前稿の気分証(1)(2)に引き続き営分証をご紹介します。営分証と血分証は同質ですので、営血弁証として纏めてもいいのですが、長くなりますので、先ずは営分証からお話します。
営分証(えいぶんしょう)の病理は熱灼営陰と心神被?(ひじょう)です。
弁証要点:身熱夜甚 心煩譫語 紅絳舌 出血傾向出現 斑疹
三焦弁証との比較:
上焦肺の軽症病変は営分証に入る。
心は邪入心包であるから営血分証に入る。(脳は五臓に含まれていません。
意識障害は心包が蒙蔽されることによって生じると中医は考えました。)
下焦 肝腎病の重症は営血分証に属する。
温病では肝腎陰虚になると痙攣、手足の震えなどがでる。意識障害も出現する。
治則 清営泄熱 清肝熄風など
薬剤
清営涼血:犀角、現代では水牛角(清熱涼血解毒)、生地黄等
透熱転気:金銀花、連翹、竹葉等
清営湯(せいえいとう) 効能:清営泄熱 出典:温病条弁
透熱転気の代表方剤である清営湯から論じ始める方が理解しやすいと思います。
玄参(清熱解毒養陰)が使用され始めたのが清代の温病学の衛気営血弁証の中です。営(血)分の熱邪を衛分に「差し戻す」という考えを持ちました。これを「透熱転気(とうねつてんき)」と称します。 玄参を理解する上で、透熱転気の代表方剤である清営湯を省略できません。
治療対象:熱邪が営分に入り、傷陰(現代の医学用語では脱水に近い概念)の状態。症状は、発熱(特に夜間)心煩少寝、譫語(うわごと)全身性の斑疹 紅絳舌干(少苔あるいは無苔)脈細数で、効能は清営泄熱(清営透熱)滋陰活血です。組成は、水牛角 生地 玄参 麦門冬 金銀花 連翹 黄連 丹参 竹葉芯と全配合薬が涼寒薬になっています。構成を一覧にすると以下のようになります。
水牛角30g以上 生地黄 |
(清営涼血、解毒、止血消斑) 君薬 |
玄参 麦門冬 |
(生地と共に清熱涼血、養陰生津) 臣薬 以上で清熱解毒養陰生津 |
双花(=金銀花) 連翹 黄連 竹葉芯 |
清熱解毒 佐薬 金銀花 連翹 竹葉は透熱転気 |
丹参 |
涼血祛瘀 |
丹参の意味 熱が原因の血流停滞による瘀血を除く 君薬臣薬佐薬ともに寒性であるから寒凝による瘀血を防止 |
水牛角は本来、犀角(さいかく)でしたが、高価であり、現在ではワシントン条約で取引禁止です。涼血(血熱をさげる意味)止血(血熱妄行のによる出血を止める意味)瀉火(強力な解熱作用)、安神(精神安定作用)に優れる。安神目的では1-3gをそのまま粉末で冲服します。熱病で意識不明の時などは6gの極量を用います。
水牛角であれば15-30gを他の煎じ薬に先んじて煎じます(先煎)。水牛角には安神作用はありません。
清営湯中の玄参 生地黄 麦門冬の組み合わせは増液湯(ぞうえきとう)の組み合わせです。
現代風に言えば、熱性疾患で脱水して口渇するものを治す生津止渇作用を持ちます。増液湯に大黄と芒硝を加えたものが増液承気湯(前述)であり、温熱病による脱水が原因の腸燥便秘の方剤です。増液湯、増液承気湯ともに、温病条件(清代)に記載された方剤であり、その発想の起源は、日本では卑弥呼の時代、約1000年前の後漢時代の傷寒論の六経弁証での陽明(温)病不大便証です。
玄参と他の清熱涼血薬との比較
生地黄は養陰剤としての側面が強く、清裏熱作用は玄参より弱い。
一方、玄参は生地黄に比較して養陰作用は弱い。
牡丹皮は活血祛瘀作用に優れ、瘀血性の疼痛に効果的である。
赤芍は牡丹皮より清熱涼血作用は弱く、活血作用もやや劣る印象がある。
紫草は清熱涼血作用とともに、解毒透疹作用があるが、養陰作用は疑問である。
実際に中国に行って観察すると、
中国では清熱涼血薬の組み合わせで玄参と紫草の組み合わせを多く見ました。
玄参が配合される方剤は清代の温病学以降であり、当時は日本とは絶交状態なので、当然、玄参を使いこなせる日本の漢方医は少ないのです。
ところで、
デング熱 70年ぶりに日本の国内での感染が確認されました。実は、海外で感染し、日本に帰国後、発症する人が年間200人ほど報告されており、去年はこれまでで最も多い249人の患者が確認されているのです。その後、東京でさらに二人の感染が確認されたところです。デング熱は蚊が媒介するウイルス感染症で、発症すると発熱や激しい頭痛などを引き起こし、症状が重くなるとまれに死亡することもあるのです。アジアや中南米、アフリカなどの熱帯や亜熱帯の地域で広範囲に流行し毎年、世界中でおよそ1億人が発症しているとみられています。中医学では温病になります。
ここで改めて感じることは、衛気営血弁証では、病原体の特定は全くなされていないことです。感染経路についても同様です。つまり、明、清代での温病の観察に基づく病型分類が衛気営血弁証であり、病原(体)論としては、明らかに近代西洋医学に劣ると言えます。日本が明治維新以降に脱亜入欧を目指した医学体系になり、公衆衛生学、検疫などが進んでいったのは至極、自然な流れだったとも言えます。従って日本漢方には温病学が欠ける結果となりましたが、これも歴史の必然性だったのではないかとも感じるのです。
さらに、
マダニ咬傷によるウイルス性重症熱性血小板減少症候群 (SFTS) が、近年日本でも危険視されてきました。これも、中国では、歴史的には温病の病型の一つでしたが、近年ウイルスが中国、日本で同定された経緯があります。SFTS一つをとっても、温病学の方剤のみで治療しきれるものではないと実感するのは小生だけではないでしょう。
勿論、
特に清熱解毒薬に分類されている生薬の抗ウイルス作用については、世界中の先進国で、分析が進んでいる、あるいは解析が完了している可能性すらあるのです。
―血分証に続くー
ドクター康仁
2014年8月30日(土)
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