徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第十二話 満天の星)

2006-02-10 23:12:39 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 まさか…旅行先にまで有(たもつ)が抗議の電話をかけてくるなどとは思っても見なかった。
 おそらく西沢家の誰かに西沢が亮を連れて出かけたことを聞いたのだろう。
有のことだから西沢が亮に接近していることを感じ取ったに違いない。 

 最初のひと言を上手く言い出すことができなくて西沢はまだ黙ったままだった。
この期に及んですべて明らかにすることを躊躇うわけではないが、話を始める取っ掛かりが掴めずにいた。 

 「露天風呂…入ろうよ…。 待っててくれたんでしょう? 」

 亮の方が先に沈黙を破った。
西沢の腕を引っ張るといつものように笑って見せた。
西沢は黙って頷いた。

 露天風呂へは内湯から出られるようになっている。
西沢が身体を洗って内湯で少し温まっている間に、風呂巡りを済ませてきた亮は先に露天風呂の方へ出て行った。

 露天風呂から見える塀に囲まれた四角い空には満天の星。
ずっしりと光の粒が詰まっている空は重たげで低く垂れ下がって感じられる。

 後から入ってきた西沢も同じ空を眺めて…凄まじいね…と言った。
美しいとか綺麗とかそんな形容詞ではとても言い表わせない迫力がその満天の星空にはある。
 人事の到底及ばない神秘的な造形…。
ふたりはしばしそれに見とれた。

 「僕は…両親が16の時に生まれた…。
当然…高校生になったばかりのふたりは僕を育てることができず…生まれてすぐに母の一番上の兄のところに貰われた…。 」

ふいに…西沢が口を開いた。
 貰われたとは言っても西沢の母は西沢家の末娘だったので、西沢が4つになるまで親子というよりは姉弟のように一緒に暮らしていた。

 「父とは別れてしまっていたけれど、木之内家も西沢家とは近い親戚だから時々連絡があった。 …母が亡くなるまでは家族同士の付き合いもあったんだ。

 母は二十歳になった頃に、また別の男と恋をして…上手くいかなくて…僕を道連れに服毒自殺を図った。
 僕は子どもの頃錠剤が飲めなくて、母が無理やり口に押し込む錠剤を口いっぱいに溜め込んで息もできないほどになり、その場を逃げ出して泣きながら伯母のところへ行ったんだ。
 驚いた伯母が全部吐き出させてくれたので僕は助かった。
伯母を連れて母の部屋に戻った時…母は既に大量に薬を飲んだ後だった。
母はそのまま亡くなって…事故死ということにされた…。 」

 養父母は、実の母親に殺されかけた上に目の前で母の死を見てしまった幼い西沢に残るトラウマを案じて家族全員で西沢を監視するようになった。

 「未だにみんな僕のことを心配してくれているよ…。
シオンはいつかパニックを起こして自殺するんじゃないかって…ね。 」

西沢は苦笑した。

 「西沢家では僕はまるでお姫さま扱い…伯母の趣味で…大事にされて育ったよ。
みんなの愛情が重たいこともあるけど…僕はいい家族に囲まれて心から幸せだと思っている…感謝しているんだ。 」

 西沢の幸せという言葉で亮は輝の溜息を思い出した。
鳥籠の中の幸せ…幸せの顔を持つ不幸もある…。
 だけど…それはすべて本人の感じ方ひとつ…輝が憂えるほど西沢が我慢に我慢を重ねているとも思えない。
 
 「木之内家との行き来がなくなってしまったので、父の築いた家庭のことはまったく知らずにいた。
 年に二回ほどかけてくる電話だけが実の父との繋がりだった。
それも元気か…ちゃんと食べてるか…ってくらいの会話…。
だから…父というよりは知り合いの小父さん…。 」

 西沢が亮の存在を知ったのは亮がかなり大きくなってからで、親子三人幸せに生活しているものだとばかり思っていた。
 ところが最近になって木之内家の身内から、亮がずっとひとりきりであの家に置き去りにされていることを聞かされた。

 ショックだった。
もっと早く気付いてやるべきだった。
 聞けば中学に入った頃から親が家にいなくて、世話をしてくれる人もなく、何もかも自分でやってきたという。
  
 「いまさら遅いとは思ったけれど…きみをほっておくことができなかった。
ことに…能力者の若手が狙われていると通達が回り始めた頃からは…。
 そんな家庭の事情では、おそらくきみはその力については誰にも学んだことがないに違いない…。 」

 何かあったら対処できないかもしれない。 
何としても護ってやらなければ…と西沢は考えた。
西沢が家族に護られてきたように…。

 「断っておくと…別に正義感からじゃない。 …きみに対する償いだと思った。
僕の存在が…きみを不幸にしたのではないかと感じたから…。 」

 有は紫苑という息子がいることを忘れることができなかった。
紫苑を捨てた事実をきれいさっばり記憶から消してしまうことができたなら、もっと亮に対して違った接し方をしていたのかもしれない。

 「考え過ぎだと…怜雄や英武に笑われたけど…僕を捨てたことで…父の心にも何か大きな傷が残ったんだと思う…。
 早い段階で…僕がなんとも思っていないことを…恨んだり憎んだりしていないことを父に伝えるべきだったのかもしれない…。
 僕はそれを怠った…。
きみの不幸がそのせいなら…僕はきみに償うべきなんだ。 」

 亮は驚いた。とんでもない…と思った。
何も悪いことをしていない西沢に償って貰う理由なんか何処にもない…。

 「西沢さんのせいなんかじゃない。 そんなふうに考えないでよ。
僕の両親は祖父母の勧めで一緒になったけれどお互いに相性が合わなかったんだ。
冷戦の結果…それぞれに愛人ができただけの話だよ。

 それに僕は不幸なんかじゃない…。 好きなように生きてるから…。
西沢さんが兄貴でほっとしてるんだ…。 
正体不明の人に甘えるのはやっぱり抵抗あるけど…兄貴なら甘えてもいいよね。」

 少し興奮気味に亮は言った。
西沢がクスッと笑った。

 「そうなんだ…抵抗あったんだ…? それじゃもう遠慮しなくていいよ。
誤解しないで欲しいんだけど…僕は償いの気持ちだけできみを護ろうとしたわけじゃないんだ。 
 何度か会っているうちに亮くんのことがほんとに可愛くなってきて…僕の弟なんだなぁ…ってだんだん実感が湧いてきた。 」

内湯の方で扉をドンドンと叩く音が聞こえた。

 「何…? 旅館の人…? 」

亮は不審げに音のする方を見た。
 
 「ふふん…。 そろそろ現れる頃だと思ったよ…。
怜雄と英武だよ。 伯父に言われて飛んで来たに決まってる。
何かことが起こってないか心配になったんだろう。 

入って来いよ! 」

西沢が声を掛けると本当にふたりが現れた。

 「シオン…大丈夫? 有さんから電話があったんでトラブッてないか心配で…。
お父さんがすぐに行けって言うもんだから…。 」

英武が服のまま駆け寄ってきた。

 「英武…濡れるよ。 脱いで来いよ。 怜雄も…。 」

 あ…そうか風呂だもんな…と英武は何か言おうとしている怜雄の手を引っ張って脱衣所へ走っていった。

 

 急にふたりも増えたにも関わらず旅館はきちんと四人分の料理を用意していた。
応援を出した段階で西沢の伯父が旅館に連絡を入れておいたようだ。

 四人で囲む御膳は美味しかったし、何より楽しかった。
西沢が自分の兄でしかも父親が16の時の子だと知ったショックよりも、周りに誰も居ない孤独から解放された喜びの方が大きかった。

 「四人兄弟だね…。 僕にも弟ができた…。 やっと威張れるぞ…。 」

英武が嬉しそうに言った。 

 「弟…? 」

亮が不思議そうに訊いた。

 「そうさ…シオンの弟は僕らの弟だよ…。 ね…レオ? 」

怜雄が満面の笑みを湛えてうんうんと頷いた。

 「大変だ…亮くん。 うるさいぞ…こいつら。 覚悟しといた方がいいな。」

西沢がそう言って笑った。

 「そうなんだ…。 僕…たくさん兄弟ができたんだ…。 」 
 
 なんだか夢のようで亮は茫然としていた。
昨日まで家族らしい家族のなかった亮に突然兄貴が3人できた…揃いも揃って特大サイズの…。
 
 大きな部屋に布団がずらっと並べて敷かれてあるのを見るとまるで修学旅行のようだった。
 何しろでかいのが四人…というので仲居さんたちも考えたのか、誰がどうはみ出てもいいようにまるでプロレス会場のマットの如く布団を敷き詰めたらしかった。

 男四人がこどものようにはしゃいだ…笑った。
末っ子の亮はみんなに揉みくちゃにされたがそれはそれで何となく心地よかった。
 笑い過ぎて疲れた。
こんなこと久しぶりだ…。 

 布団のマットの上で大の字に伸びながら亮は西沢はこどもの時からこんなふうにして育ったんだろうな…と思った。
輝が心配するほどのことはない。みんな呆れるほど仲がいいんだもの。

 連れてきて貰ってよかったな…。 千春と映画へ行くのも悪くはないけど…。
千春…? そう千春だ…。

 「西沢さん…。 気になることがあるんだ…。 」

 亮は千春のことを話し始めた。初めて会った地下鉄での出来事、再会した時のこと、そしてこの間誘われたこと…教えていないはずの亮の名前を言い当てたこと。
 
 西沢は真剣な表情で亮の話を聞いた。怜雄と英武も集まってきた。

 「英武…亮くんの記憶から何か分かるかい? 」

英武は失礼…と言いながら亮の手を取った。

 「ぽっちゃり系の可愛い女の子だ。 
逆ナンっぽく亮くんを誘っているけど…亮くんが好きとかじゃなさそうだよ…。」

 やっぱり…と亮は思った。
あの時何となく妙な感じがしてたんだけど…。

 「その子が人間どうか分かる? 」

西沢がまた訊ねた。

 「難しいところだね。 女の子が触ったものでもあればいいんだけど…。
ただ彼女はちゃんと身体を持った存在だと思うよ。
亮くんの記憶の中では彼女にはちゃんと影があるしね…。 」

 影…あの意思を持つエナジーには影はなかった。
そうだとすればその女の子は集められた能力者のひとりなのだろうか…。
何れにせよ…西沢の守りが堅いために、亮に接近できないでいる者たちが搦め手から迫ってきたように思われる。

 西沢は亮たちに滝川の知り合いが撮影した不思議な写真の話をした。
英武は西沢に触れ、その写真からの情報を探った。

 「確かに女の子と近いものは感じられるけれど…まったく同じではないと思う。
写真の方は実体がない。 女の子には実体がある。 」

 英武はふたりの記憶から分かるだけのことを話した。
亮は自分を狙っているものの不気味さに思わず総毛だった。

 捕らえられたら最後、永遠に抜け出せないような気さえしてきた。
さっきまでの楽しさはどこへやら…湯冷めをしたように身体が震えた。
西沢はそんな亮の不安を察してかそっと肩を抱いてやった。  





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