7月9日 アメリカスカップとサバニ

2009年07月09日 | 風の旅人日乗
アメリカスカップ防衛者のアリンギが新艇を発表した。
アリンギがスイスのビルヌーブで公開したのは、
予想通り、デシジョン35を2倍に拡大したような構造の
水線長90フィートのカタマラン。
デシジョン35よりもさらに未来的で、まるでアメンボを思わせるような艇だ。
これまで挑戦者のBMWオラクルが艇の開発では一歩先んじているという風評が多かったが、
防衛者もかなりレベルの高い艇を開発してきた。

8月7日に防衛者側が発表する開催地で、2010年2月7日に第1レースが行なわれる第33回アメリカスカップは、
これまでのアメリカスカップの歴史にない、2隻の巨大マルチハルによる、
アメンボ対アメンボのマッチレースになる。






船を2隻や3隻横につないで安定性とスピード性能を高めるマルチハルは、元々太平洋のポリネシア人たち発祥の文化だ。
それが西洋に渡り、進化に進化を重ねて、アメリカスカップに採用されるまでになったと思うと、感慨深い。

第31回アメリカスカップの予選決勝に勝ち残ったオラクルの船型を見たとき、
ぼくは、こじつけかもしれないが、沖縄のサバニ船型を思い出した。
船首部のV船型が、船体中央から後半に向かってU船型になだらかに変化していくラインが、サバニそっくりだったのだ。
ニュージーランドはオークランドのバイアダクトベイシンで一般公開されたその船型を見たセーラーたちの中で、
唐突にサバニを思い出していたのは、恐らくぼく一人だけだっただろうけどね・・・



サバニもかつては、ヤギなどの大型の動物とか重い荷物を運ぶときには、2隻、3隻を横に繫いでマルチハルとして使うこともあったという。

沖縄県立博物館に所蔵されている帆掛けサバニの写真を見ると、
艫に正座したおじいが風下側の手で櫂(エーク)を操作して舵を取り、
風上側の手でメインシート(ティンナー)を束ねて直接持ってトリムして、
体の力を抜いて、のんびりとした風情で乗っている。
それでも、船首がたてている波を見ると、少なくとも4ノットは出ていそうだ。

そのおじいのようになりたくて、この数年サバニのセーリングを練習してきた。
冬場の強い北風で、座間味港内で、瞬間的だけどプレーニングも経験した。
そのように風が強いときでも、直接手に持っているシートが重いと感じたことはない。
サバニが風に乗って水に抵抗することなく走るから、シートにかかるロードも小さいのだろう。

昔のサバニセーラーたちが、数本ある竹の横棒(帆桟=フーザン)からシートを取るようにしたのは、
最初は、セールのリーチのツイストをコントロールするためと思っていた。
しかし、実際にセーリングしてみると、
理由はそれだけではないようだ、と思うようになった。
昔は香港でよく見かけたジャンクも、同じように各帆桟からシートを取っていたから、
ハッキリとはまだ分からないが、何か必ず理由があるのだと思う。
例えば、一番下の帆桟だけからシートを取ると、その竹にだけロードが集中してしまい、
その強度に見合う竹竿やロープが手に入らなかったから、とか・・・。

サバニのマストステップは通常前後方向に3つ穴が並んでいて、
マストレーキを3段階変えられるようになっている。
サバニを解説した多くの本には、風の強さに合わせて穴を選んだという、
と書かれているが、
ぼくはその説に同意できない。聞き取り間違いなのではないかと思っている。
その日向かう目的地への相対風向によってヘルムバランスを変えるためかとも考えたが、
実際のセーリングでは、マストレーキよりも、
乗員が乗る位置や荷物を載せる場所を変えて艇の前後トリムを調整するほうが、
ヘルムバランスを簡単に変えることができる。

この数年間真剣にサバニでのセーリングの勉強をしてきたが、
まだまだ分からないことだらけだ。
分からないことを聞こうにも、現役でサバニに乗っていたおじいに会えることは、今ではとても難しい。
文化というものは、何百年、何千年続いたものでも、
一旦途絶えてしまうと、あっけなく消えてしまうものなんだね。

糸満の漁師さんの話によれば、
本島各漁村や渡嘉敷から糸満の沖にある漁場に朝一番乗りを果たすために、
各村からその漁場に行くときの風やうねりの方向に合わせて、
ある村で造るサバニは追っ手性能が良かったり、
ある村で造るサバニはリーチング性能が良かったり、
という違いがあったそうだ。
実際にどのように具体的に船型やリグが違ったのか最早資料は残っていないが、
ぼくたちの祖先は、セーリングと船の科学に非常に造詣が深かったことが分かる。

今週と来週日曜日に放映されるというサバニ絡みのテレビ番組の関係者が乗ったのは、
アウトリガーとラダーが付いたサバニで、本来のサバニではない。
サバニに乗ったタレントが、セールが重くて大変だったと言っているらしい。
アウトリガーを付けて安定性と復元力と重量を増して、
さらに本来よりもセールを大きくすれば
シートに掛かるテンションが重くなるのは当たり前のことだ。
どんなふうにサバニを紹介してくれるのだろうか?
できれば、我々の祖先が遺してくれたサバニという船に
正面から取り組んで欲しい、と思う。

アメリカ人船大工のブルックスさんという人がサバニ造りを勉強して、写真と文章の資料にまとめる、というプロジェクトの進行を個人的に手伝っている。
いくつかまだ懸案事項はあるが、今月中にサバニ大工さんと契約を済ませて、
11月に建造にかかることができそうだ。
こんなに真剣な文化事業には、視聴率崇拝のテレビ関係者は興味を示さないのかな。

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