goo blog サービス終了のお知らせ 

椿峰のまち

所沢・椿峰ニュータウンでのまちから見えてくるものをお伝えするブログです。

狭山稲荷山公園へ その2

2023-07-03 23:20:09 | 歴史あれこれ

孫が遊び疲れてベビーカーでうとうとし始めたので、公園内にある狭山市立博物館へ。

2015年にも訪れたことがあって、以下はその時の写真です。

明治時代の入間・狭山市の掲示物をみて、馬車鉄道についてガイドの方に説明をしていただきました。

馬が多くいたのか、牧というのは近くにあったのかなど聞いてみたかったのですが

あまり時間がなくて・・・・

(以下は検索してわかったことです)

入間馬車鉄道については こちら

この入間馬車鉄道については、清水宗徳なる人物が尽力したようです。→ こちら

代々武蔵国高麗郡上広瀬村の名主で、広瀬神社の神官を務めてきた家柄とのこと。

広瀬神社とは こちら

かなり古い神社のようです。

埼玉県北部にある稲荷山古墳とはべつに、稲荷山公園古墳というものがあって

こちらでも刀剣が見つかっているとのこと。

この博物館で展示されていたものかどうかはわかりません。

埼玉西部の古墳については、空白地域とされてきましたが少しずつわかってきたことがあるようです。

埼玉県西部の歴史に注目を☆


狭山稲荷山公園へ その1

2023-06-28 14:19:53 | 歴史あれこれ

土曜日で長男が2歳の孫を連れだすとのこと。

幸い晴れていたので、稲荷山公園駅で待ち合わせをしました。

西武池袋線で、飯能方面へ稲荷山公園は3つ目です。


   小手指ー狭山ヶ丘ー武蔵藤沢ー稲荷山公園・・ →飯能・・ →西武秩父


稲荷山公園は駅に直結していて、2歳児、3歳児が走り回るのによいところです。

狭山稲荷山公園については こちら

かつての在日米軍の家族が住んだ家もしくは施設の入口の階段が残っていました。

全ての人に開かれた広々とした空間というのは、今となってはアメリカからの賜物とも考えられたりします。

 

戦後、返還されて特権階級のための場所とはならなかったのはありがたいことです。

当たり前のようで当たり前でないことではなかろうか・・・・

明治維新では封建制度が壊れたものの、論功行賞として勝ち組に土地が与えられたりして新しい特権階級が生まれてしまったわけですから。

公園からすぐのレストラン「ニックス」で食事をしました。HPは こちら

 

黒毛和牛100%というハンバーグはおススメです。ハンバーグも奥が深いというか。

アメリカにもいろいろな人たちがいて、日本人のために力になろうとしてくれた人たちも多かったのではないでしょうか。アジアでそう考えた日本人も少なくなかったはず。

なぜか、このハンバーグの味はそういう思いにさせてくれました。

夏草や兵どもの夢の跡

とは、草ぼうぼうの荒れ野ではなくて芝生が広がる公園だったり、おいしいハンバーグであったりすることもあるのですね。


7月12日のまち 上野にて その5

2022-08-09 01:20:43 | 歴史あれこれ

上野東照宮にも立ち寄りました。

 

この中から

寛永寺五重塔は動物園の中にあるんですね。

東照宮のフェンス越しに撮りました。

御三家の灯篭とのこと。

職人たちやその監督者たちの意気込みが伝わってきて元気が出ます。

どうぞ上野東照宮にお出かけください。


7月12日のまち 上野にて その4

2022-08-07 14:52:58 | 歴史あれこれ

上野・護国院大黒天です。

以前訪れたときの記事は こちら(その1~その4)

日本の経済のお助けを、とお願いしてみました。

外に扉の外に出たところ木の板の修理跡が目に留まりました。

古いものを大事に使え、ということでしょうか?

籠目は魔除けの意味があるようです。→ こちら

限りある資源を大事に使うことが魔除けになり福を呼ぶ?

 


7月12日のまち 上野にて その3

2022-07-31 17:55:00 | 歴史あれこれ

グラント将軍植樹碑というものがありました。

アメリカ前大統領であったグラント将軍については wikiから こちら

1880年(明治13年)に大統領を引退した後、夫妻で来日。上野で記念植樹をしたのだそうで、50年後の1930年(昭和5年)に渋沢栄一、益田孝が植樹した木の由来を記した碑が必要と考えて建設し、除幕式が行われたのだとか。

中央のレリーフは

この下にある文字は

"Let us have peace"

この us とは 具体的には、明治天皇や渋沢栄一、益田孝など財界人のほかに? 当時は総理大臣がまだいなかったことに気がつきました。

太政官制だったのですね。コトバンクから → こちら

グラント将軍は第18代大統領になる前は、南北戦争で北軍の将軍であったのですから、内戦の西南戦争が終わったところであった、山縣有朋や大山巌に対しての共感のようなものだったのでしょうか。

とはいえ、アメリカのハワイ併合が1898年であったことからすれば、山縣有朋あたりはハリネズミのような雰囲気を出していたかもしれませんね。

さらに50年も経ってからの碑の建設は、アメリカとの戦争をなんとか回避できないかという高齢になっていた渋沢栄一の哀願のようなものとして感じられたりします。

台東区の戦争被害は こちら

東京都で焼け出された人たちの少なからずの人たちが上野で暮らしていた・・・・

日本人が考える peace は甘かったのでしょうか。

答えを出すにはまだ時間が必要なのかもしれません。

 


7月12日のまち 上野にて その2

2022-07-22 12:28:02 | 歴史あれこれ

オランダ人であるボードワン博士像がありました。

アントニウス・フランシスクス・ボードウィンについて wikiから こちら

オランダ一等軍医ボードワン博士は医学講師として1862年から1871年まで滞日した。かつてこの地は、東叡山寛永寺の境内であり、上野の戦争で荒廃したのを機に大学附属病院の建設計画が進められていたが、博士はすぐれた自然がうしなわれるのを惜しんで政府に公園づくりを提言し、ここに1873年日本で初めての公園が誕生するに至った。上野恩賜公園開園100年を記念し博士の偉大な功績を顕彰する。

病院よりもこのような大きな公園が必要だ、とボードワン博士が考えたことに

何か医療のヒントがあるのかもしれません。

そのほかの功績からも先見の明のある人物であったようです。

 


1月31日のまち 所沢 仏蔵院へ

2022-02-10 12:46:11 | 歴史あれこれ

所沢・山口にある仏蔵院まで散歩の足を延ばしてみました。

久しぶりです。

言葉の使い方といったものがさすがですね。

その刀でコロナ・ウィルスを退治してほしい・・・・

境内は静かで、自分と向き合うような気分になります。

修理の技術も特別のようです。

狭山湖に沈んだ村にあった、という歴史を持つこの寺は、ずっと昔からの歴史を感じさせる場所になっています。そのほかにもいろいろと・・・・

椿峰ニュータウンは、古代からの歴史を感じることができるちょっと不思議なまちになっております。


6月26日 川越氷川神社に出かけて その2

2021-07-09 13:55:22 | 歴史あれこれ

東京や埼玉で太田道灌はあちこちに姿を現すように感じられます。

しかし、神奈川にお墓があったりして・・・・・

系図などもよくわからなかったりなんですよね。

 

川越城や川越氷川神社も縁の地のようで、矢竹の植樹とともに

老いらくの身をつみてこそ武蔵野の草にいつまで残る白雪

という歌が献納されているとか。

ひょっとして、太田道灌は複数いたということなんでしょうか。

そのうちのひとりは謀殺されたけれど、残された人たちは武蔵野で草として生きたとか?

「道灌組」のような土木や建築、戦争、農業に強い集団がいた、ということを想像してしまいました。

 

武蔵七党などともどこかでつながっているような。

道灌の道とは、歴史の中にある道のようにも感じられたりします。

なお「メゾフォルテからあなたへ」で太田道灌についての記事をまとめたものは こちら

 

私のブログを読まれるときには PC版で読んでいただければ幸いです。


2020年7月 青森へ その14

2020-08-10 01:25:45 | 歴史あれこれ

善知鳥神社には死節碑と海軍の碑が並んでいます。

死節碑は、西南戦争戦没者慰霊のため1878年(明治11年)に建てられたとのこと。

1882年(明治15年)森鴎外が訪れています。

海軍の碑は1986年(昭和61年)に建てられたそうです。

それにしても烏頭が善知鳥に変わったのはなぜ?

善知鳥について Wikipediaでは こちら

室町時代の(一説には世阿弥作の)能の演目でその名前が知られたとか。

陸奥湾沿岸の外ヶ浜については こちら

西行や藤原定家の歌に取り上げられていた、ということもあっての「善知鳥」なんでしょうか。

今の長野県塩尻市に善知鳥峠という地名があるのが気になります。

このあたりでは南北朝時代に桔梗ヶ原の戦いというものがあったようです。→ こちら

 

芭蕉の「おくのほそ道」に随行したのは曽良でした。→ こちら

宗良親王の行方について示したいということでもあったのでしょうか。

 

南北朝問題は、日本にとってずっと深層にあるもののようです。

見えないところで煽られて戦争への道に踏み込まないようにするべきだと思います。