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喫茶 輪

コーヒーカップの耳

時里二郎さんの選評

2018-01-22 08:05:49 | 
今朝の神戸新聞「読者文芸」欄、詩の部。
その特選作。井伊昭夫さんの「にらめっこ」ですが。

わたし読んでいて、最後の一行で笑ってしまいました。ずっこけるという感じ。
そして、時里さんの選評を読んで、もう一度大笑いしてしまいました。
「終わり方の崩れた感じもいい。」とある。
思わず「同感!」
そして家内に読んでやりました。
作品と、選評を。
家内は字が読めないわけではありません。床に伏せっているわけでもありません。
いつもわたしが原稿を書いたら、真っ先に家内に読んで聞かせます。音読するわけです。すると文章の欠点が露わになります。
たまには誉めてくれることもあったりして。
推敲の手伝いをしてもらっているというわけです。
その癖で、面白い記事などがあると、つい読んで聞かせるということになるのです。

ところでこの「にらめっこ」ですが、いかにも新聞投稿にピッタリの詩ですね。
ほほえましくて、家庭の中で読まれるのに向いています。
けれども、こんなのばかりが続くと甘くなってしまったりするので、たまには緊張感のある作品を採用しなければならず、選者は大変です。



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原稿2本

2018-01-21 15:57:05 | 原稿
原稿2本、ほぼ仕上げました。

「KOBECCO」と「六甲」のそれぞれ3月号。
ここ一週間ほど孫たちが来襲しなかったので、頭の中でも練ることができ、そして今日はゆっくりと書くことが出来た。
あとちょっと、ある人に会って確認すれば大体終り。
でもまたすぐに次の準備をしなければならない。
素人とすれば結構大変なのです。
しかし、書かせていただける場所があるということはありがたいことです。
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袋とじ!

2018-01-20 17:36:36 | 出久根達郎さん
昭和19年だから、70年以上昔に発行された本です。古い本です。よく傷んでいます。変色もしてます。
紙質も悪く、よくも今まで残っていたという感じの本。

『星の學者』(稲垣足穂)ですが、読んでいて驚きました。
袋とじになっているページがありました。

わたしの前の持ち主はこの本を古書店で購入したということだったので、その人も、その前の持ち主もこのページを読まなかったということ。
確かにこのあたりの記述は読むのが面倒そうなところ。
わたしも読まずにこのままにしておこう。
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大失敗!

2018-01-20 16:26:00 | 将棋
午前中の「宮水ジュニア・将棋教室」を無事に終え、帰宅して昼食をすまし、コーヒーを飲んだりしてくつろいでいるところに電話が。
鳴尾小学校「県民広場」での子ども将棋教室のお世話をなさっている五木田さんからだった。
アッと思ったら、「今日、将棋教室なんですけど」と。
「うわ~っ!忘れていました」
2時開始だが、すでに5分すぎている。
なんでだろう?こんなことは初めて。
リビングのカレンダーの予定欄に書いてなかった。「宮水ジュニア」だけしか書いてなかった。
あわてて、服装をただす間もなく行った。
車で、急いでも10分以上かかってしまう。
まあ、手伝ってもらっている勝さんが先に行ってくださっているので助かったが。
教室に入って「ごめんなさい!忘れていました」と謝りました。すると、
「え~っ?」と声が上がる。
ちょっと言い訳をして、早速詰め将棋から始めました。

あわてて飛び出したので、カメラも持参せずでした。なので上の写真は昨年12月の鳴尾教室でのものです。
ああ、恥ずかしかった。
ご迷惑をおかけいたしました。
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1月20日の将棋教室

2018-01-20 12:12:43 | 将棋
「宮水ジュニア・将棋教室」でした。
インフルエンザが猛威をふるってますが、たくさんやってきました。


わたしも風邪もひかずに元気で頑張りました。家内もわたしもここ10年以上毎年予防注射を受けています。
高齢者は、予防接種は常識ですね。罹っても軽くすみます。

講座の前半はホワイトボードに板書しながらです。

しゃべりながらですので、汚い字です。
いや、ちゃんと書いても下手なのですが。
で、子どもたちに「こんな字、試験で書いたらあかんで」と言いながら。
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「鶺鴒」9

2018-01-19 10:32:49 | 
神戸の詩人、江口節さんから詩誌「鶺鴒」9をお贈りいただいた。


同人の皆さん、気取らずそして上手ぶらず、好感の持てる詩誌です。
そうですよね、自分の力以上のものを差し出そうとしても、見抜かれてしまいますもんね。
時には意欲的に実験的な作品を書くのも、向上するうえで必要なのでしょうが、それもその人の過ごしてきた人生、そしてこれから目指すものによるのでしょう。
しかしこの「鶺鴒」はどうもそこを目指しておられるわけではなさそうです。
誠実に自分の人生と対話するような作品が多いです。
わたしが好感を持てるというのも、それが感じられるからだと思います。
それは主宰しておられる江口さんのお考えでもあるのでしょう。
苦労もお有りだろうが、根気よく指導して行かれることを望みます。

さて作品。
表紙詩です。

これ、いいですねえ。荻野優子さんの「マウンド」です。
そうか、そんな視点があったのか!という思い。
そして読む者に何かを考えさせる。
さすが表紙詩ですね。

ほかには、たかひきぬこさんの「昭和十九年八月の引越し」が気になりました。
←二段階クリックで。
詩としての技術は決して高いとはいえないと思うのですが。失礼、ごめんなさい。
たどたどしいともいえる書きぶりが、初々しくて好感が持てました。
そのご家族とすれば、貴重な歴史が書き留められています。
今後もこんなのをどんどん書いて行かれることを望みます。
他の皆様の作品もみな、誠実に書かれていて、わたしはこの「鶺鴒」という詩誌が好きです。
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『日の名残り』に「ゲキトバ」

2018-01-18 10:28:40 | 本・雑誌
『日の名残り』(カズオ・イシグロ 土屋政雄訳 ハヤカワ文庫)を読んでいる。

もう翻訳の長編小説を読むのは面倒なのだが、一応ノーベル賞作家のものを一冊はと思って。
その110ページにこんな記述がある。

《さらには、召使たちを集め、軍隊調に檄を飛ばすことまでいたしました。》

これはおかしな言葉遣いだ。
もちろん、カズオ・イシグロさんはこれとは違う表現をしているのだろう。
翻訳の問題だろう。翻訳をされた土屋さんは大変偉い人だと思うのだが。

高島俊男さんが『お言葉ですが…』③にこんなことを書いておられる。
「ゲキトバ」新説より
《(略)たとえば「ゲキを飛ばす」というのがスポーツ記者は好きらしくて、よく出てくる。「なさけ

 ない負けかたに腹を立てた星野監督は選手を集めてゲキを飛ばした」

 これはねえ、もし言うなら「活を入れる」と言うんだよ。「ゲキを飛ばす」というのは、遠くにい

る味方(あるいは味方になる可能性がある勢力)に呼応を呼びかける書信を発すること。たと

えば鎌倉幕府打倒に立ちあがる決意をした武将が、「共に挙兵しよう」という手紙を持たせて

使者を各地に派遣する。その手紙が「ゲキ」、漢字で書けば「檄」だ。目の前にいる奴を叱り

つけるのをゲキなんて言うものか。

 スポーツ記者諸君は多分、ゲキというのは激励の略語で、強烈に激励することを「ゲキを飛

ばす」と言うんだと思っているんだろうね。学生のころに監督や上級生に叱られたら、「ゲキを

飛ばされたよ」なんて言っていたんだろう。》


これはこれまで何度も紹介してきたが、困ったものだ。


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血管

2018-01-17 20:00:24 | 健康・病気
今日はM病院の予約日。
午後、雨がやんでいたので、しかも予報は夕方まで降らない感じだった。
なので健康のため徒歩と電車で行った。ただ雲行きが心配でもあったので折り畳み傘は持って。
少し早く着きすぎて、待合所に備え付けの星新一の文庫本を読みながら予約時間がくるのを待った。
星新一にしてはちょっと長めの物語。
丁度、一話読み終わったころに時間が来た。

診察を受け、そのあと血液検査のための血液採取。
わたしの腕の血管は右腕がことのほか太い。
当然のごとく右腕を袖をまくって差し出した。
すると看護師さん、ちょっとためらっておられる。
「動きそう」とか言いながら。
わたしは「左にしましょか?」と言ったが、
「押さえながらやります」とか言ってそのまま。
そうか、わたしは太ければ太いほど取りやすいと思ったのだが、そうではなかったのだ。
筋肉の上に浮いたようになっているから、却って針が当たった時に逃げてしまうのだ。
それは知らなかった。
今後は左腕を出すことにする。


さて、その血液採取の時、別の患者さんが看護師さんに声をかけて「雨がまた降ってきました」と。
あら、もう降らないと思っていたのに。
看護師さんは「ひどく降ってますか?中にいたらわからないので」と。
「いや、そんなには…」

会計を済まして、帰り、雨が思ったより降っていた。話がちがう。
これなら車で来たら良かったと思ったのだが仕方ない。
小さな傘なので少々濡れながら帰ってきた。
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震災記念日

2018-01-17 10:06:18 | 震災
詩集『喫茶・輪』より

 「慰霊祭」

カウンターの端の席に
いつも静かに座る人の姿が見えない

そうだ
今日は震災記念日
忘れるわけはないのだが
その人は息子さんを亡くされているのだ

翌日
いつもの席で
静かにブラックコーヒーを飲んでおられる。

  (その人も今は亡い。ああ、23年)
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一斗二升五合

2018-01-16 22:25:46 | うんちく・小ネタ
最近、若い人だけでなく結構年配の人が使う数詞に大いに違和感のあるものがある。お米、一升三合のことを「じゅうさんごう」などと言う人が増えている。わたしは大いに違和感がある。
こんな言葉がある。
「一斗二升五合」。「いっとうにしょうごんごう」と読む。
正確には「いっとにしょうごごう」。
意味は「ご商売、益々繁盛」である。
昔の商家にはこの言葉を書いたものが額に入れて飾ってあったりした。
これも今の若い人なら「ひゃくにじゅうごごう」(125合)というのだろうか?
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「階段」№36

2018-01-16 18:14:58 | 
必要があって「階段」№36(2010年)を見ていた。
「階段」は先年お亡くなりになった伊勢田史郎さんが主宰しておられたエッセイと詩の雑誌。
中に時里二郎さんのエッセイがある。
←二段階クリックで。

~モノオペラ(一人で歌うオペラ)の台本を書かせてもらった。~

という話から、”ことば“と”歌“の関連性が書かれていて、こうつながって行く。

《ヒトの身体を共鳴体にしている「楽器」の不思議というのだろうか、ヒトの歌声には、他の楽器とは違う「思い」(魂といっていいのだが)の隠り方がある。それは、歌い手が身体そのものを楽器としてあつかうところからきているのだろうが、その「思い」は、歌われることばを超えて、聞き手にも伝わってくる。》

わたしはこの部分に鉛筆で枠取りしている。そして〇印を。
ここに大いに共感したということだろう。

「階段」を伊勢田氏より送って頂くと、わたしはその感想を結構詳しく書いてお礼状を出していたと思う。
その感想を書くときに、このような枠取りと〇印をしたのだろう。
しかしわたしは、どのような感想を書いたのだろうか?
控えがないので何を書いたか全く覚えていない。
書いたものは残るというが、これはもう残っていないだろうなあ。
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カモメの乱舞

2018-01-15 16:22:13 | 
昨日、satoとfumiを連れて津門川へ。
この前はよそのおじさんがエサをやっているのを、ただ見ているだけでしたが、今回はパンくずを持って。
二人とも大喜びでした。

カモメの乱舞
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健康診査結果

2018-01-15 15:27:22 | 健康・病気
昨年末に受けた検査の結果を聞きました。

ほぼ問題なしと。
もう一年ほど前からビールを飲む日を火木土日と週四日にした。
元々そんなに飲まないのだが、休肝日を週三日作った。
しかも2,3年前から中ビンだったのを350ml缶に。
そして、数か月前からご飯を減らしている。特に夕食は。
今回の検査でその成果がはっきりと数字に出た感じ。
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今日の読者文芸欄

2018-01-15 09:18:36 | 
神戸新聞、今日の「読者文芸」欄、詩の部。
北川晴茂さんが特選。
←二段階クリックで。
「舞台」というタイトルですが、情景がよく見えますねえ。
北川さんは小説も書かれるので、ドラマ性があります。
でも”詩“としては晴茂氏のご母堂の若き日の作品の方が洗練されてたような気が、わたしはするのですが…。
スミマセン、個人的見解です。
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杉山先生の切り抜き

2018-01-14 10:53:42 | 杉山平一先生
昨日の「木津川計一人語り」の会場で、先生のご息女H美さんから戴いた切り抜き。
←二段階クリックで。
二枚ですが、一枚は切り抜きのコピーです。「日が暮れてから道は始まる」の㉗。
実はこの「日が暮れてから道は始まる」はわたしすべて切り抜きしてました。みんな黄色く変色してます。比して杉山先生のものはコピーされていて白くきれいです。

これの連載中に足立先生はお亡くなりになられたのでした。
この中断した連載は足立先生亡き後に本に入れられています。

この本にはわたしの名前もチラリと出ています。

H美さんから戴いたもう一枚の切り抜きは、これも足立先生のもの。
「空に帰る」と題されて富田砕花翁のことが書かれています。
足立先生らしい人情味あふれる文章です。

ああ、足立先生は遠くなるし、杉山先生も遠くなってしまう。
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