徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第六話 意思を持つエナジー)

2006-02-01 17:36:57 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 夏季休暇も終わって間もなく前期試験だという頃、いつものように書店のロッカールームに荷物を置いて、エプロンを掛けながら店に出てきた亮を店長やバイト仲間の木戸が手招きした。

 「亮くん! 亮くん! 見た? 滝川恭介の新しい写真集。 すげぇの!
これ間違いなく西沢さんだよ。 」

 木戸が興奮したように言った。店長が入ったばかりの本を手渡した。
『滝川恭介の遊び心…バーチャル世界の住人』…なんじゃそりゃ…。

 表紙にはまるでゲームの世界から飛び出してきたような…つまり…理想を絵に描いたような男が俯き加減にこちらを見詰めていた。
 メイクと衣装で少しは感じが変わっていたけれど…紛れもなく西沢だった。
ほんとにモデルさんだったんだ…と亮は妙なところに感心した。

 「えっと…世の中がアナログからデジタルに変化していく時代にあって、敢えてデジタルをアナログで表現してみたくなった…ふうん…。 」

帯の紹介文をざっと読むと扉を開けた。

 亮が今まで見たことのない別の顔をした西沢がそこにいた。
扉を開けた途端…まったく別の空間に誘われるような奇妙な感覚に襲われた。

 写真の中の西沢は仮想の世界の住人たちの持つそれぞれの特異なパーソナリティを現実に生あるものとして表現している。
 廃墟の魔物であったり、甦る聖者であったり、神託を受けた戦士であったり、誘惑する妖精であったり…天使…魔女…。
その刹那刹那を滝川が捉えフィルムに焼き付ける。

 取り留めもなく脈絡もない滝川恭介の空想と創造の世界…それを実際に具現化しているのは撮っている滝川なのか被写体の西沢なのか…。
内に火花を散らす写真家とモデルの激しい鬩ぎ合いさえ感じられる。

 際物でありながら滝川恭介の趣味的写真集はそれを眼にした人にどうにも抗い難い不思議な魅力と強烈なインパクトを与えた。

 「何かこう…どきどきしちゃうぜ。 こんな人が身近にいるんだと思うとさ。」

木戸は感動したように言った。
 
 「西沢さんはクォーターだからね。 奇跡的にバランスよく西洋と東洋の美が融合したってところだな…。
血の繋がってる義理の兄弟たちも結構いい男だけどここまでじゃないもんな…。」

 まるで見てきたように話すのを聞いて木戸と亮は同時に店長の顔を覗きこんだ。

 「店長…西沢さんとそんなに親しかったんですか? 」

木戸が問いかけると店長はにんまりと笑った。

 「西沢さんとはそれほどじゃないけど…義理の兄さんが僕と同級生なんだ。 」

へえ~店長ってそんなに若かったんだ…と木戸と亮は無言で顔を見合わせた。



 マンションの玄関に足を踏み入れた瞬間、上がり框に柄の大きな男がエプロン姿で立っていてドキッとした。 

 「紫苑(シオン)! 亮くんだ…亮くんが来たぞ! 」

 えっ? 誰? 亮は見知らぬ男から急に名前を言われて驚いた。
中から西沢ともうひとり西沢と同い年くらいの男が現れた。

 「亮くんだって…シオン…ちょうどよかったね…。 」

男は親しげに西沢に声を掛けた。

 「お帰り…亮くん。 このふたりは僕の義理の兄弟…ほんとは従兄弟だけどね。
こっちのでかいのが怜雄(レオ)、こっちが英武(エイブ)…。 」

 ふたりはにっこり笑って小さく頭を下げた。
亮もどぎまぎしながら頭を下げた。

 写真集が出たのを聞きつけて兄弟揃って西沢を冷やかしに来ているという。
横文字読みの名前はどうやら北欧の人だった祖母に分かりやすいようにと祖父が考えたものらしい。

 怜雄と西沢が食事の用意をしている間、英武は亮を相手に滝川恭介の写真集を見ながらあれこれ感想を述べていた。

 「これかなり露出度高いじゃない…シオン…珍しいね…。
でも…いいよなぁ…シオンは綺麗で…どこから見ても絵になるもんね。 
同じお祖母ちゃんの血を引いてるのに僕ら柄がでかいだけだもんなぁ…。 」

 英武はチラッと怜雄を見た。怜雄はちょっと肩を竦めた。

 「子供の頃さ…シオン…女の子の服着せられてたんだ。
おふくろがシオンのこと女の子みたいだからってすごく可愛がっててね。
まるで着せ替え人形みたくとっかえひっかえ可愛い格好させてさ。 

 でも…中学生になるとさすがに背が伸びて男の身体つきに成ってきたんで女物じゃだめで、やっと普通に好きなもの着せてもらえるようになったんだ。 」

 英武がふと思い出したように亮に話した。
西沢さん…ほんとは嫌だったんじゃないのかな…そんなふうに扱われるの…。
亮は西沢の顔を見た。西沢がその視線に気付いて軽く笑って見せた。 

 西沢たちが家族と言えるなら…亮は久々に家族との食事を味わった。
談笑しながら食べたり飲んだり…そんな食卓があることなどずっと忘れていた。
 西沢とふたりで食べるようになった時にさえ、いつもと味が違うように感じられたのに、怜雄と英部が加わっただけで話題も笑いもぐんと増えて、何だか食欲まで増してくるような気がした。

 

 お休み…またね…と亮を送り出した後で西沢は怜雄と英武の待つ居間へ戻った。
英武がちょうど手際よく片づけを済ませたところだった。

 「シオン…亮くんにはまだ何も話していないんだね…? 
何も気付いていないし…まだ完全におまえのことを信じているわけでもない…。」

怜雄に訊かれて西沢は寂しげにうん…と頷いた。
 
 「どうして…? 話してしまえばいいじゃない。 ねえ…レオ…そう思わない?
その方がずっとあの子のこと護りやすくなるよ。 」

英武が不思議そうに言った。

 「あの子がひとりだったら…とっくに話してるよ。 
でも…両親がいるんだ…たとえ両親とも亮に対してネグレクト状態でも…。
 許されるのなら…すぐにでも亮を引き取ってしまいたいくらいのひどい状態なんだけど…金銭的な面倒だけは看てるみたいだし…。 」

 西沢は悲しげに溜息をついた…。そう…できるものならすぐにでも…。
英武がそっと西沢を抱きしめた。

 「悲観しないで…シオン…チャンスはあるよ。 」

怜雄も優しく西沢の手を取った。

 「大丈夫だよ…可愛いお姫さま…僕らも協力するからね。
あの子をしっかり護ってやろうじゃないか…。 」

 西沢は思わず苦笑した。
相変わらず…ふたりとも僕を女の子扱いするんだ…。
英武よりずっと背が高いし…喧嘩も強いのに…。

 中学生になるまで西沢が伯母の着せ替え人形だったこともあって、怜雄にも英武にも姉妹としての紫苑の姿が目に焼きついている。

 その上ふたりは伯父から…可哀想な紫苑を絶対に泣かせるな…みんなで可愛がってやるんだぞ…と厳しく言い聞かされて育っていて未だに西沢には甘い。

 本当はそんなこと望んでいない…伯母にも…怜雄や英武にも…ありのままの…男である紫苑を受け入れて欲しいだけ…。
 だけど…言えない…。
引き取り手のない紫苑を温かく迎え入れてくれた人たちだから…。

 電話がせわしなく西沢を呼びたてた。
西沢が受話器を取ると滝川の唐突な声が飛び込んできた。

 『オ~・マイ・スイ~ト・ハ~トお元気~? 』

いつもながらの猫なで声…。癇に障る…。

 「酔っ払ってんのか! 切るぞ! 」

西沢は電話口で怒鳴った。

 『チョイ待ち! 悪かった! ほんの冗談!
例のことで追加の情報が入ったんだ。 明日にでも会えないか…?
ここへ来てくれると有り難いんだけど…。 』

 滝川は慌てて口調を変えた。
追加の…情報…? 西沢の気分が少し和らいだ。

 「分かった…。 」

 今はできる限り沢山の情報を入手する以外にない。
西沢の一族の規模も決して小さくはないが、情報収集にかけては滝川の一族の方が上をいっている。
 滝川の一族はこうした家系には珍しく全国に傍系の族人が散らばっていて他の一族との交流が盛んだからだ。

 世界レベルなんて大組織を相手にするつもりなら、情報通の滝川は西沢にとって力強い味方ということになる。
多少のことには眼を瞑ってやるか…と西沢は思った。 



 あの部屋…にまた西沢が来ている…というのでスタッフたちは色めきたった。
西沢の予想に反して写真集は飛ぶように売れていて、もしかしたら次の仕事の相談か…?などと勝手な予想をたてていた。

 「こんなに受けるとは思ってなかったが…。 」

撮った本人がこの状況に驚いていた。
 滝川はあの写真集の売れ行きについてくどくどと…西沢に言わせればだが…喋り捲った。

 「そっちはどうでもいいんだ…。 聞きたいのは…」

 いい加減じれてきた西沢の目の前に写真が差し出された。
何処かの街角で亮と同じくらいの年格好の男の子が不安そうに立っていた。

 「その写真には男の子がひとりしか写っていないだろ…。
だが…撮影者の目にはその子をどこかへ連れ去ろうとする男と女の姿がはっきりと見えていた。
 シャッターを押した瞬間だけふたりが移動したわけじゃない。
そこに居たにも関わらず写らなかったんだ。 」

 西沢はその写真を見直した。
男の子の外には何処にも人らしきものの姿は見当たらない。

 「このぼんやりと輝くものは…? 」

 男の子の周りに薄らと揺らぐような光が写っていた。
西沢はそれを指差して滝川に訊ねた。

 「最初は…霊体かとも思った。 だが…その筋の能力者は違うという…。 
光が入ったわけでもない。 これを撮ったやつも一応プロなんだ。 」

 腕は確かさ…滝川は答えた。

 「この子は僕と同族の若手で、たまたま通りかかったやはり同族のカメラマンが何かの時の証拠として写したんだ。 
後でフィルムを見て愕然としたわけ…。 」

揺らぐ光…西沢の脳裏を何かがめまぐるしく駆け回った。

 「エナジー…何かのエナジーだ。 
ということは…その男女はエナジーの具現化されたものだということになる。
眼には見えるのに実体がない…。 」

どういうことだ…何が起きているんだ…? 西沢はごくりと唾を飲み込んだ。

 「おいおい…とんでもないぞ。 意思を持つエナジーか…?
やめてくれよ…そんなもの有り得ないぜ。 」

滝川は肩を竦めた。西沢は黙り込んだ。

 「もうひとつな…。 やつらのもとで洗脳された連中はしばらくすると帰って来るんだが…洗脳は解けない。
 そいつらの言葉でよく使われるのが太陽とか月とか…陰…陽…。
最初は…陰陽道かとも思ったんだが…少しタイプが違っていて…よく分からない。
どうやら陰陽師の呪文とか式神とかとはあんまり関係ないみたいなんだ…。 」

 二極思想だ…と西沢は思った。
陰陽道もそれから派生したものだが、宗教めいたことは別として純粋にエネジーだけのことを考えると、そのおおもとになっている太極思想に行き着く。

 なぜなんだろう…なぜ…この時代にそんな古代の思想が復活してきてるんだ…?
しかも世界レベルで…だ。
 自分が立ち向かおうとしているものが、なぜかあまりにも途方もないようなものに感じられて西沢は思わず身震いした。





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