勿忘草 ( わすれなぐさ )

「一生感動一生青春」相田みつをさんのことばを生きる証として・・・

帰れないんだよ

2009-01-09 00:05:52 | Weblog
 いつの頃からか、メディアにまったく姿を見せなくなった歌手がいる。その歌の上手さに彼女を惜しむ声は少なくない。彼女が歌う「帰れないんだよ」という歌がある。

 「死ぬほど恋しい故郷秋田へ帰りたいが、その汽車賃があればひと月生きられる。だから帰れないんだよ」

 星野哲郎さんの詩は、東京に出稼ぎに来たのだろうか、日雇いの仕事に明け暮れているのだろうか。そんな男の悲しい人生を詠う。

 世界中に吹き荒れる不況の嵐は、止む気配はまったくない。突然の解雇に住む場所もなく、冷たい風に身を任せる人もいると、ニュースが告げる。正月に故郷に帰れない人もいたかも知れない。
 
 卓越した歌のテクニックと、ドラマチックな歌い方が大好きな、ちあきなおみさんが歌う「帰れないんだよ」は、そんな路地裏に生きる人たちの人情を歌い、彼女の歌唱力がこの歌を更に悲しいドラマに仕立て上げる。
 一曲目は、けだるいジャズのフィーリングにアレンジされた「港が見える丘」。そして2曲目に歌う「帰れないんだよ」は、彼女ならではの味わいのある佳曲である。好き嫌いはあるかもしれないが、お時間が許すなら、じっくりとちあきなおみの世界に浸っていただきたい。

ここでは2コーラスで終っているが、3番の歌詞が哭ける。


今日も屋台の やきそばを
俺におごって くれた奴
あいつも楽じゃ なかろうに
友の情けが 身にしみる
だからよ だからよ
帰れないんだよ

 僕のコレクションのひとつ「うたくらべ ちあきなおみ」の10枚組みCDのアルバムにも収められた、この歌をはじめとする数々の昭和の名曲のカバーは、オリジナルを超える絶品である。

 このアルバムに寄せられた作詞、作曲家の方々からのメッセージのひとつ、船村徹さんのコメントを紹介しよう。

☆  ☆  ☆
 
 歳のせいなのだろうか、桜をみても、向日葵の季節がやってきても、小さな悲しみのようなものが心に刺さったまま取れずにいる。「ちあきなおみ」をあきらめきれずにいるからなのだ。

 唄書きにとって、「ちあきなおみ」ほど恋しくなる素材はない。「美空ひばり」との唄作りが闘いなら、ちあきとのそれは恋愛のようなものだ。歌を媒体にして、彼女となら天国から地獄までも厭わない。「ちあきなおみ」とはそういう歌手である。

 私はあきらめきれない恋心を抱えながら、ちあきの唄を聴く。聴けば胸締め付けられ、切なくなるだけはわかっているが、その切なさの極みの内に私は一縷の希望を見ることが出来る。あの娘はきっと戻ってくると。

 このアルバムを聴く人たちも、束の間現実を忘れて「ちあきなおみ」の恋慕に心乱されることだろう。

作曲家・船村 徹