安藤昌益の思想 -青森県八戸市・安藤昌益資料館-
あれこれのヒントを近現代史の中で得られないかと徘徊しておりまして
青森には多くのヒントがあることにびっくり。
外交官で日本史研究者であった E・H・ノーマン(1909‐1957)が日本社会主義思想の源流として、安藤昌益について深く研究したのだとか。ケンブリッジ、ハーバード大学で歴史を専攻、1939年カナダ外務省に入省。
戦後には駐日カナダ代表部首席として30歳代後半ながら占領政治に大きな影響を与える存在であったようです。
共産主義を含めた思想史研究のため、いわゆる「赤狩り」の対象となって母国カナダでの友人たちの支持を得つつもアメリカからの重圧というものがあってエジプト大使に任命されたのち、カイロで自死。
日本ではさまざまな経緯から、忘れたい人物となっているようです。
アメリカが転換点を迎えて、もしかしたら思い出してみるべき存在なのかもしれません。日本が植民地化を免れた点で少なからずの恩義がありそうにも感じられます。
1909年に軽井沢で生まれ、少年時代を日本で過ごした・・・・、太宰治や松本清張と同年生まれなんですよね。太宰治の小説は読んでいた可能性は高いと思います。
また森鴎外「沈黙の塔」もつながりがあるでしょうか。
したがって、私の解釈では、1957年カイロでの自死は何らかの深い意味がありそうに思ったりします。

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