スカンジナビア漂流 ・北欧の海洋文化を辿る旅・ (6)

2009年09月01日 | 風の旅人日乗
かつての捕鯨の街で


北欧海洋文化の背景を知りたいと思い、ドイツのキールからスウェーデンを経てノルウエーのオスロまで辿りついた。

この旅の半ばで見えてきたものは、現代の北欧の民たちが、海に出て行った祖先たちの知恵と勇気に深い敬意の念を抱いていることと、そんな伝統ある海洋民族の子孫であることに誇りを持ち、その先人達の技術にさらに一層の磨きをかけて後生に伝えようとしていること、だった。

フェーダー・レースでスカゲラク海峡へと船出していった1050隻のヨットたちの後を追うようにオスロを出発し、ノルウエーの海岸線に沿って旅を続けた。

海岸に沿って走る高速道路に乗ってオスロから南南西に200kmほど、その日の宿を探すために当てずっぽうにインターチェンジを降りると、そこがサンデ・フィヨルドという小さな港町だった。

こぢんまりとした漁港風の風景を期待して海辺まで車を走らせると、そこには大型の国際フェリーが発着する岸壁もある、小さな町のサイズにそぐわないような大きな港湾が広がっていた。

今は寂れているがこの町は、捕鯨が盛んだった時代、世界的規模の捕鯨基地として栄えた町で、ノルウエー国内の捕鯨会社だけではなく、日本をはじめ各国の水産会社が北海捕鯨の前線基地としてこの町に支店を構え、大変な賑わいを見せていたらしい。

この町で一番大きいホテルも、かつては捕鯨会社の社屋だったものを改築したものだという。
現在ではそのホテルを含めてこの町にホテルは3軒しかない。訪れる人も少ないのだろう。

その3軒のうちのひとつ、「キング・カール・ホテル」は今から320年近く前の1690年、日本でいえば江戸時代中期に当たる時代に建てられたというホテルで、捕鯨全盛時代は海から帰ってきた捕鯨セーラーたちで賑わう人気のホテルだったらしい。スカンジナビアで最も古いホテルのひとつとして知られる、由緒あるホテルだという。

料理も最高だと評判の、そのキング・カール・ホテルに、運良く居心地のいい部屋を見つけたぼくは、不思議な雰囲気のこの町にしばらく腰を落ち着けることにした。

町の歴史を伝える「サンデ・フィヨルド博物館」に入ると、そこはほとんどそのまま「捕鯨博物館」でもあった。捕鯨に関してここまで充実した内容を展示しているのはヨーロッパではここだけである、とパンフレットに謳っている。それはそうだろう、捕鯨にとって逆風が吹き荒れる今の時代に、捕鯨に関わるものを肯定的に展示しようと考える博物館経営者はあまりいないはずだ。

ホールでは捕鯨船での捕鯨漁師の生活の様子を伝えるビデオが放映されていて、獲った鯨を鉈やクレーンを使って解体する血だらけのシーンが延々と映し出される。
反捕鯨グループが観たら、逆に嬉々として反捕鯨キャンペーンに利用しそうなビデオを、忘れたくない自国の技術として堂々と公開している。捕鯨船での解体作業を説明するとてもリアルな模型もある。

この博物館と町が共同で所有する港の桟橋には、船齢60年の、しかしいつでも出動できる状態に常時整備されている蒸気エンジンの捕鯨用キャッチャーボートが係留されている。
このキャッチャーボート自体も、この博物館の展示物のひとつなのである。

この博物館の存在は、捕鯨という、自分達が誇るべき独自の海洋技術文化を、文化や価値観の異なる国々の連合から奪い取られようとしているノルウエーの、無言の抗議のように思えた。

かつてノルウエーと同じ技術文化を持っていた東洋のある国は、このように自国の先人たちの技術を誇り、自分たちの国独自の価値観を、堂々と世界に向かって主張する勇気を持っていただろうか?
(続く)