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「そして僕は途方に暮れる」(2022年 日本映画)

2023年02月08日 | 映画の感想・批評
 名字の一部分を取って「ガヤ」と呼ばれているKis‐My‐Ft 2の藤ヶ谷太輔の主演作品である。TVのバラエティ番組ではスマートな立居振舞が印象的だが、これまでに見たことがない役柄に挑戦し新たな魅力を放っている。過去に三浦大輔監督の舞台で同じ役を演じているが表情や細やかな所作の中に映像ならではの見どころがある。
 冒頭、寝ている裕一(藤ヶ谷太輔)の足元には紐で束ねられた雑誌が。キネマ旬報だ。かつては映画青年だったようだが、今はフリーターで無為な生活を送っている。長年同棲している里美(前田敦子)が裕一の朝食を作って仕事に出掛け、帰宅すると食べ残しの朝食はテーブルの上に置かれたまま。里美に生活態度をなじられ今後の事を話し合おうと迫られたとたん、裕一はあっという間に荷物をまとめて部屋を飛び出してしまう。全速力の自転車が夜の街に吸い込まれていく。
 同郷の親友の伸二(中尾明慶)の部屋に転がりこむが、勝手気ままに振る舞う裕一にキレた伸二を見て、またもや逃げ出す。バイト先の先輩の田村(毎熊克哉)、大学の後輩加藤(野村周平)、姉の香(香里奈)の所を渡り歩き、ついには夜行バスとフェリーを乗り継ぎ、苫小牧の実家で一人暮らす母の智子(原田美枝子)の元へ辿り着く。
 裕一は逃げる度に後ろを振り返り、振り返る度に頬がこけていく。藤ヶ谷太輔は殆ど出ずっぱりであり、徐々にやつれていったのは撮影のハードさを物語っている。人は他者という鏡を通して自分を知り、他者との関係を断ち切ることは自分を客観的に見る手段を失うことでもある。最果ての地で最後の手段の母の元からも逃げ出し、途方に暮れる裕一が出会ったのは、10年前に家族から逃げて行った父の浩二(豊川悦司)。皮肉にも、ここで裕一は父の姿の中に自分の姿を見いだすことになる。
 ある事を契機に、裕一は出発点に戻ることになる。父親との共同生活の中で無為に過ごしたクリスマスイブを境に、裕一をとりまく状況は一変していた。それはありうる事件であり、ある意味自業自得でもあるが、裕一は再び部屋を飛び出す。
 夜の街で振り返った裕一の口元が最後には少し笑っているように見える。藤ヶ谷太輔の表情が秀逸だ。この時、苫小牧で浩二が裕一に放った言葉がどこからか聞こえたような気がした。「面白くなってきやがったぜ」と。
 この作品にはある発見があった。喉仏である。成人男性にある喉に突き出ている骨だが裏側に声帯がある。かつての大映映画スターの市川雷蔵は喉仏が醸し出す独特の口跡がすこぶる魅力的で、その形も美しく大人の俳優としての魅力にあふれていた。藤ヶ谷太輔の喉仏にもその片鱗が見られる。これからが楽しみである。
 エンディングに大澤誉志幸の「そして僕は途方に暮れる」が流れる。40年前にヒットした曲だが今でも色褪せない。作詞は銀色夏生だが、楽曲は「そして」の接続詞がつくことで一気に物語性を帯びる。この作品のタイトルにぴったりである。(春雷)

監督・脚本:三浦大輔
原作:シアターコクーン「そして僕は途方に暮れる」(作・演出 三浦大輔)
撮影:春木康輔
出演:藤ヶ谷太輔、前田敦子、中尾明慶、毎熊克哉、野村周平、香里奈、原田美枝子、豊川悦司



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