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「ペナルティループ」(2023年 日本映画)

2024年04月10日 | 映画の感想・批評
 若葉竜也の「街の上で」(今泉力哉監督、2021年)に続く、主演2作目の作品である。近年は似通った傾向の役柄が多いように感じるが、この作品は異色である。30代の若葉竜也にとっての代表作になるに違いない。
 岩森淳(若葉竜也)には砂原唯(山下リオ)という恋人がいた。ある朝スーツ姿で部屋を出て行った唯は、溝口登(伊勢谷友介)という男に殺害され、川に遺棄される。その後の日々を岩森がどう過ごしたのかは描かれていないが、部屋に散乱したゴミや酒瓶で想像はつく。
 朝6時、ベッドの中で目覚めた岩森に「6月6日、月曜日、晴れ。今日の花はアイリス。花言葉は希望です。」と時計からアナウンサーの声が聞こえてくる。作業着に着替え黄色い車で工場へ向かう。ひと仕事を終え、駐車場のライトバンから降りて来た溝口を確認すると、休憩室の自販機のコーヒーカップに毒を塗り彼を待つ。自販機に背を向け様子を伺っていると、コーヒーを飲んだ溝口は胸を押さえて苦しむ。何とか車に戻り、追って来た岩森に刺され絶命する。深夜0時になった瞬間に画面が消える。
 翌日も6月6日のアナウンスを聞きながら岩森は目覚める。周囲の様子は昨日と全く変わりがない。再び溝口を車の中で殺害する。岩森が溝口を殺害する6月6日のループが延々と続いていくかと思われたが、途中でこのペナルティループの契約書が表示され「同意します」にチェックマークが入っていると分かる。このループは10回で終了する。岩森は途中からもうやりたくないと声を挙げるが、身体は勝手に動いていく。操り人形のように殺害に向かう姿からは復讐の空しさが伝わってくる。
 日本にはかつて仇討ちという慣習があったが、返り討ちにあうという危険性も伴った。ループの中では溝口は決して反撃してこない。「なんで俺を殺す?」と岩森につめよるが逃げもしない。殺す―殺されるという行為を続けているうちにやがて二人の関係に変化が生じ会話が生まれる。工場内に聳える大木の周囲を談笑しながら歩くシーンが印象的だ。9回目のループではウイスキーを飲みながらボートの中で寛ぐ二人の間には、何やら甘やかな空気さえ漂う。いつの間にか眠りに落ち気付くとボートが沈みかけている。溝口は自ら遺体袋に入り、岩森も共に水中に落ちていく。こうして二人は無意識の世界に還っていく。
 ラストシーンで車の事故を起こした岩森の「痛え」の一言には痛みの実感がこもっている。溝口は一言も痛いとは言わなかった。
 何故、唯は殺されなければならなかったのか?「彼女は死にたがっていた」と言う溝口の言葉が謎として残る。そう言えば彼女の最期の顔は穏やかだった…。
 若葉竜也と2年ぶりに復帰したという伊勢谷友介の相性がとてもいい。「若葉竜也のセリフのない場面での表情や動きは的確だ」と、かつて「街の上で」の記事の中でも書いたが、この作品にも同じ言葉を書き記したい。(春雷)

監督・脚本:荒木伸二
撮影:渡邉寿岳
出演:若葉竜也、伊勢谷友介、山下リオ、ジン・デヨン、松浦祐也、うらじぬの、澁谷麻美、川村紗也、夙川アトム


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