このご著書には、新聞での紹介記事のほか、考古資料などについての随想・随筆だけではなく、医学のご研究や保健所長としてのご体験についても書かれています。
プロローグは中学生であったお嬢さんの作文「遺物と父」です。その作文から
・小さいころから私にとって、がらくた同様の遺物を収集している父は、単に土器キチガイでしかなかった。私の楽しみにしていた約束は、たいていすっぽかして土器掘りに行く父であったからだ。幼心に、父は私の実の父ではないのではないか――とまで疑ったくらいであったし、また何度泣いたかしれない。
だから、もちろん父が三十数年間も一筋に集めている理由さえわからなかった。
しかし、昨年六月に突然寄贈すると言い出した時、私たち家族は驚いてしまった。いざ、そう言われてみると、この上もなく惜しいような気がしたし、半生かかって収集した物を寄贈してしまうなんて、普通の人のやることではないと思った。
・父の遺物に対する愛着は、私たち親子以上に親密な関係を持っているであろうに、私をお嫁にやるよりも淋しく、せつない気持ちにかられるのではないだろうか。このような事を考えると、私は父が気の毒に思われ、なんとか慰めてあげたいと思う。
「私たちの祖先が生活のために製作した物を、後世の人々に残すために寄贈するんだよ。それに、郷土館に保存され陳列された方が、遺物の魂がより喜んでくれるだろう。」
私は、この父の言葉をかみしめながら、私欲を越え、遺物を本当に愛し、生かそうとする父の心が、わかってくるような気もする。
保健所長時代の新聞記事「低所得者に多い結核蔓延 公費の栄養補給を」から
・こうした低所得者の日常生活の栄養摂取量は、厚生省の基準をすべての面で下まわっており、その量も六割から五割となっている。このことが、一旦結核におかわれると治ゆしにくく、死亡率も高い原因となっているわけで、日常生活における栄養の摂取が、いかに大切かがわかる。
大高所長は学会でこの点を特にくわしく述べ、低所得家庭の結核患者に対する栄養費は厚生省が援助して負担するようにしなければならない、と力説した。
雑誌掲載の梅干しに関する記事「梅肉エキスでわかった酸以外の殺菌力」から
・大高興博士は、青森県の無医村で育ちました。その村では昔から、「お腹をこわした、熱が出た、もうなにかにつけて、梅干しとか梅肉エキスや梅酢を与えるのが、長い間の習慣となっていました。それで何とか治っていたんですね。梅にはなにかあるぞ、そう思っていました」
・大高氏が究明しようとしたのは、有機酸以外の、殺菌効果の物質だったのです。そしてついに、その抽出に成功しました。
梅肉エキスから有機酸を取り除き、そのあとで精製された未知の物質―。
「液状のそれを、ほんのわずか、赤痢菌、チフス菌、ブドウ状化膿菌などにためすと、いずれも十数秒で死滅しました」
・「きっと、誰かが、あの結晶化を成功させてくれると思います。私が梅肉エキスから取り出した未知の物質は、細菌に対し、強力な発育抑制の効力を持っている、これは確かです。梅肉エキスにそれがある、ということは当然、梅干しや梅酒、梅ジュースなどにも存在するはずです。
なお臨床医の経験から申しますと、飲料水でお腹をこわしたときとか、食中毒の予防には、梅肉エキスや梅干しはとても効力があります。ことに海外旅行に出かける時には、ぜひとも持参してほしい。きっと役立ちますよ」