シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「否定と肯定」(2016年、イギリス・アメリカ映画)

2017年12月27日 | 映画の感想・批評
 信じがたいことだが、ホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺)など無かったと主張する人々がいる。所謂「反ユダヤ主義」と呼ばれる勢力だ。わが国にも南京事件を否定する連中がいるから、こういう手合いはどこにでもいる。
 もともとユダヤ人は中東に起源を持ち、宗教の違いを除けばアラブの人々と人種的には同根なのだろう。したがって、欧州や北米に拡散したかれらユダヤ人を、白人至上主義者は有色人とみなして蔑むのである。白人の一員のような顔をしていることが気に食わないのである。もっとも、われらモンゴル系からみれば、ユダヤ人もアラブ人やペルシャ人も白人と同じ顔つきをしているようにしか見えず、同じアジアの民という気がしない。
 実在のホロコースト研究家であるアメリカの女性学者デボラ・リップシュタットが、ホロコーストなどでっち上げだと主張する英国の歴史学者アーヴィングを嘘つきだと批判したことがきっかけとなり、名誉を著しく傷つけられたと憤るアーヴィングが英国で訴訟に踏み切る。
 そこでまず、迂闊にも知らなかったのだが、英国では立証責任が被告にあり、推定無罪という概念がないらしい。リップシュタットにとってはきわめて不利な立場で裁判を闘うことになる。推定無罪というのは原告に立証責任があって立証できなければ自ずと被告の無罪が推定されるという考え方である。モリカケ疑惑でさかんに安倍首相が口にした「悪魔の証明」というやつで、有罪であることを立証するより無罪を立証することのほうが難しいからである。
 それから、陪審員裁判にするか裁判官による判決に任せるかを予め選べるらしい。問題がきわめて学術的な専門性を帯びる論争を原因としているため一般人には判断がつきにくいという理由で、被告、原告とも裁判官による裁判を選択する。そうなると、裁判官の心証にかかってきて、かれの考え方、人柄が左右することになる。
 法定代理人(弁護士)を雇わず自ら法廷に立つアーヴィングに対して、リップシュタット側の敏腕弁護士はなるべく彼女にしゃべらせないようにするなど、その法廷戦術を巡って内輪で対立したり、丹念な現場(収容所跡)検証を行ったり、と見せ場がいくつも用意してあって飽きさせない。ラストも痛快である。(健)

原題:Denial
監督:ミック・ジャクソン
原作:デボラ・リップシュタット
脚本:デヴィッド・ヘア
撮影:ハリス・ザンバーラウコス
出演:レイチェル・ワイズ、トム・ウィルキンソン、ティモシー・スポール、アンドリュー・スコット、アレックス・ジェニングス

「ビジランテ」(2017年 日本映画)

2017年12月20日 | 映画の感想・批評
 地方都市を舞台に、男3兄弟の少年期から大人になり、それぞれが波乱万丈な人生を送る、そして、一部の人は悲しい結末を迎えるシュールな物語である。
 冒頭、小学生中学年から中学生くらいの幼い3兄弟が、父親から相当な叱咤を受けて、長男が弟達を置いて、家を飛び出していくシーンから始まる。その後、一挙に時間が進み、大人になった次男は市議会議員に、三男はデリヘルの雇われ店長をしている。その中、父親が亡くなり、葬式が済んだ直後、土地の相続に関係して、行方不明だった長男がヤクザの端くれとなって出戻り、そこに、次男と三男も巻き込まれていくという展開で物語が進んでいくのである。
 最初は、今年5月公開の「追憶」の設定に似ている印象を持ったが、本作の方が、一般的に社会の暗部と云われている世界で生きている人間が多く、バイオレンス要素も多く、「アウトレイジ」以上の暴力の世界を描いているように感じた。
 ただ、そういったバイオレンスの中にも、「人の優しさ」が垣間見られるのが、三男の行動である。その行動に救われたように思う。デリヘルの女の子に慕われ、自分が追い込まれている状況でも、自分の信念を曲げず、女の子(弱い立場の人という解釈で)を、最後まで守ろうとする。本当に優しい人って、こういう人を云うのだろうかと思った。その分、自分を追い込み過ぎて悲しい結果を招いてしまうようにも思うが・・・。外見では、次男が優しい人のように見えるが、自分や家族の地位を優先する腹黒い人間であった。人は見た目では分からないものである。
 入江悠監督の前作「22年目の告白-私は殺人犯です-」を見逃しており、本作品が監督の初鑑賞となった。オリジナリティー溢れる脚本と迫力のある映像に期待して、前作を観てみようと思った。
(kenya)

監督・脚本:入江悠
撮影:大塚亮
出演:大森南朋、鈴木浩介、桐谷健太、篠田麻里子、嶋田久作、間宮夕貴、吉村界人、般若、坂田聡、岡村いずみ、浅田結梨、八神さおり、宇田あんり、市山京香、たかお鷹、日野陽仁、菅田俊他

静かなる情熱 エミリ・ディキンスン(2016年イギリス・ベルギー映画)

2017年12月13日 | 映画の感想・批評


 アメリカを代表する女性詩人エミリ・ディキンスン(1830―1886)の半生を描いた作品であるが、残念ながら彼女の詩を読んだことはない。生前にはたった10篇だけ、それも無署名で発表されて、ほとんど評価されていなかった。しかし死後に妹のラヴィニア・ディキンスンにより1800篇近くの詩が発見され、詩集が刊行されたのちは、多くの芸術家に影響を与えている。
 エミリは、清教徒主義の影響を受けるアメリカ東部のマサチューセッツ州のアマストという田舎町の上流階級に生まれ育ち、その生涯のほとんどをアマストで過ごしている。彼女は敬虔なクリスチャンだったと思うが、神との向き合い方が他の人たちと違っていた。神は信じるが信仰を強要されることを嫌い、ひざまずくことを拒み、敬うけれど従属しない、そんな彼女の信仰の描かれ方が私は好きだ。「私の魂は私のもの」と、教会には行かず自室にこもって詩を書き続けた。
 彼女のそういう信仰への姿勢は、女性であることへの苦悩と共通するのではないだろうか。生前に発表された詩が無署名だったことや、編集者の「有名な文学はすべて男の作品だ。女には不朽の名作は書けない。」という言葉にも表れているように、当時の女性が社会の中で置かれて立場の困難さは、今の私たちには想像できないだろう。実際、エミリより少し年上だったイギリスのブロンテ姉妹が最初に詩集を出した時には男性名を使っている。兄と口論する時の「一日でも女になってみれば女が奴隷であることがわかる」というセリフに思わず“うん、そうよ”とうなずいてしまった。
 19世紀半ば、家父長制が支配する社会で、家族が寝静まったあとで詩を書くことさえ、父に許可を貰わなければいけなかったエミリ。なんて窮屈で息苦しい日常だったろう。それでも研ぎ澄まされた感性を磨きながら詩を書くことで、彼女は自由に魂を羽ばたかせていたのだろう。自然や信仰、愛や死をテーマにした彼女の詩の中から、映画には20篇の詩が登場するが、自身もエミリ・ディキンスンの熱心な愛読者だという主演のシンシア・ニクソンの朗読が素晴らしい。エミリの心情がモノローグされているのかと思っていたら、それは詩の朗読だったということが何度かあった。
 冷静で峻厳なふるまいの中に秘められたエミリの詩作意欲や家族・友人などに向けた熱い思いが伝わって、内容とタイトルがぴったりくる映画に久しぶりに出会えた。(久)

原題:A QUIET PASSION
監督:テレンス・デイヴィス
脚本:テレンス・デイヴィス
撮影:フロリアン・ホーフマイスター
出演:シンシア・ニクソン、ジェニファー・イーリー、ジョディ・メイ、キャサリン・ベイリー、ダンカン・ダフ、キース・キャラダイン

「ブレードランナー2049」(2017年 アメリカ映画)

2017年12月06日 | 映画の感想・批評
 
 35年前に2019年のロサンゼルスを描き、その独特の未来像や世界観が評価され、SF映画の金字塔ともいえる作品となった「ブレードランナー」。2019年といえば、あと2年後に迫る。さすがに空飛ぶ車(スピナー)はまだ出現していないが、EV車が増加し、自動運転が可能な車も出てきた。予想を上回る進歩を遂げたのがコンピューターの世界で、今では後進国でもスマートフォンが普及し、子どもたちが巧みに操る。ネオンはLEDへと進化し、人間そっくりのレプリカントとまではいかないが、ロボットたちの進化も著しい。今一度前作が描いた世界と現実とを比べてみると、その進歩とともに生きてきた者にとっては、非常に感慨深いものがある。
 さて、新作の「ブレードランナー」は、さらに30年後、2049年の世界を描いている。この映画がファンにとって嬉しいのは、前作のラストで新型の女性レプリカントに恋をして逃亡を図ったブレードランナー・デッカード捜査官の後日譚が含まれていること。35年の時を経て同じ役を堂々と演じることができるなんて、ハリソン・フォードって、やっぱりすごい!彼が出てきたとたん、自然とぐいぐいスクリーンに引き込まれていく自分に気づく。待ってました!!
 新たなるブレードランナーとして登場した新型レプリカントの捜査官“K”。なんと30年後には新しいレプリカントが旧型レプリカントを追跡し、処理をしているのだ。しかも記憶もインプットされていて、感情も人間に近いものがある。それゆえ自らのアイデンティティを知りたくなったり、夢や希望を持ちたくなることも…。この“K”を演じているのが「ラ・ラ・ランド」でブレイクしたライアン・ゴズリング。前作では、降りしきる酸性雨の中で、4年という限られた命が終わる時を悟り「もっと生きたい!」と嘆きつつ静かに目を閉じたルドガー・ハウワーも強烈な印象を残したが、今作のラストでも降り出した雪の中で、自らの運命を嘆く“K”の姿に心打たれる。レプリカント故の悲哀に満ちた名シーンとなった。
 本作の生みの親リドリー・スコットの世界観を受け継ぎ、さらに進化させたのはカナダ出身のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督。今後の活躍がますます期待される。30年後、2049年の世界も自分の目で確かめてみたくなった。・・・無理か?!
(HIRO)

監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本:ハンプトン・ファンチャー、マイケル・グリーン
撮影:ロジャー・ディーキンス
出演:ライアン・ゴズリング、ハリソン・フォード、アナ・デ・アルマス、シルビア・フークス、ジャレッド・レト、ロビン・ライト