徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第十話 部屋という名の鳥籠)

2006-02-07 17:10:01 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 明け方近くふと目が覚めた。あたりの空気が妙にしんと静まり返っている。
何気なく窓の方を見たらカーテンの向う側は雪景色だった。
世界が薄ぼんやりと輝いて見える。

 亮は口の辺りまで布団に潜り込んだ。
階下でカーテンを閉める音がする。親父だ…。雪の様子を確かめたに違いない。
 日曜だというのに…お出かけですか? …というかお帰りですか…だな。
女のところへ帰るために車が出せるかどうかを確認したんだろう…。

 亮の首に高価なチェーンを見つけて以来、なぜか今までより家に帰ってくる回数が多くなった。
 息子が何者かに誑かされているのではないかと疑っているんだろう。
そうは言っても…月に一度が二度になった程度だが…。

 高価なチェーンといえば…修理の終わったチェーンも今つけているチェーンも両方貰ってしまった。
 さすがに悪くてこのチェーンは返すつもりだったのだが…あげるよ…の一言で済まされてしまった。

 西沢の恋人輝が彫金をやっている関係上、時々気に入ったアクセサリーを買うのでいくつも同じようなチェーンを持っているのだそうだ。
 押し売りしているわけじゃないのよ…この人結構シビアだから本当に気に入った物でないと買ってくれないの…輝がそう言って笑っていた。

 いい雰囲気だった…最初は驚いたけど…。
少なくともあの滝川よりは…許せる。
同じキスマークなら輝にお願いしたい…。

温かい寝床の中で亮は再び眠りに落ちていった。



 窓ガラスの向うに見えるいつもと違う世界を描いている。
夜中に降り出した雪…それを見たらなんだかわくわくして眠れなかった…。
こどもみたいだと自分でも笑えた…。

 おととい仕上げた注文のイラストは買い手に十分気に入って貰えたらしい。
相庭が大喜びで連絡してきた。
 それはよかったね…とまるで他人事のように答えた。
仕事だから…描きたいと思うテーマじゃなくても…描くしかないじゃない?

 勿論…どんな絵でも愛情を込めて描いてるよ…それは本当。
ただその絵に対する執着の度合いが違うだけ…手放したくない絵ではないだけのことなんだ…。
   
 あたりが明るくなってきた頃西沢は寝室に戻った。
ベッドの上に突っ伏すとすぐに睡魔が襲ってきた。
亮は…朝からバイトなんだろう…な…とふと思った。
 
 好き嫌い言ってないで仕事しなきゃね…。
僕がいなくなっても…あの家を出て自由に生きていかれるだけのものを…遺しておいてやりたい…。
 できることなら…このまま亮が自立するまで見守っていたいな…。
そうしたら僕も安心できる…。

 だけど…亮を狙っている組織は…敵は…人間ではない。
そんな連中を相手にして僕にいつまでも命があるとは思えない…。
僕が楯になり犠牲になっても、その先、亮が生き延びられるとは限らないけど…。
ない…けど…幸せになって…くれると…いいなぁ…。
・・・・・・。




 休暇が近付くにつれ…直行が落ち着かなくなってきた。
間もなくクリスマス…いつもの年なら夕紀と特別なデートの約束をする。
でも…今年は…。

 「暇さえあれば…あの男に会いに行ってる…。
僕のことなんかまるっきり眼中にない。
何が起こっているのか分からないから…手の打ちようもない。 」

 直行はそう嘆いた。
輝から直行が悩んでいると聞いた後、亮は思い切って自分が特殊能力者であることを直行に打ち明けた。

 直行はここにも悩める仲間がいたというので幾分ほっとしたようだった。

 「いっそ虎穴に入らずんば虎子を得ずっていうから相手の組織にコンタクトを取ってみようかとも思うんだ。 」

 亮はとんでもないと思った。
洗脳されたが最後どうなるかも分からないのに…。

 「それは止めた方がいいよ。 
夕紀を見ていて普通じゃないってのが分かるだろ?
…そうだ…ひょっとしたらノエルが何か知っているかもしれない。 
僕には訊くな…関わるな…って言ってたけどおまえには何か話すかも…。 」

 亮はあの不思議な少女…かどうかは分からないが…ノエルのことを思い出した。
直行を連れてノエルのいそうな講義室を捜した。

 二階の端の講義室なら…陽だまりがありそう…。
ノエルがなぜか好んで陽だまりの中に居ることに最近気付いた。

 人気のない講義室の陽だまりの中に…ノエルはいた。
起きているのか眠っているのか静かに座っていた。

 「ノエル…訊きたいんだ。 直行がもう限界で止められないんだ。
せめて何が起こっているのかだけでも聞かせてくれないか? 」

亮がそう話しかけると薄っすらと目を開いた。

 「関わるなと言ったはずだぞ…。 」

ノエルは穏やかに亮を窘めた。

 「お願いだよ…夕紀が何をさせられているのかだけでも教えてくれないか? 」

 直行が縋るようにノエルを見つめた。
ノエルは大きく溜息をついた。

 「忠告はしたぞ…。 何が起きても私を恨むな…。

 例えれば…これまで均等だったふたつの存在の片方がとんでもなく勢力を増し始めたために力のバランスが崩れてしまい、もう片方が躍起になって修正するための力集めをしているというところか…。

 夕紀はそれを集める仕事をさせられているんだ。
同じ能力者を探している。

 問題は両方の組織に下手に多くの力が集まると…今度は能力者同士の争いが起こる可能性があるということだ。
 つまり組織同士の力の潰しあいが始まるということ…。
これが起こると命の危険を伴う…。 夕紀も無事では済むまい…。 
あくまで…可能性だが…。 」

 ノエルは淡々と話した。
特殊能力者組織の勢力争い…? そんな話は聞いていない…と直行は思った。
 その程度の内容なら…もし実際にそんなことが起きていれば…宮原や島田の長老衆に分からないはずがない。 
 
 「それ…僕らに分かりやすく例えれば…ってことだよね? 
それなら…裏で糸を引いている組織は特殊能力者の集団とは限らないんだね…?
能力者を利用しているだけかも知れないんだ…。 」

 亮がそう訊くとノエルは眉を上げて頷いた。

 「ご名答…。 必要なのは能力者の生み出す力のみ…。 
まあ…本来なら…能力者でなくても構わないんだが…より大きな力を持つ者の方が目標達成まで短時間で済むというもの…。 」

 能力者の生み出す力…? なぜそんなものが必要なんだ…?
亮は怪訝そうな顔でノエルを見た。
 
 「それは話す必要はない…。 話しても理解できないだろう…。
気をつけるがいい。 おまえたちは一歩踏み出してしまったのだから…。
これ以上は絶対に首を突っ込むな。
 
最後の忠告だ…。 」

 ノエルはそう言うと再び瞑想を始めた。
陽だまりの中のノエルはまるで光と同化しているかのように静かで透明な存在に見えた。

 

 亮は後悔した…。
直行に早まったことをさせないためにノエルの話を聞かせたが、直行は余計に夕紀のことが心配になってしまったようだ。 
 取り敢えずノエルは可能性…と言っていたのだからそれに期待するしかない。
族人の上の立場の人たちが既に動いているのだから、くれぐれも短慮な行動はとるなとは言っておいたが…。
 
 12月の繁華街は人また人…。街中が音で沸き返り、色が溢れていた。
あれこれ考えながらぼんやりとショッピングモールを歩いた。

 不意に後ろから肩を叩かれた。
場合が場合なだけに飛び上がるほど驚いて振り返ると輝(ひかり)がいた。

 「亮くん…お買い物? 」

輝は可笑しそうに笑いながら訊いた。

 「西沢さんに何か…と思って…もうじきクリスマスだから。 
でも…西沢さんは何でも持ってるから…。 」

そうなんだ…と輝は頷いた。

 「亮くんがくれるものなら何でも喜ぶわよ。 きっと…。 
でも…持ってないものなら…旅行鞄が良いかもね…。 」

 うそ…旅行鞄?
持ってるでしょ…普通…。

 「私のアトリエ…すぐそこなの。 ちょっと寄り道してって…。 
おいしいお茶淹れてあげるわ。 」

 輝は亮の手を引いた。
亮は促されるままに輝の後について行った。



 輝のアトリエは小さいけれど木の香りのする温かくて感じのいいところだった。
バラの香りのするお茶とバター風味のクッキーで持て成してくれた。

 「あんなふうに自由気ままに生きてるように見えるけれどね…。
紫苑は籠の鳥よ…。 少しも自由なんてない…。

 両親に捨てられたその時から…紫苑は西沢家のペット…。

 みんなして猫可愛がりするだけで紫苑の本当の気持ちなんて分かろうともしない…。
あの部屋は紫苑を閉じ込めておくための鳥籠なの…。 」

 やるせない思いがその言葉に込められていた。
ティーカップから香りの湯気が立ち上るのを亮はぼんやりと見つめていた。

 「下衆な言い方をすれば紫苑は人並み以上に稼いでるわ…。
でも西沢家では紫苑の仕事をお嬢さまの…お坊ちゃまだけど…お稽古事くらいにしか思っていない。
国際的な賞を何度も受賞しているのに…よ。

 紫苑はいつまでも目の放せない小さなこどもでみんなで可愛がってあげなければいけない存在…そう考えているみたいね。
だから紫苑の独立を許さない…。目の届かないところには行かせない…。 」

 輝の唇から思わず溜息が漏れた。
私だったら我慢できないわ…。とでも言いたげに…。

 「中学生の頃から何度も家を飛び出した…。
ひとりで気ままな旅がしたかっただけなんだけれど…。
いつもあっという間に捕まって…伯父さまや伯母さまに優しく諭されるの…。

 紫苑…旅行に行きたいなら遠慮しないで言いなさい。
お養父さんやお養母さんが好きなところへ連れて行ってあげるからね。 
ちゃんと素敵なホテルや旅館の予約を取ってあげるから…。

 仕事の時にはちゃんと相庭がついているし…相庭は仲介人や代理人という名目で紫苑の傍に居るけど伯父さまがつけた監視役よ…ひとりでは何処にも行かせてもらえない…逃げ出したくもなるわよね。

 大学の時でさえ家族に内緒で北海道へ渡ったら…すでに向こうに案内人が待っていたなんてこともあったらしいわ。 」

 息が詰まるような生活してたんだ…西沢さん…。
好きなように生きてるんだとばかり思ってた。

 「何度も何度も逃げ出しては捕まって…とうとう諦めてしまった…。
だから…旅行鞄がないの…。

 西沢の家には育ててもらった恩があるから紫苑は何を言われてもどんな扱いを受けても黙っている…。
 みんなが紫苑を愛してくれているのは確かだし…親切でしてくれていることだから…気持ちの優しい紫苑はNOと言えないでいる。

 自由なのは頭の中だけ…。 
だから…好きな本を読み…好きな絵を描き…自由にエッセイを書く…。
勿論身体も鍛えているわよ。
 要は遠出をしなければいいんだから…西沢家の目の届くところであれば何をしたって構わないんだし…。 

 でも…哀しい…他人から見ればこれ以上はないっていうくらいすごく恵まれた人生なのだけれど…紫苑自身も僕は幸せだと口癖のように言うのだけれど…。
鳥籠の中に居て…本当に幸せなのかしら…って時々思うわ…。 」

 きっと…輝はずっと紫苑のことを誰かに話したくてうずうずしていたんだろう。
信用できる相手でなければ他人の内情なんて話せないし、亮がうってつけの相手だったに違いない。
それまで黙っていた鬱憤を晴らすかのように思うさま喋り捲った。

 「御免ね…長話聞かせちゃった。 いま話したことは…少しは紫苑が口を滑らせたことだけど…ほとんどは私が読み取ったことなの…。

 紫苑は我慢強いから自分からは何も話さないわ…。
だから…あなたに話しちゃったこと…内緒よ…。 」

 少しだけしゃべりすぎたことを後悔しているようだった。
亮は輝お姉さまのお願いなら是非にもきいて差し上げようと思った…。
本気で…西沢のことを想ってくれているようだったから…。





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