徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第十三話 不愉快な写真)

2006-02-12 23:37:07 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 滝川は仕事の合間を縫って裁きの一族の現在の所在地を捜していた。
明治維新の頃までは関西圏でまだ裁定人としての役目を果たしていたらしいが、その後は中部から関東圏に散らばってしまったらしく、いまはまったく裁定人としての活動はしていないという。

 それでも古い家系の者たちは未だに裁きの一族を敬い畏れていて、何かの時には頼りにすることもあるらしい。
 滝川の一族の長老に言わせれば、その権威は依然衰えておらず、宗主の一言が他の一族にも大きな影響を及ぼすという。
 その所在は極秘であり代々族長と最長老級の幹部にしか伝えられず、まだ族人としては齢若い滝川には聞きだすことができなかった。。

 問題は…その所在地が分かったとしても滝川個人で宗主に面会が叶うかどうか。
伝え聞く話によれば、宗主は族長クラスとしか会ってくれないということだ。

 得体の知れない大きな組織を相手に、紫苑がひとりで立ち向かおうとするのはあまりに無謀…自殺行為だ。
滝川や西沢家の兄弟たちが協力したとしてもたいした力にはなれまい…。
 
 それにこれは紫苑ひとりの問題ではない。どこかの族人であるか否かには関わらず、若い能力者が軒並み狙われているというのだから、まさに特殊能力者全体の問題と言わざるを得ない。
それぞれの一族が得手勝手に行動している場合ではないのだ。 

 滝川には裁きの一族の在り方でさえ生ぬるく思われた。
裁定人と言われるからには、こういう時にこそリーダーシップを発揮すべきなのに、その所在すら明らかではない。

 「まあ…とにかく僕の手の届く限りのところには手を回して調べさせているよ。
存在すること自体は確かなんだ。 」

西沢の入れたお茶を飲みながら滝川は言った。

 「おっ…これは輝(ひかり)の好きなタイプの紅茶だ…。 相変わらず通い妻か…? 」

滝川はニヤニヤと笑いながら西沢の顔を見た。

 「せめて…恋人と言って欲しいね。 それに通ってきてるわけじゃない。 」

西沢は冷めた目を滝川に向けた。

 「恭介…無理しなくていいよ。下手したらおまえまで巻き込んでしまいそうだ。
亮に本当のことを話した今…僕にはもう…思い残すこともないし…。
 後は亮がひとりでも生きていかれるようにしておいてやりたいだけのことで…。
僕みたいな存在でも亮のためになれば少しは価値があったってことだから…。 」

まるで死を悟った老人のように西沢は言った。

 何を馬鹿な…と滝川は思った。
西沢が自虐的なのは今に始まったことではないが、このところその傾向がさらに強まっているように感じられた。
 
 「価値のない存在なんてありゃしないんだぜ…紫苑…。
そこにおまえが存在するってことはそれだけの意味があるってことだ…。
 おまえ自身には感じられなくても、必ずどこかにおまえを必要とする何かが存在する。 」

 例えば…僕がそのいい例じゃないか…。 なあ…写真…撮ろうぜ…。
マジなやつを…さ…。

 「時々いいことを口にしながら…長続きしないのがおまえの欠点だな…。
何度も言わせるな。 モデルはやらない。 正直疲れたんだ…。
赤ん坊の時からモデルやってたんだから…。 」

 西沢はソファを背もたれにして仰け反るように天井を見た。

 「それだよ…そんな感じでいいんだ。 頼むよ…撮らせてくれ。
普段の…素のままのおまえの仕草や表情が撮りたいんだ。 
 商売抜き…。 メイクもセットもなしでいい…。 注文もつけない…。
撮影の間…泊り込み…密着させて欲しいだけ…。 」

 滝川は拝むように言った。 西沢は答えなかった。
滝川は持っていたケースの中から一枚の写真を取り出した。

 「これは写真家としての僕の原点だけど世界でたった一枚しかないものだ。
もう…ネガも何も残っていない。 焼き捨ててしまった…。 」

 古びた写真…西沢は何気なく手に取った。
見た途端持つ手が震えた。 

 「なに撮ってんだよ…! こんな写真…よくも…。 」
 
 まだ少年だった頃の西沢の眠る姿…。
大きな枕に半身を預けるようにして横たわり、あどけない顔をして眠ってはいるが…着ているものが乱れ放題…素っ裸よりも始末が悪い…。

 「これは…何なんだ? 知らない…全然覚えないぞ! 」

 西沢は記憶を辿った。何処で…誰と…何を…した?
どうにも思い出せん…写真があるんだから…相手はこいつか…?
首を傾げながら滝川を見た。
滝川は写真を取り上げ破り捨てた。徹底的に細かく…。

 「僕の住んでたワンルームだよ…ずっと以前の…修行時代のさ…。
遊びに来ただろ…何度か…。
 大事な写真だったんだ…これ…。 
いつか独立したら…もっとおまえの内面を写し出してやる…。 
これ以上にリアルにって…。 
ずっとそれを夢に描いてきたんだから…。 」

 粉々になった写真の残骸を見つめながら…あ…っと西沢は思った。
随分古い話だけど…。

 「思い出した…7~8年は経ってる…。 確かにおまえの部屋で眠りこけた。
その時に羽目はずして遊んだ覚えもあるような…。 でも写真は知らんぞ…。 」

 だろうね…滝川は頷いた。

 「白状すると…眠ってるおまえの乱れた姿に心惹かれて写したんだ。  
どうこうしようとは思ってなかったけど…さ。 ちょっと魅惑的だろ…。 」

 西沢は呆れて天を仰いだ。
僕のセミヌード撮ってどうするのさ…芸術にも金にもなりゃしないぜ…まったく。

 「あのさ…できれば…おまえの頭の中から初恋の少女を消してくれないか?
僕が男だってこときっちり脳みそに叩き込んでおいてくれよ。

 分かったよ…撮っていいよ。 泊り込み許可…但し仕事の邪魔はしないこと…。
頼むから薔薇が喜びそうな写真はやめてくれ。
 普通の…ごくごく普通の写真以外は公開を認めないからね…。 
そんなもんが売れるとは思えないけど…。 」

滝川は飛び上がった。

 「紫苑…恩に着るぜ。 」

西沢の唇から諦めとも安堵ともつかない溜息が漏れた。



 夕べから降り続いている雪のお蔭で書店の前も足元が悪く、亮は朝から店の周囲の雪かきをしていた。
例年あまり振らない地域であるにも関わらず今年は雪が多い。

 詳しく調べたことはないが地球温暖化の煽りを受けていろんな国で異常気象が発生していると聞いているし、年々季節の在り方がおかしくなってきているようにも思われる。
 海の生物などでは水温の変化で生息域を変えてしまったり、異常発生したり、逆に生息数が極端に減少したり、そうした現象があちらこちらで起っているそうだ。

 たれ流しの汚染物質や終わらない紛争による環境破壊や…人間の手によって地球全体が絶え間なく痛めつけられているということだな…。

 そのうち地球は滅びるね…なんもかんも壊してばかりだもんな。
まあ…人類が滅びるのは自業自得かもしれないけど…他の生物にとっちゃいい迷惑だよな…人類と心中なんかしたくはないだろうし…。

 そんなこんなを思いながら粗方雪をかき終えて、やっと店の周りが通りやすくなったのを見ながら亮はふうっと息をついた。

 「亮くん…お疲れ…。 寒かっただろ…吉井さんがココア作ってくれたからさ。
もう…入っておいでよ。 」

 店長が外に出てきて声をかけた。
パートの吉井さんが中からニコニコと手招きしていた。
 
 亮はパンパンと音を立てて身体についた雪を落とすと店の中に戻った。
バックルームでココアが湯気を立てていた。
 カップを通して温かさが手のひらに伝わってきて気持ちよかった。
ふうふうっと吹いて少しずつ冷ましながら亮はココアを飲んだ。

 「止みそうにないねぇ…。 今日は一日こんな感じかなぁ…。 」
 
店長が外を見ながら溜息をついた。

 不意に自動ドアが開いて千春が姿を現した。
いらっしゃいませ…という店長の言葉ににっこりと笑顔で答えて、バックルームから出てきた亮の方へ近付いてきた。

 「おはよ…亮くん。 温泉楽しかった? 私はスキーに行ってきたよ。
はい…お土産…トレーナー…。 」

千春は少し大きめの紙袋を手渡した。

 「え…? 僕に…? 有難う。 あ…待ってて…。 」

 亮はできるだけ何も気付いていないふうを装いながらバックルームに戻った。
ロッカーから小さな紙袋を取り出すと取って返した。

 「これさ…きみに…。 映画のお詫び…。 断っちゃったからね。 」

 千春はちょっと意外そうに…それでも嬉しそうな顔をした。
そっと袋を開けてみて満面の笑みを浮かべた。

 「かわいい~! 亮くん…有難う。 これ彼女が選んでくれたんだ?
でも…かわいいから許す! 」

 それは輝が作ったブレスレットだった。
若い人向けに作った安価な材質の物だけれど大量生産の物とは違う。
亮には見分けはつかないが、女の子の千春には何となく違いが分かるらしかった。

 千春はいつもの週刊誌を買って帰っていったが、バイバイと振るその手には既にあのブレスレットが光っていた。

 種は蒔いた…亮は胸の内でそう呟いた。
これで千春の様子が少しは分かる。英武が千春の心を追跡してくれるだろう。
貰ったトレーナーは千春の触れたものだから、何か情報を引き出せるだろう。

 少なくともこれで千春の思惑だけは掴める…。
なにもないところからやっと一歩だけ踏み出した気がした。




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