シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「光」(2017年 日本映画)

2017年11月29日 | 映画の感想・批評


 この物語の闇は深い。東京の離れ小島で幼少期を過ごした三人の男女。10歳の輔(たすく)は父親から連日のように暴力を受け生傷が絶えない。かれが実の兄のように慕ってつきまとう中学生の信之は真面目でおとなしい少年だが、同級生の美花に誘われるまま関係をもっている。淫蕩な美花は天性のファムファタールというか、男を手玉にとって不幸に陥れる女だ。ある日、信之は美花が中年男にのしかかられている現場を目の当たりにし、かの女の求めに応じて男を殴殺してしまう。それを輔は物陰から目撃する。そうして、運命の大震災と津波がこのおぞましい事件を葬り去るのである。
 25年後、公務員となった信之は妻(南海子)と幼い娘に囲まれて東京近郊の団地でつつましやかに暮らしている。だが、南海子は夫との関係が冷え切っているように見え、育児にも迷いが生じ、そうした鬱憤を近所の町工場に勤める若者との浮気で晴らしている。信之はといえば、妻との会話も上の空に最近売り出し中の女優の謎めいた私生活をレポートするテレビ番組にご執心だ。
 さて、この若者が輔であり、女優が美花であることは容易に想像がつくだろう。
 やがて、輔は過去の殺人事件をネタにして信之と美花を脅迫するのだが、そこへ津波の災禍から逃れていた輔の父親が姿を現し、話が混迷を深めて行く。
 信之の美花に対する想いは一切の見返りを求めぬ一途の愛だ。しかし、もとより美花に愛など存在しない。さらに、虐待の中で育った輔にはマゾヒズムの暗い影が潜んでいて、父親に対する激しい憎しみと、信之に抱く歪んだ思慕と甘えの感情から逃れられないでいるのだ。輔は信之が執着する美花に嫉妬せざるを得ず、信之にムゲにされる南海子に同化して行くように思える。南海子との情事は信之と接点をもつためであって、かの女を愛している訳ではない。だから、輔が信之の過去の秘密を手放さないのは信之との関係を断たれたくないという一念であり、脅迫という手段に向かうのも最後は殺されるのではないかというマゾヒスティックな期待からである。
 輔が南海子に託した25年前の殺人の証拠。かれが信之を裁く目的なら警察にでも届けるべきものをなぜ南海子に託したのか。おそらく、南海子が信之を一生縛る材料を提供したのではなかろうか。
 魂を震わせるようなジェフ・ミルズの音楽もまた特筆に値する。(健)

監督・脚本:大森立嗣
原作:三浦しをん
撮影:槇憲治
出演:井浦新、瑛太、長谷川京子、橋本マナミ、平田満

「彼女がその名を知らない鳥たち」(2017年日本映画)

2017年11月22日 | 映画の感想・批評


 15歳年上の陣治(阿部サダヲ)と十和子(蒼井優)は同居しているが、十和子は8年前に別れた黒崎(竹野内豊)のことが忘れられず、当時のビデオをこっそり見たりしている程で、陣治の一方的な献身で何とか成り立っている。ある日、購入した(してもらった?)腕時計のクレーム(勝手な言いがかりとしか思えないが)をした先の店長の妻子ある水島(松坂桃季)と出会い、黒崎の面影とダブる所がある彼との不倫に引き摺りこまれていくこととなり・・・。
 冒頭から、クレーマー紛いの電話を掛けている十和子と雑で下劣な陣治が登場し、更に、十和子と別れた当時の黒崎の信じがたい行動が分かり、あまりにも下劣で唖然とさせられ、水島のチャラチャラした言動に十和子が振り回されてしまう等、決して、気分が良くなる展開では無かったが、ラストの十和子の一言ですべて救われた気がする。
 この映画は、男性向け恋愛映画だと思う。女性目線だと陣治の行動は、ストーカーと捉えかねないだろうから、男性目線の恋愛映画ということだ。まだ、2本しか観ていないが、「日本で一番悪い奴ら」を撮った白石和彌監督らしいと思う。前作も、警察を舞台にした男くさい映画だった。私は、前作もとても面白く観たが、女性好みではないだろうと思う。監督自身も男が惚れる男というタイプなのだろうかと想像してしまった。
 癖の強い役柄ばかりなので、演技にも気合いが入っていて、皆がその人物自身になりきっている感があり、画面全体に力があった。特に、十和子の姉の役を演じた赤澤ムックの演技は、十和子と一緒にいる際は、十和子へのイライラする感情が溢れかえっていて、上手いと感じた。
(kenya)

監督:白石和彌
脚本:浅野妙子
原作:沼田まほかる「彼女がその名を知らない鳥たち」(幻冬舎文庫)
撮影:灰原隆裕
出演:蒼井優、阿部サダヲ、松坂桃李、村川絵梨、赤堀雅秋、赤澤ムック、中嶋しゅう、竹野内豊他

ラストレシピ 麒麟の舌の記憶(2017年日本映画)

2017年11月15日 | 映画の感想・批評
 「おくりびと」(2008年)でアメリカのアカデミー賞外国語映画賞を受賞した滝田洋二郎監督と、「母と暮らせば」(2015年)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した二宮和也の初タッグが話題の本作「ラストレシピ 麒麟の舌の記憶」、食べてから観るか?観てから食べるか?出来れば食べてから観ることをおススメしたい。映画に登場する料理の数々がどれもこれも美味しそうで、食いしん坊な人は映画のストーリーより料理の方が気になって仕方がないかもしれない。
 幼い時に両親を亡くした絶対味覚=麒麟の舌を持つ天才料理人・佐々木充は、自らの才能を頼りに起業するも事業に失敗し、多額の負債を抱え、料理への情熱も失いつつある。依頼人の「人生最後に食べたい料理」を再現して得た高額な報酬で借金の返済を続けている。そんな充に、1930年代の満洲国で元・天皇の料理番だった山形直太郎が考案したという伝説のフルコース「大日本帝国食菜全席」のレシピを再現してほしいという、巨額の依頼が舞い込む。
 1930年代、山形直太郎は国命を受けて「満漢全席」を超える「大日本帝国食菜全席」のメニュー開発のため、妻の千鶴とともに満洲国に移住する。直太郎もまた絶対味覚=麒麟の舌を持つ天才料理人だった。世界中の食材が集まる満洲で日本と他国の料理を融合し、新たなレシピを生み出し「料理をもって和を成せる」と考えるようになる。そんな直太郎に関東軍司令部の陸軍大佐から、天皇の満洲国行幸が決定し晩餐会で直太郎の考案したレシピをお披露目すると聞かされるが、その裏には日本軍部の陰謀が隠されていた。
 レシピの行方を追う現代のパートより、1930年代の満洲でのパートの方が正直面白かった。食材や調味料などを工夫しながら次々とレシピを作り出していく過程や、直太郎と助手となった満洲人の楊清明や日本人青年鎌田正太郎との絆が深まっていく様子など、千鶴を含めた4人のチームワークがいい感じだ。ただ、「大日本帝国食菜全席」という壮大な構想に比べて、日本軍部の陰謀というのがちょっとお粗末な気はしたのだが…。
 戦時下の混乱で消息を絶った直太郎と、「大日本帝国食菜全席」のレシピはどうなったのか。映画は過去と現代を行ったり来たりして、少しずつ謎が明らかにされていく。「料理とは食べた人を幸せにするもの」という直太郎の思いが、いまや借金を返すために料理を作る充の心にも料理への愛を呼びもどすことができるのか。それにしても料理が重要な役割を果たす映画やドラマ、どんなに美味しそうに見えても味や香りまで伝わってこないのが難点だ。(久)

監督:滝田洋二郎
脚本:林民夫
原作:田中経一(幻冬舎文庫)
撮影:大嶋良教
出演:二宮和也、西島秀俊、綾野剛、宮崎あおい、竹野内豊、伊川東吾、笈川ヨシ
   西畑大吾、兼松若人、竹嶋康成、広澤草、グレッグ・デール、ボブ・ワーリー、大地康雄

「ミックス。」 (2017年 日本映画)

2017年11月08日 | 映画の感想・批評


 卓球といえば、小学生のころ、「ピンポンしよう!」と言いながら、休み時間に友達と遊んだ記憶がある。厳しく鍛えられるスポーツというより、誰にでもできる手軽な遊びというイメージが強かった。しかし、近年の日本選手の大活躍により、今では過去最大のブーム到来ともいえるほどのメジャーな種目として注目されるように。そして、卓球を題材にした、こんな新感覚のロマンティックコメディが誕生した。
 主人公の多満子は、卓球クラブを経営していた母のスパルタ指導を受け、かつては天才卓球少女として将来を期待されていたが、母の死後は卓球への情熱も薄れ、ごく普通の人生を送っていた。しかし、勤め先の卓球部のイケメンに裏切られ、逃げるように故郷に帰ってきたのだが、かつて隆盛を誇った卓球クラブも、今は活気を失い、わずかに残ったメンバーたちはわけありばかり。そこに妻と娘に見捨てられた新入部員・萩原が入部してきて…。
 多満子を演じるのは、昨年TVドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」で大ブレイクした新垣結衣。この人のすごいところは、見るものの心をとらえて離さない魔力みたいなものが存在すること。感情表現はそれほど濃くないのだが、ずっといつまでも見続けていたいという気になってしまうから不思議だ。デビュー以来もう16年もたつのに、新鮮さを失わず、みんなからガッキー!と親しく呼ばれているのもその表れだろう。彼女と男女混合(ミックス)ダブルスを組む新入部員に扮する瑛太にも同じような力がある。さらに二人にかかわる共演陣が豪華で、それぞれのキャラクターにぴったりはまっていて何とも微笑ましい。特に四川料理店の店員に扮する蒼井優には、思わず「チョレイ!!」
 監督は「リーガルハイ」シリーズなどの演出で注目された石川淳一。映画は「エイプリルフールズ」に続き2本目だが、テレビドラマで培った演出力は確か。だれもが気軽に始められるピンポンのように肩ひじ張らずに楽しめ、清々しい感動も味わえる作品に仕上げた。撮影はあの名作「ピンポン」を手掛けた佐光朗が担当しているのも吉。対戦場面も結構リアルで盛り上がる。ちょっと息抜きがほしいなと思った時にぴったりの作品だ。
 (HIRO)

監督:石川淳一
脚本:古沢良太
撮影:佐光朗
出演:新垣結衣、瑛太、広末涼子、瀬戸康史、蒼井優、真木よう子、遠藤憲一、田中美佐子、小日向文世、吉田鋼太郎、斉藤司

「女神の見えざる手」(2016年 フランス・アメリカ)

2017年11月01日 | 映画の感想・批評
 物語はちょっとお堅い政治絡みの内容だから、そこで観客を選別してしまうきらいはあるが、そういうことに興味がない人もずっと我慢に我慢を重ねて見てほしい。胸のすくようなラストの大どんでん返しに出くわせるから。監督ジョン・マッデンの真骨頂だ。
 映画はアメリカ上院議会の公聴会で幕を開ける。女性ロビイストとして泣く子も黙る実力者のスローン(ジェスカ・チャスティン)が証人として召喚される。インドネシア政府の依頼で米議員を接待したことが議会の倫理規定に抵触するというわけだ。
 ここで、話は何ヵ月か過去に遡る。私もよく知らなかったのだが、ロビイストは大手のコンサルタント会社に所属してチームを組み、政治家からの依頼で動くらしい。とある有名コンサルに有力上院議員から近々議会に上程されるという銃規制法案をつぶして欲しいという依頼が入る。それで、とりわけ銃社会に敏感な女性の世論を銃規制反対に導くために、スローンに引き受けてほしいと持ちかけるのだ。ところが、上司の期待を裏切って、彼女は「銃規制に賛成だ。信念を曲げてまで仕事はできない」と言い放つ。その噂を聞いたライバル会社の担当者(マーク・ストロング)が銃規制法案を通すためのプロジェクトに加わってほしいと引抜をはかるのだ。
 スローンは息のかかった若手の部下を引き連れて退社する。ただ、彼女が一番信頼していた部下が反旗を翻して銃規制反対側につくと宣言したことは痛手となる。
 こうして、両者の銃規制法案をめぐる仁義なき戦いの幕が切って落とされ、スローンはあらゆる手を使って態度をまだ決めていない中間派の上院議員獲得に奔走するが、そのエゲツナイやり口に彼女を引き抜いた上司も徐々に引いてくるほどだ。劣勢気味の銃規制反対派は最後の切り札にスローンのスキャンダルを暴いて追い落とそうと、冒頭のインドネシア疑獄に至るのである。
 銃規制派でありながら銃規制反対派に恫喝されて主人公のスキャンダルを追及する委員会の委員長を務める古参の上院議員(ジョン・リスゴー)が、いよいよ最後のとどめを刺そうとしたその刹那・・・さてみなさん、結末は見てのお楽しみだ。 (健)

原題:Miss Sloane
監督:ジョン・マッデン
脚本:ジョナサン・ペレラ
撮影:セバスチャン・ブレンコー
出演:ジェシカ・チャスティン、マーク・ストロング、ググ・バサ・ロー、マイケル・スタールバーグ、ジョン・リスゴー、アリソン・ピル、サム・ウォーターストーン