徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第十九話 異変勃発)

2006-02-25 22:05:21 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 その異変は突然起き始めた。
例の組織に洗脳を受けた滝川の一族のひとりが、何者かとの戦いに敗れて精神に失調をきたし、一族の治療師が総掛かりで治療にあたっているとの情報が流れた。
 
 それを皮切りにあちらこちらで同じような事件が発生し、若い世代を抱える一族はみな戦々兢々としていた。
 相手が誰であるか…はその時々でまちまちで、今まで何の争いごともなかった族間の若手同士であったり、顔すらも見た事がないほど関わりのない単独のサイキッカーであったり、最悪のケースとしては血族同士というものもあった。

 こうなるとそれぞれの一族の中枢は、洗脳された子供たちの闘いがそのまま同族同士の内輪揉めや族間の争いに発展してしまうことへの危惧から、これまであまり関わりのなかった一族とも連携するという方策を立て始めた。
ことに同じ地域に拠点を置く一族の族長たちは急ぎ協調・協力関係を結びだした。

 「動くのが遅いのよ…。 まったく長老衆の頭の固さには呆れるわね…。 
もっと早くから実行すべきよ。 こんなふうに犠牲者が出る前にね…。 」

 輝はそう憤慨した。
機嫌の悪い輝に向けて西沢はちょっと微笑んでみせたが何も言わなかった。
 絨毯の上のふにゃふにゃのクッションの感触が気に入ったのか、まるでこどものように抱え込んで弄んでいる。
  
 「まさか…来てくれるとは思わなかったわ…紫苑。 」

 薔薇の紅茶を差し出しながら輝は言った。
クッションから手を離し、西沢は輝の持つカップを受け取った。

 「輝が来ないから…さ。 」

 香りを楽しむように瞬時…眼を閉じた。
西沢の飲むお茶はほとんど輝が選んでいる。好んで飲みたいとは思えないものもあるが文句は言わない。

 「あいつ…まだ居るんでしょ? 」

輝は不愉快そうに滝川の去就を訊ねた。

 「居るよ…ここんとこ治療で駆り出されているけど…。 」

 ああ…と輝は頷いた。恭介も治療師の端くれだったわね…。
あいつが出張るようじゃ滝川一族もよほど治療師が足りないんだわ…。

 「写真は…どうなったの? 」

本当に写真が目的なんだかどうだか…。

 「…撮ってるよ。 どんな写真…撮ってるのかは知らないけど…ね。 」

ふ~ん…それなりにちゃんと仕事はしてるんだ…。

 輝は滝川のにやけた笑い顔を思い浮かべた。
マンションに泊り込むだけならともかく紫苑のベッドを占領する…あの図々しさは何処から来るのかしらね…。

 「紫苑…西沢一族の動きはどうなっているの? 」

一瞬の沈黙の後…西沢は知らないというように首を横に振った。

 「僕のところには…誰も何も言ってこないよ…いつものことだけど…。 
こちらから聞くようなこともないから…何も知らない…。

 恭介が居なければ…僕には何の情報も手に入らない。 
西沢家にとっては…戦力外なんだろう…ね…多分。 」

 戦力外…とんでもないことだわ…と輝はまた憤慨した。
あの一族に紫苑以上の力の持ち主が何人居るって言うの…居やしないじゃない。

 「亮のことだけ護ってやれれば…それでいいんだよ…。 
期待されない方が楽でいいじゃないか…。 」

 西沢は穏やかにそう言った。
輝はそっと西沢の頬に手を触れた。

 「あなたほどの能力者を…除け者にするなんて…。 」

 除け者…? 西沢は噴き出した。可笑しくて堪らないというように身を仰け反らせて笑い転げた。
何がそれほど可笑しいのか分からずに輝はただ唖然として西沢の様子を見ていた。
 
 「違うよ…輝…みんな僕の力が怖いんだ…。
僕を隔離して…できるだけ…力を使わせないようにしているだけさ…。 」

西沢はなおも笑い続けた。

 「紫苑…あなた…ひょっとして心も読める…? 」

 輝の心臓がドクドクと激しく脈打ち始めた。
長い付き合いだが西沢の能力を細かく分析したことはない。
読心ができるとすれば…輝もずっと心を読まれていたということになる。

 「…少しだけね…完全というわけにはいかないな…。
予知以外に僕に使えない能力はあまりない…かな…。 
まあ…得手不得手はあるけれど…。
でも…力なんか全然使えないって振りをしておいた方がいいんだ。

 伯父は僕の力を封印したつもりでいるよ。
でも…封印しているのは僕自身…。 力を最低限に抑えている…。
そうしないと…怒りに駆られた時に…誰か殺してしまいそうだからね…。」

 最低限の力でも…と西沢は輝を見つめながら言った。
輝はいきなり誰かに手足を摑まれたような感覚に囚われた。
抵抗虚しく大の字に寝転がらされ身動きすらできなくなった。
誰も触れていないのにジーンズのファスナーが…。

 「紫苑…馬鹿な真似しないで! 」

輝の怒った声が部屋中に響いた。クスクスと笑いながら西沢は輝を解放した。

 「ね…。 相手がどんな力を持っていようと…無駄…。
別に封印を解かなくても…やろうと思えばその辺の能力者くらい簡単に殺せる…。
何人でも…何百人でも…。 

 でも伯父たちは僕の力を怖れているだけじゃない…。
僕が他の家の人間になることは…その家の権威が増すことでもある。 
それは西沢家にとって…大変に不都合なこと…。 」

 可笑しくて可笑しくて…そんな感じに大笑いしながらも西沢の眼は譬えようのない悲しみに満ちていた。
 ペット…玩具…権力維持のための道具…すべてを知りながら知らぬ振り、気付かぬ振りを続けていくこと…それが西沢の選んだ生き方だった。

 輝や滝川が考えているほど西沢は諦めの気持ちから現状の幽閉生活に甘んじているわけではなく、そうしなければ同族の家同士の諍いを招くと考えた上での選択だった。
 
 「紫苑…そんなのほっておいたらいいんだわ…。 
あなたが犠牲になる必要なんてない…西沢家はあなたを利用して自分たちだけ良い目を見ようとしているだけじゃないの…。 」

輝はやり切れない思いで胸が詰まった。

 「好きなんだよ…伯父も伯母も…怜雄も英武も…僕の家族だもの…。 
僕を育ててくれたんだもの…。 
みんなの愛情だけは…偽物じゃないんだよ。 」

 それだけは…信じていたかった。利用されているとしても…利己的な人たちだとしても…あの破壊された屋敷の中で幼い紫苑を抱きしめて必死で声を掛け続けてくれた伯父の心…命を助けてくれた伯母の心…怜雄と英武の優しさも…。
それだけはすべて本物なのだと…。

輝は大きな溜息をついた…。

 「もう…何も言わない…。
あと…ひとつだけ…言わせてね。 私を抱く時には二度とその力を使わないで…。
紫苑…あなたの身体でお願いするわ…。 」

 えっ…西沢は瞬時固まった。  
輝の唇が怪しい笑みを浮かべた。

 「…了解(ラジャー)…。 」



 二階の端の講義室…そこにノエルが居る…。 
英武はノエルが人間ではないようなことを匂わせていたが千春は兄だという…。
どちらにせよ並外れた力の持ち主には違いない。
しかも…なぜだか分からないが謎の組織に関する情報を豊富に持ち合わせている。

 講義室の陽だまりの中…亮はその姿を探した。
窓から射しこむ光の中に溶け込むような透明な姿がそこにはあった。

 「ノエル…僕を呼んだ? 関わるなと言ってたくせに…千春を差し向けて…。」

 亮は瞑想しているノエルに向かってそう話しかけた。
ノエルは切れ長の美しい目を開いた。

 「…戦いが始まってしまった。 だが…これは…相剋ではない。
予期せぬことだが…我々の誰がそうさせたわけでもないのに集まった人間同士が勝手に争い始めた。
 お互いに正義を振りかざして…相手の力を封じようとしている。
人間の理解し難い振る舞いに…我々の方がかえって戸惑っている…。 」

なぜ…と問わんばかりに亮の眼を覗き込んだ。

 「言ってることが分からないよ…。 説明してくれないか…最初から…。 」

 亮はノエルの居る場所に近付いてノエルに向き合うように腰掛けた。
首のチェーンに指を触れて…これから起こるかも知れない不測の事態に備えて、西沢が異変に気付いてくれるようにと祈った。

 「おまえに話しても理解できるかどうかは…分からないが…。
これほど秩序が保たれない状態では…もはや…黙っている必要もあるまい。 

 先ず…この男の身体を借りて私はおまえと話しているが…元々私にはおまえに見えるような身体は存在しない…。

 夕紀たちに導師だの何だのと呼ばれている者たちも視覚を誤魔化しているだけで本当は人間の眼には見えない存在だ…。 」

自分たちの正体についてノエルはゆっくりと語り始めた。

 「意思を持つエナジー…? 」

亮は思わず西沢が表現した言葉を口にした。  

 「そう思ってもいいかも知れない…。 その方がおまえに分かりやすければ…。
私はすべての根源となる存在…太極と呼ばれている…。
 勿論…この男ような小さな物体ではない…。 おまえたちの言う宇宙そのものだ…。
 だが…私が宇宙のすべてというわけではない。 
おまえたちの住んでいる世界を生み出した小さな宇宙と言っておこう。

なぜなら私もまた大いなる宇宙の中に存在するひとつのものでしかないからだ。」

 俄かには…信じられなかった。
眼の前のノエルの華奢な身体の中にどうやったら宇宙が存在できるというのだ?
小さいと言ったって宇宙は宇宙…地球よりでかいに決まっている。
 あまりにも荒唐無稽な話なので亮の脳が拒絶反応を起こし、まともに話を聞くことさえ遮断しそうなくらいだった。

 だが…ノエルは至って真面目に話し続けた。
さらに理解し難く…どう考えても在り得そうにない話を…。







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