかけられて仲根が強張った笑顔で頷いた。
やばい…っと胸のうちで呟きながら…。

「う~ん…西沢紫苑はいつ見ても綺麗だしぃ~カッコいいわぁ~。
どう見ても30過ぎたおっさんには見えないわね~。 」

おいおい…30越えは…あんたもだろう…。

大原の笑顔が引きつった…。

「あれぇ…ちょっと…これ…っ!
何…これ…っ! 仲根じゃないのぉ…? 」

どこどこ…?

飯塚がさらに覗き込む…。
大原室長と御使者たちが慌ててふたりの周りに集まってきた…。

「これこれ…紫苑と女性モデルの向こうにちょろっと立ってる刺身のツマみたいなヒゲのお兄ちゃん…。 」

おぉ~っ!

「誰が…刺身のツマじゃ…!
これでも一応は…滝川先生にスカウトされて…だな…! 」

スカウト~ッ!

「木之内~! そうなの~? 」

柴崎の疑いを込めたひと声で、みんなの視線がひとり黙々とパソコンに向かっている亮の方に集まった。

「僕が聞いた限りじゃ…本当です…。 
今…Kホールでやってる紫苑たちの合作展にも…確か…仲根さんの写真が出てるはずですよ…。 」

ひえぇぇ~っ!

まじ~っ!
 

  
 首座や指導者が替わったとはいえ…エスニック料理店『時の輪』は今でも営業を続けているし…HISTORIANという組織も宗旨を変えて存在する…。
『時の輪』の親爺を放免し、マーキスを擁護した当初は、HISTORIANを全滅させなかったことに異論を唱える向きもないではなかった…。

 しかし…執行部と族長会議は…彼等の存続を妨げるようなことはしなかった…。
現段階で彼等を壊滅させることに意味はない…と判断した上での処置だった…。

 すべての人間には例外なくあのふたつのプログラムが組み込まれている…。
すでにプログラムへの影響力を失っているHISTORIANを完全に消滅させたところで…この事実だけはどうすることもできない…。

 なんと言っても…HISTORIANの本拠地はこの国の外にある…。
しかも…幾つもの国に拠点を置いている…。
下手に追い討ちをかけて…まったく無関係な他国の能力者たちを刺激するのは如何なものか…。

 いろいろと不安材料は残るとしても…無駄と思われる戦いは避けるべきだ…と…。
無論…彼等に対する監視と警戒はこの先もずっと継続していくことにはなるが…。
 


 ただいま…と声をかけたのに…珍しく誰の返事も聞こえない…。
灯りはついているのに…部屋にはまるでひと気がない…。
この時間…いつもなら吾蘭たちがまだ起きていて…待ってましたとばかり飛んでくる…。
先生お帰りなちゃい…とか…おちゅかれちゃま…とか…口々にいいながら…。

ああ…今日は…ノエルたち…亮くんのところか…。

 思い出して滝川はひとり苦笑いした…。
いつの間にか…誰かが迎えに出てきてくれることが当たり前の生活に慣れてしまっている…。
和の写真だけが迎えてくれていた頃とは大違い…。

 いつもどおり…居間に鞄を置いて…キッチンに入った滝川は…辺りを見回して眉を顰めた…。
使った形跡など何処にもなく…ひっそり…ひんやり…としている…。

また…食事を抜いたな…。

 何かに夢中になると食べることも寝ることも忘れる西沢の困った癖…。
それがもとで病院に運ばれたことさえある…。
ふっと溜息ついて…冷蔵庫の中から適当に食材を取り出すと…滝川は手早く夜食を作り始めた…。

 

 呼んでも答えがないので…仕事部屋の扉を開けた…。
西沢は床にぺったりと腰を下ろし…壁にもたれてぼんやりと部屋の反対側に立てかけられたイラストボードを見つめていた…。
ボードに描かれているのは…はっとするほど鮮やかな青紫の鳥…豪華な鳥籠の中から…無表情にこちらを見ている…。

「今度こそ…出られる…と…思ったんだ…。 」

嘆きとも諦めともつかない声で…西沢は呟いた…。

「土地を買った…。 結構…広い土地…。
もともとは木之内のものだった土地を…買い戻したんだ…。

 そこに家を建ててさ…。
面白可笑しく…暮らすつもりだった…。
僕とノエルと子供たち…恭介と…輝と絢人…。 」

悲しげに微笑みながら…西沢は滝川の方を見た…。

「やっぱり…だめだったよ…恭介…。

知らないうちに…その土地に…どでかい屋敷が建ち始めた…。
僕はただ…見積もりを頼んだだけなのに…。

養父が…設計士に手を回したらしい…。
西沢家の次男に相応しい家を…と…。

新しい…鳥籠だ…。 」

鳥籠の紫苑…。

その忌まわしい言葉を…滝川も輝も何度口にしたことか…。

「帰れるものなら…帰りたいなぁ…。 
木之内の父さんの待つ家へ…。

でも…それは無理…。
そんなことをすれば…家門同士の諍いの種になる…。

だからせめて…せめて…籠の外へ…。 」

言いかけて…西沢は黙った…。

最初の鳥籠は…西沢本家の離れだった…。
そして今は…この部屋…。

「紫苑…紫苑…。 ものは考えようだぜ…。
土地は…おまえのものなんだろ…?

いくら祥さんがでかい御屋敷を建てたところでだな…。
底の抜けた鳥籠じゃぁ…おまえを閉じ込めておけない…。
そうだろ…? 」

西沢の前に膝をつき…目線を合わせながら滝川は言った…。
心に受けた衝撃の度合いを確認するかのように…。

「いいんだ…。 分かってた…。
旅行鞄…最後には捨てちまったくらい…何度飛び出しても無駄だったんだから…。
年甲斐もなく…ちょっと…夢見ただけさ…。
忘れて…恭介…。 」

そう言って西沢は立ち上がった…。
黙って…諦めるしかない…生まれてからずっと…そんな生活…。
何不自由なく恵まれた人生…と世間から羨望されている男の現実だった…。

「紫苑…飯にしよう…。
人間…腹が減ると…ろくなこと考えないぜ…。 」

努めて明るく…滝川は言った…。


 
 「それじゃぁ…西沢のお養父さんは…紫苑をまだ解放しないつもりで…? 」

食器を洗っていた泡だらけの手を休め…憤慨した声で亮が訊いた…。
ノエルが不愉快そうに口を尖らせて頷いた…。

「そう…。 紫苑さんが土地買ったの…僕だけは知ってたんだ…。
ある程度見積もりがたったら、先生と輝さんにも教えて、みんなでいろんなこと相談しようって話してたの…。

 ここへ来る途中で何気なく土地の方を見たら…もう工事してるんだよ…。
そんなこと紫苑さん…全然…言ってなかったもん…。
きっと…紫苑さんの知らないうちに西沢家が動いたんだ…。 」

 背後で…子供たちの騒ぐ声が聞こえた…。
そろそろ眠い時間のはずなのに元気いっぱい…。
大好きな御祖父ちゃんを前におおはしゃぎ…。

亮はチラッと有の方に眼を向けた…。
有はいかにも愛しげに孫たちを見ていた…。

「父さん…。 紫苑は西沢家から自由になれるんじゃなかったの…?
そうしたければ…帰って来い…って…言ってたでしょ…? 」

亮の咎めるような問いかけに…一瞬…有の表情が曇った…。

「亮…。 戻れるか戻れないかは…紫苑の心の問題なんだよ…。 
どんな経緯があったとしても…祥さん夫妻は紫苑にとって大切な両親…。
簡単には断ち切ることのできない絆がある…。

 それに…祥さんたちへの愛情だけでなく…絵里の遺した言葉が紫苑を縛り付けている…。
要らない子…の自分を可愛がってくれた人たちへの恩義を人一倍感じている…。
だから祥さんの強引なやり方にも反抗できないまま…諦めてすべてを受け入れてしまうんだ…。 」

さんざん…嫌な思いをさせられたのに…?

そう言いたいのを…亮は堪えた…。
それを口にしてしまえば…有を悲しませることになる…。

「言えてるかもしれない…。 
だってさぁ…紫苑さんてば…お養父さんにはほとんど当たり障りのない話しか…しないもん…。
できるだけぶつからないように…避けて通ってるみたいなとこ…あるよ…。 」

ノエルの話を聞いて…亮は…やれやれ…というように肩を竦めた…。

「紫苑が逆らえないのをいいことに…わざと好き放題やってんじゃないだろうな…。
あ~…なんか腹立つ~…! 」

そう言って…手にした食器を思いっきりごしごしスポンジで磨いた…。
撥ね跳んだ泡をノエルがあちこち拭いてまわった…。

「まぁ…権威主義の祥さんとしては…そう簡単に紫苑を手放すわけにはいかんのだろう…。
それに…紫苑に対する愛情が…まったくない…ってわけじゃない…。

 紫苑も…祥さんを愛している…。
俺を思うよりはずっと…祥さんのことを思っているはずだ…。
なんと言っても…育ての親…だからな…。 」

そう言って有は…寂しげに微笑んだ…。

 西沢家に…騙し取られさえしなければ…紫苑は生まれた時からずっと父さんの傍に居られたんだぜ…と亮は心の中で呟いた…。
胸の奥底にしまわれた…有の無念…を代弁するかのように…。
 





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