徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第十四話 把握し難い存在)

2006-02-15 16:56:23 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 「で…なんであんたがここに居るのよ? 」

輝はあからさまに不愉快そうな眼で滝川を睨んだ。

 重い買い物袋を両手にぶら下げて西沢の部屋に来てみれば、我が物顔で部屋中を闊歩する変態男…輝に言わせればだが…が居る。
 この男のことがどうでも気に入らない…と言うわけじゃないが、どこか薄気味が悪くて好きとも言えない。
西沢と同じで長い付き合いだが、遠慮がなくなった分だけ思いは態度に出る。

 相手のことを下着の中まで知り尽くしていているような…あの馴れ馴れしさが気に障るの…と輝はよく紫苑に愚痴った。

 「仕事だよ…。 そう嫌うなって…。 」

滝川は輝の露骨な態度を気にも留めずカラカラと笑った。

 輝のすぐ後から英武が到着した。
英武が来ると西沢のマンションは途端に騒がしくなる。
口数の少ない怜雄とは対照的に英武は口から生まれたと言われているほど話好き。

 「亮くん…まだ店に居たよ。 もうじき上がりだって言ってたけど…。 
怜雄はまだ仕事中…後から来る…。 亮くんと同じくらいじゃないかなぁ…。
…で…何でおまえが居るんだ…?」

 そう言いながら西沢にべったり張り付いている滝川を睨んだ。
撮影のために泊り込んでいるとは聞いていたが…。 

 「英武…いい加減に忘れろよ。 紫苑にラブレター出したのは僕が高校生の時だぜ…。
紫苑がまだ女の子の服着せられてた頃だろ。 めちゃ可愛かったけどさぁ…。 」

 忘れてないのはどっちだ…と西沢は思った。
睨み合っているふたりをほっておいて西沢と輝は夕飯の仕度を始めた。
 
 
 
 キッチンから夕食の片付けを終えた英武と怜雄が居間の方に出てくると、亮は千春に貰ったお土産のトレーナーをみんなの前に出した。

 個人的な思惑はともかく、それぞれ異なった力を持つサイキッカーが亮に接触してきた千春の背景を探ることになった。

 温泉で亮と西沢の記憶から少しだけ千春の情報を読み取った英武が先ず、問題のトレーナーに触れた。 

 「千春ちゃんは…普通の家庭の子だ…。 
高校二年生で…わりと力のあるサイキッカーだけど…他に力を及ぼすというよりは霊媒体質…霊能者だね…我々とはちょっと向きが違うな…。

 千春ちゃん自身の力で亮くんを如何こうするということは…先ずない。
ただ…千春ちゃんの背後には…不可思議なエナジーを持つ者がいる…。

 ノエル…って言う名前に覚えがあるかな…?
千春ちゃんはその名を使っているもの…本名じゃないだろうけど…の使徒だね。」

そこまで読み取って英武は亮の方を見た。

 ノエル…ノエルだって? 亮は驚きのあまり言葉を失った。
信じられない…あのノエルが何かの大元になっている存在だというのか…? 
 そりゃあ…僕等の知らない情報をいっぱい持っているようだったけれど…どちらの組織にも加担しているようには思えなかった…。 

 次に輝が触れた。輝は自分の作ったブレスレットを追った。

 「英武の言うとおり…ごくごく普通の女子高校生…。
性格は穏やかで優しい子だわ…。

 千春ちゃんのボスはどちらの組織とも距離を置いているようだけれど…完全に独立した存在ではないみたいね。
 不思議なことに対立しているように思えるふたつの組織もどこかで同じものを…繋がるものを持っているようなの。 」

輝にもそれ以上詳しくは分からなかった。

怜雄は敢えてトレーナーには触れなかった。

 「独立どころか…三つの存在に見えてはいても根源はひとつだ。
時によって姿を変えるだけのこと…。
 我々には別のもののように感じられるが、実際にはひとつのものが状態を変えているに過ぎない。
 
 そうだな…簡単に言うとコロイド溶液の中でコロイド粒子がゾル状になったり、ゲル状になったりするようなものだ…。 」

 その説明でみんなの顔が引きつった。
簡単に…ね…。 分かるような…分からんような…分からん。

 「あ…コロイド溶液というのはだな…液体中に細かい粒子が分散した形で浮遊して存在している状態のもので…つまり沈殿することなく…ぷかぷかと液中に漂っている状態な訳だ…。 
 このコロイド粒子の流動性が…例えば熱を加えることによって失われると…」

 怜雄が溶液の説明を始めた。
このままだと話が別の方向へ行きそうな気配だ。

 「水に溶けた寒天だよ。 そう思ったらいいさ。 なっ? 怜雄。 」

紫苑が身近な例をあげると怜雄はそうそう…と嬉しそうに頷いた。

 「要するに…液体だったり…固体だったりすると言いたいわけだな…? 
つまり形態の変化によって同じものが別のものに変化したように見えると…。」

滝川がそう補足した。そんなもんだ…と怜雄は答えた。

 「ただ…やつらの場合は形態だけでなく性質も異なってくる。」

そこに留意すべきだ…と付け加えた。

 「だけど…ノエルはふたつの組織の力のバランスが崩れたというような話をしてくれたんです。
 同じものなら片方からもう片方へ力を少し移動させればいいだけのことでしょ?
わざわざ外から取り入れる必要がないのでは? 」

 亮はノエルの話からまったく異なったふたつの組織という感覚で捉えていた。
しかし、ノエルの話を知らない西沢はまったく別の捉え方をしていた。
滝川が持ってきた情報の中でずっと気にかかっている太極思想…怜雄の話に共通するものがあるような気がする。

 「余剰分があればそうするだろうが…不足分が度を超して多い場合はそういうわけにもいくまいね。
 ことにお互いに性質が異なってしまっていれば力の移譲には何らかの操作が必要になるだろうし…。

 中国の易経の中に太極説という思想があるんだ。
古代中国の宇宙観…天地創造の思想のひとつだと僕は考えているが…混沌(カオス)から太極が生まれ…その太極が動くと陽になり、動きが極まって静止すると陰になったと言われている。

 陽の精は火…陰の精は水…そんなふうに書かれてあると僕らはその陰と陽はまったく別のものだと考えてしまう。
 ところが…実際にはひとつのものの両極を陰陽と表わしているに過ぎないんだ。
陰と陽とは相反する性質を持ちながらも同じひとつの存在だということだな。

 両極のバランスという点だけに絞って考えるならば、例えばヤジロベエの錘…両極の錘を十二分な重量で吊り合わせておけば、片側が少し削り取られた時にもう片側から貰ってきて再度吊り合わせることが可能だろう。

 両極の錘が辛うじて錘の役目を果たしているというような状態の時に片側の錘が無くなってしまったからといってもう片方から半分貰うなんてことは、数量的にはやってやれないことはないだろうけれど…意味があるとは思えない。
新しい錘をつけてやった方がいいに決まっている。 」

 その場の空気がさらに固まった。
コロイド溶液に…ヤジロベエの錘ねぇ…言ってることは分かるんだが…。

 「怜雄…紫苑…それで…何が何にどう当て嵌まると考えたらいいわけ…? 
対立するふたつの組織が両極で…その母体となっているのがそのノエルとかいう人だと考えていいの? 」

輝が理解に苦しむような表情を浮かべながら訊ねた。

 「人じゃない…。 」

 怜雄と紫苑が同時に答えた。みんなますます困惑した。  
紫苑はどうぞ…と言うように怜雄に手を差し出した。
  
 「僕等が眼で見ているものは擬人化された映像に過ぎないんだ。
本当に事が起きているのはこの地球全体だと考えていいだろう…。
 ノエルと名乗っている大いなる宇宙の根源が、この地球上で自らの両極のバランスが崩れ出したのを何とか修正しようとしている…そんな感じだ…。

 ただ…本体であるノエル…太極の意思とは別の意思が両極には感じられる。
同じものの中におそらくはその他にもいくつもの意思が存在し、それぞれの意思のもとに同じ目的に向かって動いている…だから対立したり分裂したりして見える。
…これはあくまで僕の個人的な見解だが…。 」

怜雄はそう説明した。

 「それは多重人格のような現象なんですか…? 」

 亮がそう訊くと紫苑が首を横に振った。

 「ちょっと違うね…。 例えば…亮くん自身の身体を考えてご覧よ。
きみがさっき食べた食物をその身体は内臓で分解して吸収しようとするだろう?

 それはみんなきみの脳が命令してそうさせているわけだけれど、きみの意思が働いているわけじゃない。
きみの心がそうしろと胃や腸に命令しているわけではないんだ。

 黴菌が身体に入った時にも、脳はそいつをやっつけろと白血球とかに命令を出すが、脳がそういった命令を出したことも白血球が活躍していることも、きみ自身はまるきり気付かないでいる。

 それはすべて身体がそういう仕組みになっているということなんだが…仮に脳には脳の意思が…胃には胃の意思があって、それぞれが同じ目的のために働いていると考えたら…怜雄の話が理解できるのではないかな…。 」

 紫苑はそんなふうに例をあげた。
う~ん…と唸る声がみんなの唇から漏れた。
なんとなく…言ってることは分かるのだが…なんとも把握し難い…なぁ…。

 「勿論…僕や怜雄の話は僕等が感知したものから僕等が受け取った儘を言っているに過ぎないので、本体に問えばまたどこか違うところがあるかもしれないが…。

とにかく本当の相手は…眼に見える存在ではないことは確かだ…。 」

 紫苑のその言葉にみんな背筋がぞっとした。
相手は人間ではない…そのことが既に理解を超えることだった。
見えない敵とどう戦えばいいのか…?

 「必ずしも戦いになるとは…限らない…が…。 
取り敢えず今の時点では…彼等の真の目的を把握することができれば…と思っているんだ…。 
まったく接点のない状態では…それも難しいことだが…。 
 相手が人間のレベルをはるかに超えている以上…あえて危険を冒すのは得策とは言えないし…な…。 」

そう言って紫苑は大きな溜息をついた。 






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