八味地黄丸 右帰丸 牛車腎気丸の比較
陽虚とは?
陽虚による冷えは高齢化社会になって増えてきました。陽虚とは、
ある病態を陰陽弁証し場合に陽が不足していることを意味します。
中医学が陽虚としてあげている症候群は以下のようになります。
陽虚症は気虚症が前提となります。
一般症状としての気虚症:
①神疲乏力(倦怠無力感)
②気短(息切れがする)
③声低(話し声が低い)
④?言(疲労して話したくない)
⑤面色淡白無華(顔色が淡く、つやが無い)
⑥眩暈(めまい)これは気虚、血虚、陰虚ともに共通しています。
⑦淡(白)舌 薄白苔(舌の色が淡く、苔は薄く白い)
⑧虚無力脈(脈が虚弱で力がない)
⑨自汗(覚醒時に自制不可能な汗を多量にかく)
⑩動即更甚(動くと上に挙げた症状が悪化する)
① から⑩ぐらいの症状の組み合わせを気虚証としています。
陽虚症はこれらに加えて、気の温煦機能失調(虚寒証)と、臓腑の機能低下の症候があります。
⑪畏寒肢冷(いかんしれい):寒がりで、手足が冷たい。
⑫踡臥嗜睡(けんがしすい):身を縮めて横になってうとうとと眠る
⑬顔面淡白 口淡不渇:顔色は血色が無くて白く、喉が乾かない。
⑭大便溏滑:水様便がでる。
⑮小便清長:薄い小便がだらだらと出る。
⑯淡白舌白苔:舌質が淡く、白い苔がある。
⑰沈遅無力脈、細脈:脈が細く、無力である。
以上が陽虚(症)です。
腎陽虚症とは?
中国漢方医学での腎病(腎陰虚、腎陽虚、腎精不足、腎気不固、腎不納気)のうちの一症候群と考えられます。生体の陰陽の本家本元は腎陰と腎陽です。このうち腎陽が不足することによって引き起こされる症候群を腎陽虚証と考えてよいでしょう。腎陰虚、腎陽虚、腎精不足、腎気不固までの共通の症候は、①腰酸膝軟(腰や下肢がだるく痛む) ②耳鳴耳聾(耳鳴りや難聴がある) ③尺脈沈取無力(脈診で腎の機能を示す尺脈が弱い)の3症候です。
そこに、腎の性機能を主る機能の低下として、男性の④陽萎(ようい)(インポテンツ)早泄(そうせつ)(早漏と同意)、女性の⑤宮寒不孕(きゅうかんふよ)(子宮が冷える為の不妊症)が加わります。さらに、陽虚の7証候
⑥ 畏寒肢冷⑦ 面色淡白⑧口淡不渇⑨大便溏薄(溏白)(溏滑)⑩小便清長
⑪ 沈遅無力脈 或いは細脈 が加わります。以上の症候の集まりを中国医学で
腎陽虚症といいます。
治療原則は温補腎陽であり、腎気丸(八味地黄丸)や右気丸(うきがん)を使用します。
陽虚タイプの冷えとは?
一般的に腎陽虚による冷えと理解していいでしょう。その症候の特徴は、高齢者に多く、畏寒肢冷 精神不振 腰酸膝軟 尿が薄く多い 夜間頻尿 または高齢者でない男性では年齢不相応のインポテンツがあり、女性では不妊があり、消化器症状としての下痢がある場合もあり、舌質は淡で、舌苔は薄く、脈は細弱であることが多いものです。腎気丸(八味地黄丸)加減などで治療します。
腎気丸(じんきがん)(八味地黄丸はちみじおうがん)
腎気丸は補腎陰の六味地黄丸に附子と桂枝を加味したものです。そもそも腎陰を補う六味地黄丸に附子と桂枝を加味すると何故、補腎陽に働くのかと言えば、中国医学の治療経験によるものですが、中国医学の理論では、附子と桂枝の配合で「少火生気」といい、温薬である二生薬を六味地黄丸に加えることによって、「気(陽気)を生む」とされています。
基礎となる六味地黄丸の組成は?
3つの補薬である補腎陰の作用の熟地黄、補肝腎の山茱萸、補脾固精の山薬と、
3つの瀉薬である泄腎濁防滋?の作用の澤瀉、山茱萸の対薬としての牡丹皮、健脾利水の茯苓の計6生薬からなる方剤です。六味地黄丸は中国漢方で最も有名な方剤と言っても過言ではありません。古来から、①腎陰虚②陰虚発熱③小児発育不全
④消渇病(糖尿病)に使用されてきました。
右帰丸(うきがん)
組成は
熟地黄 山茱萸 山薬 枸杞子 鹿角膠 菟?子 当帰 肉桂 杜仲 炮附子であり、温熱薬が主体で、腎気丸の補腎陽作用を強めたものである。枸杞子、熟地黄などの補陰剤に鹿角膠、附子などの補陽剤を加えることによって、より強い補陽作用が得られることを中国医学は経験的に知っていたらしい。 それで、後世、中医学理論の「陰中求陽(いんちゅうきゅうよう)」の処方例とされています。ともかく、冷え、夜間頻尿、インポテンツなどに腎気丸よりも強い補腎陽効果があるとされます。当帰が配合されていることから血虚による老人性の乾燥性皮膚掻痒にも効果があります。
牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)
腎気丸の桂枝を肉桂にかえ、活血利水の牛膝(ごしつ)と滲湿止瀉の車前子(しゃぜんし)を加味したもので、比較的年齢の高い人 下半身や手足の冷え 寒がり 腰酸膝軟 夜間頻尿 冷え症 歩くのが億劫 下肢の浮腫などがある場合に使用されます。また、腎陽虚の著しい場合の下痢傾向に対して、尿量を増やして便を硬くするという中国医学の「利小便実大便」の理論に基づいて処方されます。糖尿病性腎症によって浮腫が出現した場合などにも使用されます。
実際の診療の感想
日常の臨床では、腎陽虚で冷えが強い場合には、干姜(がんきょう)吴茱萸(ごしゅゆ)烏薬(うやく)などを、夜間頻尿には仙霊脾(せんりんひ)仙茅(せんぼう) 益智仁(やくちにん)金桜子(きんおうし)芡実(けんじつ)などを、冷えを伴う下痢には補骨脂(ほこつし)益智仁、肉豆?(にくずく)などを加味します。とにかく、高齢者の冷えには、必ず腎陽虚の関与を前提に診察を進めます。しかしながら、同じく冷えを訴えられている高齢者でも、便秘を訴えられる場合も多く、その場合には、腸を潤し便通を整える潤腸通便作用のある肉? 蓉(にくじゅよう)、菟? 子(としし)、鎖陽(さよう)などの補陽薬を配合するようにしています。また、胡桃(くるみ)にも優れた潤腸通便作用があります。
患者さんは一人一人さまざまです。方剤そのままが当てはまる教科書的な症例は少ないのが事実です。
続く、、