患者:孔某 26歳 男性
初診年月日:1991年11月4日
病歴:
“急性糸球体腎炎”及び“乙型(B型)肝炎”の病歴多年。半月前、全身の高度浮腫、尿少が突然出現。ハルピン市某病院に入院、“肝腎総合症、急性腎不全”と診断される。病情は重篤で、三回の血液透析治療を受けたが、病情の好転無し。
「いわゆる肝腎症候群ですが、浮腫や乏尿が突然出現したところに本案の特徴があります。」
初診時所見:
張琪氏の出張会診時、患者は極度に衰弱し、全身の高度な浮腫、腹部張満が著明、尿量100~200ml/24hr、大便閉、悪心不食、気短乏力、口臭あり、舌苔黄膩、脈沈数。尿蛋白3+、顆粒円柱0~1個/HP、RBC1~2個/HP、BUN18mmol/L(108mg/dL)、Cre456μmol/L(5.15mg/dL)、GPT140U/L。超音波検査:肝脾みな腫大、大量の腹水あり。
「コメント:肝硬変に進行していることは否定されました。」
中医弁証:三焦に湿熱が阻滞(中焦湿熱を主とする。気機不暢、水液不行)
西医診断:肝腎総合症、急性腎不全
治法:清利湿熱法
方薬:中満分消丸加味を主治とする:
黄芩15g 黄連10g 川厚朴15g 枳実15g 半夏15g 陳皮15g 澤瀉15g 茯苓15g 知母15g 姜黄(破血行気 通経止痛)5g 白朮20g 党参20g 白芍20g 檳榔片30g 猪苓15g 黒丑30g 白丑30g(牽牛子:黒白丑共に逐水瀉下 袪積殺虫に働く、峻下利水薬)
水煎、毎日1剤、2回に分服。
「コメント:中満分消飲 合 峻下逐水薬の二丑の合方加味になっています。印象で後記します。」
二診:
上方服用5剤時、尿量は明らかに増多、24時間尿量は700ml程度に達した。大便通暢、腹張減軽。上方を継続10剤で尿量1000ml/24hr、全身の浮腫は減軽、腹張の好転が顕著で、食欲も増強した。
前後計4回の会診を行った、張琪氏は薬剤が既に症状に対応していると考え、前方加減25剤処方し、12月23日に至り、腹水全消、双下肢に軽微な浮腫を偶見するまでとなり、患者の体力は回復し、既にベッドから降りて体動が可能になった。但し、まだ乏力が顕著で、面色(原文は白偏に光)白、質が希の大便があり、毎日4回程度であった。検査では腎機能正常、GPT60U/L。超音波検査では肝脾は縮小して正常に近づいた。尿蛋白2+以外の尿検査は陰性。
経過:
以後、益気健脾除湿、舒肝理気治療2ヶ月、尿蛋白+以外は全て正常。既に健常人のように起居し日常生活が可能となり、半年後に仕事に復帰した。
ドクター康仁の印象
記憶力の良い読者は張琪氏医案 ネフローゼ症候群 255報での中満分消飲を思い出されたでしょう。前案の中満分消丸加減治療327報も参考にしてください。
255報は「寒証」でしたが、本案は「湿熱証」です。湿は共通としても、寒熱弁証からすれば両極に位置します。古典に精通し重視しながらも、「拘束されない柔軟さ」を張琪氏に感じます。
再度、もう少し解説すれば、
李東垣の中満分消飲(蘭宝秘蔵)の原方組成は、人参 茯苓 白朮 甘草 猪苓 澤瀉 半夏 陳皮 黄芩 黄連 乾姜 姜黄 厚朴 枳実 砂仁 知母であり、四君、四苓、二陳、瀉心(辛開苦降)の組み合わせです。功能は清熱 利湿 和中です。
上海時代には以下のように暗記したものです。
上下分消中満分消、四君子四苓、半陳二黄芩連、二姜厚朴枳実砂仁知母
二姜とは乾姜、姜黄の意味です。
方中、四君子湯:人参 白朮 茯苓 甘草は健脾除湿に作用し、乾姜 砂仁は温脾陽に作用し燥湿に働く、四苓散(白朮 澤瀉 猪苓 茯苓)は淡滲利湿に、二陳湯(半夏 陳皮 茯苓 甘草)は化湿痰に作用し、湿濁を除き、昇清を回復させる。黄連 黄芩の苦寒を用いて胃熱を清し、痞満を除き、知母の滋陰は黄連と共同して清熱に作用し、熱が清され、濁陰が降りる。清昇濁降となれば張満は自ずと除かれる。脾胃不和はすなわち木乗土であり、枳実 厚朴 姜黄は平肝解鬱、行気散満に働く。これらは、「素問 陰陽応象大論」の「中満者、内に之を瀉す」に根拠とする分消法であり、辛熱を以って散じ、苦を以って瀉し、淡滲をもって利し、上下分消となる。」というものです。
初診時処方の配伍は、李東垣中満分消飲から甘草 乾姜を去り、草果仁 二丑を加味した組成です。
白黒二丑(牽牛子)を使用した、峻下逐水法については過去の記事をご参照ください。以下。
ネフローゼ症候群 中満分消飲加減治療 張琪氏漢方治療2 (腎病漢方治療237報)
http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20140116
ネフローゼ症候群 疏鑿飲子(そさくいんし)加減治療 張琪氏漢方治療1(腎病漢方治療248報)
http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20140127
糖尿病性腎症 決水湯(けっすいとう)治療 張琪氏弁証論治4.(腎病漢方治療303報) (2014年3月23日記)
中医学は奥が深く、張琪氏の医案に見るように弁証が的中すると奏功することが多く、考察するに、現時点では西洋医学理論では説明困難な場合が多いことも事実です。貴重な臨床経験を残しつつある人間国宝的医師張琪氏、決して過言ではないと思います。
この医案でも「異病同治」が再現されています。一つの処方の臨機応変により、かなり広い応用が出来そうですね。
2014年4月17日(木)
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