計算尺による乗除計算などで目外れが起こった場合,「ずらし尺」を使えばそのまま継続して計算できる。ただし,不注意に使うと誤った結果になる。ずらし尺には√10切断とπ切断の2種類があって,前者の場合は問題ないが,後者の場合に問題が生ずることがあるのである。
手元にあるいくつかの説明書を調べたが,問題の生じない例題だけを取り上げており,この問題に正面から取り組んでいない。ただし,1冊のみある操作の説明で,π切断の場合はできないという注意書きがあった。しかし,これだけでは不充分で,安心してずらし尺を使えない。そこで,自分なりに「どのような場合に問題が生ずるのか」理論的に調べてみた。
2022年11月15日に乗算の場合に関する記事を投稿した。その記事の中で「除算も同様」と述べた。本当にそうか?今回これを検証したので紹介する。
1.尺度方程式
計算尺にはいろんな尺が用意されているが,今回対象とするのは,
DF [ CF, CIF] D
の尺である。[ ] 内の尺は中尺(滑尺)。それぞれの尺の左基線から目盛xまでの距離(長さ)Lは以下の各方程式で表される。ただし,ずらし尺(DF, CF, CIF)はπ切断に限る。μは尺度係数と呼ばれ,尺の全長を表す。
CF尺,DF尺: L = μ(logx-logπ)
CIF尺: L = μ{log(10/π)-logx}
D尺: L = μlogx
注.
CIF尺はC尺の目盛を左右反転させて
L=μ(1—logx)
の基線(=1)をCF尺の目盛1に一致させたものである。つまり,
L=μ(logπ—log1)=μlogπ
だけ左にずらす(引く)ことになる。
L=μ(1—logx)—μlogπ
=μ(log10—logx—logπ)
=μ{log(10/π)—logx}
CF, DF尺の両端の目盛はπであるが,CIF尺の両端の目盛はπでないことに注意。(10/π≒3.18である。)
これに対して,√10切断ではCIF, CF, DF尺すべて両端の目盛は√10である。
2.計算手順の場合分け
ずらし尺を使った除算の手順をつぎのとおり4パタンに分ける。
P1. D÷CF→DF(基線解法)
P2. D÷CIF→DF(カーソル解法)
P3. DF÷CF→D(基線解法)
P4. DF÷CIF→D(カーソル解法)
ここで基線解法というのは,たとえばP1の場合,カーソルをD尺の被除数xに合わせ,そのカーソル線にCF尺の除数yに合わせて中尺基線に一致するDF尺の値を商zとする操作法である。
一方,カーソル解法というのは,たとえばP2の場合,D尺の被除数xに中尺の基線を合わせ,カーソル線をCIF尺の除数yに合わせてカーソル線の下のDF尺の値を商zとする操作方法である。
3.尺度方程式による検証
P1. L(DF) = L(D) — L(CF) から
μ(logz-logπ)=μlogx—μ(logy—logπ)
logz-logπ= logx—logy+logπ
logz=logx—logy+2logπ
= logx—logy+log(π^2)
=log{(xπ^2)/y},
ただし,ここでπ^2はπの2乗のことである。
真数のみを取り出せば
z = (x/y)×π^2
となり,本来の商にπ^2がかかっている。よって,正しい答えは得られない。
P2. L(DF) = L(D)—{L-L(DIF)}から,(以下,
μ=1として数式を簡素にする)
logz-logπ=logx-{1-(log10/π-logy)}
= logx-1+log10-logπ-logy
log10 = 1であるから
logz = logx-logy
=log(x/y)
真数で考えると
z = x/y
となり,正しい答が得られる。
P3. L(D) = L(DF) — L(CF)から
logz = logx-logπ-logy+logπ
= log(x/y)
真数で考えると,
z=x/y
となり,正しい答えが得られる。
P4. L(D) = L(DF)—{L-L(CIF)}から,
logz = logx—logπ—{1-log(10/π) + logy}
=logx-logπ—1+log10—logπ—logy
= log{(x/y)/π^2}
真数で考えると
z=(x/y)/π^2
となり,正しい答えは得られない。
4.結論
手順 結果
P1. D÷CF→DF(基線解法) 否
P2. D÷CIF→DF(カーソル解法) 正
P3. DF÷CF→D(基線解法) 正
P4. DF÷CIF→D(カーソル解法) 否
D尺に対してはカーソル解法,DF尺に対しては基線解法の場合のみ正解が得られる。これは乗算のときと同じである。
通常の計算はC尺とD尺との間で行われる。このとき目外れ(カーソルを動かす先が固定尺の外に出ている状態,つまりカーソルを合わせられない)が生じたときにずらし尺を使うことに限定すれば問題ない。また,ずらし尺を使ったらすぐまたずらし尺を使って元(D尺)に戻すことが肝要。
計算尺をお持ちの方は現物で確かめながらお読みいただけたら,と思う。
注
実はこのことはずらし尺の特長を生かしきれていない。機能の半分を捨てているような気がする。
と言うのは,(目外れでなくても)ずらし尺を使えば中尺やカーソルの移動量を減らすことができるからである。ただし,これは√10切断の場合に限られる。
π切断ではπを含む計算に便利だということで技術計算用の計算尺は(すべてそうであるかは知らないが)π切断である。しかし,π切断でなくても掛けるか割るかの手順が1回増えるだけではないか?わたしは電気屋だから計算式に2πというのがよくあらわれる。しかし,これなど6.28と暗記しているので計算不要。それより√10切断にしてずらし尺を何の心配もなく使いたい。
参考文献
① ヘンミサークル:「計算尺ハンドブック」,ヘンミ計算尺(株),1962
② 金田数正:「便利なCF・DFによる計算尺の使い方」,内田老鶴圃新社,1964
③ リコー計算器(株):「リコー計算尺ポケット解説書」,リコー計算器(株),1960?
④ ヘンミ計算尺(株):「ヘンミ計算尺使用説明書」,ヘンミ計算尺(株),1963?
以上(2024-9-16敬老の日)
手元にあるいくつかの説明書を調べたが,問題の生じない例題だけを取り上げており,この問題に正面から取り組んでいない。ただし,1冊のみある操作の説明で,π切断の場合はできないという注意書きがあった。しかし,これだけでは不充分で,安心してずらし尺を使えない。そこで,自分なりに「どのような場合に問題が生ずるのか」理論的に調べてみた。
2022年11月15日に乗算の場合に関する記事を投稿した。その記事の中で「除算も同様」と述べた。本当にそうか?今回これを検証したので紹介する。
1.尺度方程式
計算尺にはいろんな尺が用意されているが,今回対象とするのは,
DF [ CF, CIF] D
の尺である。[ ] 内の尺は中尺(滑尺)。それぞれの尺の左基線から目盛xまでの距離(長さ)Lは以下の各方程式で表される。ただし,ずらし尺(DF, CF, CIF)はπ切断に限る。μは尺度係数と呼ばれ,尺の全長を表す。
CF尺,DF尺: L = μ(logx-logπ)
CIF尺: L = μ{log(10/π)-logx}
D尺: L = μlogx
注.
CIF尺はC尺の目盛を左右反転させて
L=μ(1—logx)
の基線(=1)をCF尺の目盛1に一致させたものである。つまり,
L=μ(logπ—log1)=μlogπ
だけ左にずらす(引く)ことになる。
L=μ(1—logx)—μlogπ
=μ(log10—logx—logπ)
=μ{log(10/π)—logx}
CF, DF尺の両端の目盛はπであるが,CIF尺の両端の目盛はπでないことに注意。(10/π≒3.18である。)
これに対して,√10切断ではCIF, CF, DF尺すべて両端の目盛は√10である。
2.計算手順の場合分け
ずらし尺を使った除算の手順をつぎのとおり4パタンに分ける。
P1. D÷CF→DF(基線解法)
P2. D÷CIF→DF(カーソル解法)
P3. DF÷CF→D(基線解法)
P4. DF÷CIF→D(カーソル解法)
ここで基線解法というのは,たとえばP1の場合,カーソルをD尺の被除数xに合わせ,そのカーソル線にCF尺の除数yに合わせて中尺基線に一致するDF尺の値を商zとする操作法である。
一方,カーソル解法というのは,たとえばP2の場合,D尺の被除数xに中尺の基線を合わせ,カーソル線をCIF尺の除数yに合わせてカーソル線の下のDF尺の値を商zとする操作方法である。
3.尺度方程式による検証
P1. L(DF) = L(D) — L(CF) から
μ(logz-logπ)=μlogx—μ(logy—logπ)
logz-logπ= logx—logy+logπ
logz=logx—logy+2logπ
= logx—logy+log(π^2)
=log{(xπ^2)/y},
ただし,ここでπ^2はπの2乗のことである。
真数のみを取り出せば
z = (x/y)×π^2
となり,本来の商にπ^2がかかっている。よって,正しい答えは得られない。
P2. L(DF) = L(D)—{L-L(DIF)}から,(以下,
μ=1として数式を簡素にする)
logz-logπ=logx-{1-(log10/π-logy)}
= logx-1+log10-logπ-logy
log10 = 1であるから
logz = logx-logy
=log(x/y)
真数で考えると
z = x/y
となり,正しい答が得られる。
P3. L(D) = L(DF) — L(CF)から
logz = logx-logπ-logy+logπ
= log(x/y)
真数で考えると,
z=x/y
となり,正しい答えが得られる。
P4. L(D) = L(DF)—{L-L(CIF)}から,
logz = logx—logπ—{1-log(10/π) + logy}
=logx-logπ—1+log10—logπ—logy
= log{(x/y)/π^2}
真数で考えると
z=(x/y)/π^2
となり,正しい答えは得られない。
4.結論
手順 結果
P1. D÷CF→DF(基線解法) 否
P2. D÷CIF→DF(カーソル解法) 正
P3. DF÷CF→D(基線解法) 正
P4. DF÷CIF→D(カーソル解法) 否
D尺に対してはカーソル解法,DF尺に対しては基線解法の場合のみ正解が得られる。これは乗算のときと同じである。
通常の計算はC尺とD尺との間で行われる。このとき目外れ(カーソルを動かす先が固定尺の外に出ている状態,つまりカーソルを合わせられない)が生じたときにずらし尺を使うことに限定すれば問題ない。また,ずらし尺を使ったらすぐまたずらし尺を使って元(D尺)に戻すことが肝要。
計算尺をお持ちの方は現物で確かめながらお読みいただけたら,と思う。
注
実はこのことはずらし尺の特長を生かしきれていない。機能の半分を捨てているような気がする。
と言うのは,(目外れでなくても)ずらし尺を使えば中尺やカーソルの移動量を減らすことができるからである。ただし,これは√10切断の場合に限られる。
π切断ではπを含む計算に便利だということで技術計算用の計算尺は(すべてそうであるかは知らないが)π切断である。しかし,π切断でなくても掛けるか割るかの手順が1回増えるだけではないか?わたしは電気屋だから計算式に2πというのがよくあらわれる。しかし,これなど6.28と暗記しているので計算不要。それより√10切断にしてずらし尺を何の心配もなく使いたい。
参考文献
① ヘンミサークル:「計算尺ハンドブック」,ヘンミ計算尺(株),1962
② 金田数正:「便利なCF・DFによる計算尺の使い方」,内田老鶴圃新社,1964
③ リコー計算器(株):「リコー計算尺ポケット解説書」,リコー計算器(株),1960?
④ ヘンミ計算尺(株):「ヘンミ計算尺使用説明書」,ヘンミ計算尺(株),1963?
以上(2024-9-16敬老の日)