徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第十七話 ノエルと千春)

2006-02-21 12:13:21 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 有は居間に居た。
ゆったりとソファにもたれかかりながら珍しく洋画を見ていた。
テレビなんて…ニュース以外ほとんど見ない人なのに…。
そう思いながら取り敢えず荷物を置いた。

 「父さん…聞きたいことがあるんだ…。 
それ…見てからでいいけど…。 」

 亮は少し離れたところから有に声を掛けた。 
有は黙ってテレビを消した。

 「父さんも聞いてるかも知れないけど…いま学生や若いサイキッカーが攫われて…洗脳される事件が起きている。
 僕も去年の夏頃から狙われていて…西沢さんが身体を張って護ってくれてる。
父さんが電話をかけてくるまで兄貴だとも名乗らずに庇ってくれてた…ずっと…。
このチェーンはその御守り…。 」

 有は身を起こして亮の首に眼を向けた。
小さく溜息をつきながら再びソファに身を沈めた。

 「紫苑は…俺が16の時に生まれた子供だ。
俺が若すぎて年齢的に結婚もできなくて…引き取ることも許されなくて…絵里の兄に渡すしかなかった。

 卒業して仕事についたら…ふたりを迎えに行こうと決めていたのに…絵里は別の男と恋をして…あげく自殺してしまった。
 ひとり遺された紫苑を引き取ろうと思っても…その頃には紫苑はすっかり西沢家の子になってしまっていて…もう…手を出すこともできなかった。 」

 弁解するわけじゃないが…と有は言った。

 「捨てた…と言われても仕方がない…。 手放したことは事実だからな…。
だが…忘れたことはない。 
 おまえを見るたびに紫苑を思った…。 もう…何年生になったろうか…どのくらい背が伸びただろうか…と。 

 それは…多分…普通なら女親が思うようなことだろうけれど…紫苑にはもういない…。
元気か…飯は食ってるか…(泣くような想いをしていないか…)。
時々電話をした…。
紫苑にとっちゃ他所の小父さんからの電話に過ぎんが…。

 おまえが可愛くないわけじゃなかったが…俺の中には絶えず紫苑を捨ててしまったという罪悪感があって…いつも突き放してしまった。
おまえには…哀しい想いをさせたかもしれん。 」

 有は珍しく殊勝なことを言ったが、亮は素直にその気持ちを受け入れることができなかった。

 哀しいかどうかなんて考える余裕もなかった…とにかく自分で何とかやっていかなきゃって…それだけ…。
家のことも学校のことも全部ひとりで考えなきゃいけなかったんだから…。

口には出せない…そんな想いが浮かんで消えた。

 「夕紀という友だちが洗脳されて…長老の力でも解けなかった。
親友の直行の婚約者なんだ…。
直行は夕紀を助けたい一心であちらこちらの長老に話を聞いて回った。

 その中に…裁きの一族に関する情報と父さんの名前があった。
その一族の宗主なら或いは洗脳を解くことができるのではないかという内容で…父さんならその一族と連絡が取れるかもしれないと…聞かされた。 」

亮が裁きの一族のことを持ち出すと有は一瞬戸惑ったような表情を浮かべた。

 「俺の何代か前に繋がりがあったという話は聞いているが…今はない。
お祖父さんやお祖母さんが生きていた頃なら何か分かったかもしれんが…。
悪いが…連絡は取れない…。 電話番号も所在地も分からんからな…。 」

有はどこか不自然な態度でその話を切り上げようとしていた。 

 「本当は知ってるんだ…? 僕も能力者だもの…嘘言ったって分かるよ。 」

 亮がそう鎌をかけると有は少し黙りこんだ。
ふーっと息を吐きながらそうか…というように頷いた。

 「亮…俺も木之内の束ねだ…。 話せないものは話せない。
その件に関しては…おまえが後継者であることを長老衆を始め一族に宣言してからでなければ…決して口にはできん。
 それが代々受け継がれてきた決まり事なんだ。
木之内だけではない…何処の一族の族長も長老衆も同じことを言うだろう。 」

 木之内の束ね…? 後継者…? 生まれて此の方…有の口からそんな言葉が飛び出してくるのを聞くのは初めてだった。

 亮の胸の内を察したかのように有は木之内家のことを語り始めた。
木之内家と西沢家はわりと近い親戚であること…。
 今は西沢家の方が勢力も財力も上をいっているが、家格としては木之内家の方が上で、古い時代には裁きの一族とも血縁関係にあったこと…。

 核家族化が進んで旧家の体裁は失われてしまったが、木之内の束ねは有であり、その後継としては亮が筆頭ではあるけれども、その他に叔母ミサの子供たちや、叔父稔の子供たちも候補に上がっているということ…。

 「だが…木之内家は…もはや俺たち兄弟三家族しか残っていない。
俺の親父の代の親族が揃って早世だったので…な。
今現在の同族の族長や長老衆はどこかで血は繋がってはいても別の系統だ。

 それに…ミサも稔も族人というよりは普通の家庭人として暮らしている。
だから族姓としての木之内家は俺の代で終えようと考えているんだ…。
おまえを能力者ではなく普通の子供として育てようとしたのはそのためだ…。 」

 それで…僕の能力をやたら否定し続けたのか…。
亮はやっと父親の言動に合点がいった。

 「紫苑が…戻ってきていれば…話は別だったが…な。
紫苑はいまや一族の中心的存在となっている西沢家の血を引き、俺の血を通して木之内家だけでなく…古くは裁きの一族の血をも引く…。
束ねとしてはこれ以上ないほどの有力者になっただろう。 」

 ああ…そう…つまり僕の母親は出自が悪かったってこと…ね。
僕に継がせるくらいなら家を潰しちゃった方がいいってことなんだ…。
別に後なんか継ぎたくないけど…ね。

そう思った途端…何だか僻み根性丸出しで自分が嫌になった。

 何で素直に受け取れないんだろう…。

 有が未だに西沢を忘れていないことに対するやっかみなのか…。
顧みられない自分の惨めさが癪に障るだけなのか…。
 あれほど可愛がってくれている西沢に申し訳けなくて、亮の気分はますます落ち込んだ。



 亮の情報を心待ちにしている直行に、これといった収穫がなかったことを告げるのは何だかひどく気の毒なような気がしたが、亮としてもあれ以上父親に食い下がるわけにもいかず、他の一族の長や長老衆がそうであるように口を閉ざしたままだと伝えるしかなかった。

 直行は残念そうではあったが、取り敢えず、亮の父親が何か知っているということだけは分かって少しは前進を見たと前向きに捉えているようだった。

 全国に…全世界に果たしてどのくらいの人数若いサイキッカーがいるのかは分からないが…直行が直接聞いているだけでも5~6人の若手が姿を消している。
 それがこの地域と近隣の地域だけの情報であることを考えれば、おそらくは日本国内だけでも相当な数の若手が行方不明になった上に洗脳されていることだろう。
 
 その洗脳の内容が妙で…帰ってきた連中は一様に地球環境保護運動の活動家みたいになってしまっている。
 対立するふたつの組織…と思われていたのに洗脳の内容はほとんど同じだ。
それならいっそひとつの組織でよさそうなものなのに…。
大本は同じだと怜雄が言ってはいたけれど…。

地下鉄の入り口の壁にもたれながら亮はぼんやりとそんなことを考えていた。

 「亮くん…! ごめんねぇ。 待たせちゃった? 」

 千春が息を切らしながら駆けて来た。私服登校の千春の高校は同じ地下鉄の駅の近くにある。
 今朝…たまたま駅で会って帰りにお茶しようと約束した。
バイトまでの少しの時間…だから書店の近くのケーキ屋さんで…と千春が言った。 
 ケーキ屋さんの喫茶コーナーは甘い香りに包まれていて、女の客が圧倒的に多くて何だか亮は落ち着かなかった。
 千春はこの店がお気に入りのようで、並んでいるケーキの味についていろいろ教えてくれた。
千春がぽっちゃりなのはここのケーキのせいか…などと失礼なことをつい思った。

 ケーキを食べている時の千春があまりにも満足げで幸せそうなので、見ている亮の気持ちもゆったりしてきた。

 「千春…ほんとおいしそうに食べるなぁ…。 見ていて楽しくなるよ。 」

千春は目をぱちくりさせた。

 「お行儀悪いよね…食い意地はってて…幻滅だよね。
お兄ちゃんにいつも言われる…。 定形外…気をつけないと嫌われるぞ…って。」

お兄ちゃん…?亮は怪訝そうな顔をした。

 「亮くん…知ってると思うよ。 同じ大学だし…変わった名前だから…。 
クリスマスに生まれたからノエルっていうの。 」

亮は愕然とした…。ノエルが…お兄ちゃん…? 千春のお兄ちゃん…?

 「高木ノエル…? えぇっ? お姉ちゃんじゃないの?  」

 言ってしまってから驚くべきところが間違っていることに気付いた。
先ずはノエルが人間だったということに驚くべきだったのに…。 

千春はクスッと笑った。

 「ああ…亮くん…。 女だと思ってたんだぁ…。 お兄ちゃんなんだよ。
あの顔でスリムだからよく女の子と間違えられるけど…こんなに長い間気付かなかった人も珍しいな…。
 ひょっとして…失恋…しちゃった? 」

ごくりと唾を飲み込んで亮は思わず頷いてしまった。

 「ほとんどそんな感じだよ。 綺麗な女の子だとばかり…。
ショック…。 滝川先生の気持ちが分かる気がする…。 」

千春が思いっきり複雑な表情を浮かべた。

 「亮くん…今…千春とデート中なんだからね! 」

 千春はちょっと唇を尖らせて言った。
今度は亮の方がクスクスッと笑った。

 「千春…可愛いよ。 デートに誘うなら千春がいい。 なんか温かいもん。 」

 言うか…そこまで…。言ってしまってから赤面した。
千春も赤くなった。
何も話せなくなってずっと俯いていた。






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