シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「ほつれる」(2023年 日本映画)

2023年10月25日 | 映画の感想・批評
 綿子(門脇麦)と夫の文則(田村健太郎)との夫婦は、関係が冷え切っている(原因は後半分かる)。その中、綿子は、知り合いの木村(染谷将太)と、夫には内緒(当然!)で、週末に旅行に行っていた。何となく、木村と一緒だと落ち着くのである。不倫であるが、傍目から見ると、長年連れ添った夫婦のようである。
 ある時の旅行時に、綿子の目の前で木村が事故に遭い、亡くなってしまう。慌てて、救急車を呼ぶが、自分がここに居ることがばれることから、途中で電話を切ってしまう綿子。そんな自分自身をどう納得させれば良いのか、自分はどうしたいのか・・・。思い悩む綿子。 良くないのは分かっているが、一方では、このままの状態が続けば良いと思っていた。ただ、自分の目の前でその関係に突然終止符が打たれた今は、木村の面影を追う為、綿子は、昔、木村と行った場所を再訪や、木村の墓参りをするようになり、文則との関係が更に悪化していく。懸命に関係を修復しようと試みる文則との温度差もどんどん広がり、とうとう、文則にも木村の存在が分かってしまう。そこまで“ほつれて”しまった二人の選択は・・・。
 公式サイトのキャッチコピー「見えないようにしていた、全部。」がピッタリ。冒頭は、綿子と木村の関係性、綿子と文則との関係性がよく分からない。友人の英梨(黒木華)も、一緒に墓参りに行き、文則にアリバイ確認をされ、木村や文則との関係を知りながらも、深くは尋ねない。偶然、墓参り時に出会った哲也(古舘寛治)もそうである。指輪を探しに再訪した際も、どこまで聞いていいのか聞いていけないのか、他人に話しても良いのか駄目なのかも分からないと言う。皆、分かりつつも見ないようにしながら、生きているのである。全部、見てしまう、知ってしまうと重たすぎるのか。綿子と文則のように・・・。曖昧なままで良しとするのか・・・もしくは、あえて曖昧にしているのか・・・。
 夫役の田村健太郎がとても良かった。誠実に向き合おうと努力しているが、その努力は綿子の心には全く響かず、逆効果の連続で、どんどん離れていってしまう・・・。こんな人、身近にいるような気がする・・・。
(kenya)

監督・脚本:加藤拓也
撮影:中島唱太
出演:門脇麦、田村健太郎、染谷将太、黒木華、古舘寛治

「アンダーカレント」(2023年 日本映画)

2023年10月18日 | 映画の感想、批評
 2005年に発行された豊田徹也の漫画「アンダーカレント」の映画化作品。原作本は残念ながら未読だが、今泉力哉監督をはじめ、出演者の顔ぶれに惹かれて選んだ一作である。冒頭にアンダーカレントの説明として「表面の思想や感情と矛盾する暗流」とテロップが出るが、心の奥底に沈めていた思いが徐々に浮かびあがってきた時、人はその抱えきれない思いとどう付き合っていくのだろうか。
 かなえ(真木よう子)は亡き父親のあとをつぎ夫婦で銭湯を経営していた。しかしある日、夫の悟(永山瑛太)が突然失踪する。途方に暮れるかなえだったが、何とか銭湯を再開すると、堀(井浦新)と名乗る男が働きたいとやって来る。資格を沢山もち、銭湯組合からの紹介で来たという謎の男との共同生活が始まる。
 銭湯を営む女主人と蒸発した夫と言えば「湯を沸すほどの熱い愛」(中野量太監督、2016年)を思い出す。薪が赤々と燃え、その炎の暖かさと湯の温もりが感じられる作品。一方この作品は、銭湯が舞台ではあるが、湯気が立ちのぼる温もりが感じられない。それよりもタイルの冷やかさ、水の冷たさが忍び寄る。死のイメージに全体が覆われている。
 大学時代の友人の菅野(江口のりこ)の紹介でかなえは探偵の山崎(リリー・フランキー)に会い、夫の調査を依頼する。カラオケボックスや遊園地で調査報告をする、いかにも胡散臭い山崎だが、調査期間内に悟の居場所を突きとめ、かなえは悟と会うことになる。リリー・フランキーがまさにはまり役で、チャーミングに演じている。やがて、悟の思いがけない半生や堀の素姓、かなえが水中に沈んでいく悪夢の正体が徐々に明らかになっていく。
 堀を演じる井浦新はメッセージ性の強い作品に出演しているとの印象が強い。直近では「福田村事件」(森達也監督)があり、遡れば「かぞくのくに」(ヤンヨンヒ監督、2012年)を思い出す。舞台挨拶ではいつもゆっくりと言葉を選び、力強いメッセージを発信していく。堀は無口で誠実そうに見えるが、一方で何を考えているのか分からないミステリアスな人物。かなえに亡き妹の姿を重ねているようだが、かなえに寄り添い支えていく。一見して熱量の少ない演技に見えるが、繊細で緻密な演技の出来る俳優だ。作業着のような服装でも格好良く、さまになっている。井浦新には大人の色気がある。
 物語は終盤に向かうにつれて死のイメージが払拭されていくが、それとともにアンダーカレントな深みは希薄になっていく。
 ラストシーンの構図は印象的だ。かなえと堀が距離を置き前後してスクリーンの上方に向かって歩いていく。二人の向かう方向は、新しい世界にちがいない。(春雷)

監督:今泉力哉
脚本:澤井香織、今泉力哉
原作:豊田徹也
撮影:岩永洋
出演:真木よう子、井浦新、永山瑛太、リリー・フランキー、江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央

「BAD LANDS バッド・ランズ」(2023年 日本映画)

2023年10月11日 | 映画の感想・批評


 高齢者を対象として、親族などを装い、金銭をだまし取る特殊詐欺、いわゆる「オレオレ詐欺」「振り込め詐欺」といわれるものもこれに入るが、未だにその数は減少せず、新聞紙上を賑わせている。最近は分業化が進み海外に拠点を移したものもあり、手口は巧妙化しているそうだ。このオレオレ詐欺犯罪グループの内実がリアルに描かれている黒川博行氏の原作「勁草(けいそう)」に心動かされた原田眞人監督が、8年のときを経て映画化、大阪・西成区を舞台に息詰まるサスペンス劇を完成させた。
 冒頭、そのオレオレ詐欺の一部始終が展開される。受け子、掛け子、道具屋、名簿屋などと呼ばれる人物が、任された仕事をどのように実行していくか、実際に大阪の中之島や難波の街中を歩きながら、まるで観る者をその場に居合わせたかのような感覚にさせてしまうところが実に上手い。そこに特殊詐欺の捜査に携わる刑事達が絡んで、ますます緊張感が増していく。果たして大金の受け渡しは成功するか否か?!
 主人公のネリはこの詐欺グループの“三塁コーチ”という役を担当している。ターゲットに接触して金銭を受け取る“受け子”のリーダーのような存在で、今回も受け子に付き添い、指示を出す。成功するかしないかは、このコーチの采配にかかっているのだ。このネリには血の繋がらない弟ジョーがいた。自称「サイコパス」。衝動的で自制が効かない反面、子どものように純なところも。この弟が賭場で多額の借金をしてしまい、ネリが保証人になったばっかりに、大金を巡って思わぬ展開に。
 ネリを演じるのは安藤サクラ。その演技力は数々の作品で実証済みだが、今回も今までにない役柄を表情豊かに熱演。最初はこの“三塁コーチ”の役を飄々と軽妙なタッチで演じているのだが、物語が深みに入って行くにつれて目つきが鋭くなり、“凄み”がぐんぐん増して来る。この変化が凄い!!グループをまとめる名簿屋の高城が一目置き、跡を継がせようとしているのも納得。原作では男性の役だったが、それを脚本の段階で女性に変えたことで物語に“血と宿命”のテイストが加わり、面白さが増したようだ。
 弟のジョーは「燃えよ剣」以来の原田作品となる山田涼介が演じた。血の繋がらないネリに言い表すことのできない愛情を抱いており、ラストでその想いを昇華。自身の演技の幅を広げるいいきっかけの作品となったに違いない。また名簿屋役の生瀬勝久の渋い演技もさることながら、幼い頃からネリのことをよく知る元ヤクザ「曼荼羅」に扮する宇崎竜童の、一肌も二肌も脱いだ演技には、こちらの熱もヒートしまくった。
 特筆すべきことは、大阪の街並みが彦根に出現したこと。なんと西成の三角公園周辺のスラム街を彦根銀座商店街裏の駐車場に再現。街全体をオープンセットのように使ったロケが行われたのだ。資料によれば、農協の果実センターは高城の倉庫に、スナックなどの店舗が入ったアパートはネリ達が住む「ふれあい荘」に、滋賀銀行の旧彦根支店の地下は掛け子のアジトにと、それぞれが生活の場として活かされ、趣のある賭場は鳥居本地区にある時代劇のオープンセットが使われた。彦根フィルムコミッション室の全面協力があってこそ実現できた快挙で、彦根の名を知らせるよい機会となったことは確かだ。
 そして元洋品店の倉庫のような建物は、題名にもなっているビリヤード場「BAD LANDS」に。ポール・ニューマンの出世作「ハスラー」に出てくるホールをイメージした造りになっていて、至る所にその遊び心が発見できる。「勁草」とは強い草のこと。苦しく厳しい試練に耐え、強い意志を持って力強く生きていく、新しい門出のネリにピッタリの言葉だ。
 (HIRO)

監督:原田眞人
脚本:原田眞人
撮影:北信康
出演:安藤サクラ、山田涼介、生瀬勝久、宇崎竜童、吉原光夫、江口のりこ、大場泰正、サリngROCK、淵上泰史、天童よしみ

「こんにちは、母さん」(2023年、日本映画)

2023年10月04日 | 映画の感想・批評


大手企業の人事部長として出世したはずの息子(大泉洋)は大学時代からの友人をリストラしなければならない、苦しい立場に追い込まれている。私生活では妻と別居して一人でアパート暮らし。娘も母親と価値観が合わずに家を飛び出し、おばあちゃん家に居候。
同期の友人(宮藤官九郎)に探りを入れられるも、リストラを伝えることもできないし、邪険にもできず。何処も居心地が悪い。このくたびれ加減の演技が大泉洋は上手い!
息子にとってはいつまでも母は母である。久しぶりに下町の実家を訪ねて、あれこれ打ち明けて甘えたいとおもったのに・・・。
その母(吉永小百合)が髪も染め、オシャレもし、ホームレス生活者支援の地域ボランティア活動で張り切っている。しかも、メンバーの牧師さん(寺尾聡)に思いを寄せている様子。孫娘(永野芽郁)は「恋するおばあちゃんは可愛い!」と一緒になってウキウキしている。
そして、初のデートに出かける母の和服姿の美しいこと。地元ゆえになかなか乗ることのなかった墨田川の船や、音楽会。打ち明けることもないまま、はかなく恋の終わりを迎え、母は一人寂しく酔っ払い、老いへの不安を語る。
そんな母を見て息子は狼狽するが、やがて職場で正義感を貫き通す。そこはカッコいい。
さあ、でもどうするんだろう・・・・。今日、離婚届にハンコを捺した。実家に転がり込むしかないか!
「さあ、母さんの出番だわ!」
花火を見上げながら、息子の生まれた日の事を楽しそうに語る母。いくつになっても親子は変わらない。息子の誕生日は母親記念日なのよね。

山田洋次監督による吉永小百合主演作、「母べえ」「母と暮らせば」に続く「母」シリーズの集大成。もはや母というよりは十分に「おばあちゃん」なのだが。
幼いころからのサユリストの私、日活青春映画などは懐かしく、また親に頼んで見に連れて行ってもらった思い出もいくつかある。しかし、どうも最近の作品は馴染めない。どれを見てもしっくりこない。特に前作の『いのちの停車場』はがっかりした。どの監督さんも小百合さんに忖度し過ぎなのよ。
が、今作品、本当に小百合さんが可愛くて、いとおしくて、何より生き生きしている。
この表情を引き出す事ができたのは監督の手腕なのだろうか。もう一度劇場で観たいと思っていたところへ、今作品の撮影に密着したNHKの「プロフェッショナル」があった。
吉永小百合は日頃から水泳等で鍛えていて、体幹がしっかりしすぎてお年寄りに見えない。それが、冒頭から監督と並んで歩く後姿が妙に年齢相応に感じられて、なおのこと親しみを覚えてしまう。美しすぎる78歳、ちょっと良いのやら悪いのやら。素晴らしいことなのだが。
「もう引退しようかと」と、二人とも口にはするけれど、いやいやまだまだ撮る気満々な様子に、次作を期待しようと。
社会風刺と家族の暖かさを同時に描ける、やはり山田洋次監督は凄い。本作もちょっとしつこい感もあったが、ホームレスの田中泯に東京大空襲を語らせるなど、そこは外せない視点なのだろう。

30になる息子と観た。他にお客さんがない、ゆえに遠慮なく声に出して笑ってね。同じところで吹き出してる、やっぱり親子だわ。でも、母の恋話にはちょっと落ち着かない気分になる。
「ねえ、私がもう少し歳をとって、このお母さんみたいに恋したらどうする?」
息子と娘で反応は違うかもね。「今はわからん」と申しております。意地悪な質問をしたと、深く反省はしている。
サユリストの夫にも見せてあげたかったな。お留守番してくれてました。NHKの番組を見ても、「からだが思うように動かんし、DVDを待って家で見るわ」と、寂しい答え。
全国のサユリストさん、必見ですよ!
(アロママ)

原作:永井愛
監督:山田洋次
脚本:山田洋次、朝原雄三
撮影:近森眞史
出演:吉永小百合、大泉洋、寺尾聡、永野芽郁、寺尾聡、田中泯