シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「サウルの息子」(2015年 ハンガリー映画)

2016年02月21日 | 映画の感想・批評


 カンヌ国際映画祭グランプリをはじめ、ゴールデン・グローブ賞の外国語映画賞受賞。もちろんもうすぐ発表になるアカデミー賞外国語映画賞にもノミネート。2015年の映画界に衝撃的デビューを飾ったハンガリーの新鋭・ネメシュ・ラースロー監督が放つ問題作。これは映画ファンとしては見逃せない。
 舞台は1944年10月のアウシュビッツ=ビルケナウ収容所。主人公のサウルはハンガリー系ユダヤ人で、そこではゾンダーコマンドとして働いていた。“ゾンダーコマンド”とは、ナチスが収容者の中から選んだ死体処理に従事する特殊部隊のことだ。冒頭、サウルの顔のアップから映画が始まると、観客は否応なしに収容所の中に入り込まされ、サウルと共に動き回ることとなる。話には聞いていたが、ヨーロッパ各地から集められたユダヤ人たちを、衣服を脱がせた後シャワーと称してガス室へと誘導し、死体を運んで焼却した後灰を川に捨てる、その一連の作業が同じユダヤ人であるゾンダーコマンドの手によって行われていたのだ。そしてまたゾンダーコマンドたちも口封じのために3~4か月経つと処刑される。何という悲惨な、地獄としか言いようのない阿鼻叫喚の世界を、観客は様々な音や言語を聞き、想像力を駆り立てられながら体験することになる。これには少し覚悟が必要だ。
 唯一サウルが“人間らしさ”を取り戻すのが、ガス室で死にきれなかった息子とおぼしき少年を、ユダヤ教の教義にのっとり、あの手この手を使って埋葬してやろうと奔走するところだ。折りしもゾンダーコマンドの仲間の中では、武装蜂起し収容所を脱出する計画が持ち上がり、サウルもその動きに同調することになるが…。
 サウルのみにピントが合った独特の撮影方法を見ながら、同じハンガリー映画の「ニーチェの馬」を思い出した。自らの祖先もナチスのホロコーストで失っているというネメシュ監督は、巨匠タル・ベーラ監督のもとでも研鑽を積んだという。サウルの行動を通し、あの時収容所で命を落とした多くの子どもたちへの鎮魂の思いが、とめどなく画面からあふれ出ているように感じた。
(HIRO)

原題:「Saul Fia」
監督:ネメシュ・ラースロー
脚本:クララ・ロワイエ、ネメシュ・ラースロー
撮影:エルデーイ・マーチャーシュ
出演:ムーリグ・ゲーザ、モルナール・レヴェンテ、ユルス・レチン、ジューテール・シャンドール、イエジィ・ヴォルチャク

「オデッセイ」(2015年アメリカ映画)

2016年02月11日 | 映画の感想・批評
 女性をキャプテンとする6人の探査チームが火星に降り立って作業をしていると嵐に見舞われ、突風に煽られた植物学者のマークが吹き飛ばされる。キャプテンは必死でマークを探すが見当たらない。もはや生存は不可能と判断して5人で火星から脱出するのだ。
 ところが、何日もしてマークは金属片が腹部に突き刺さった状態で目覚めるのである。金属片と出血の塊が宇宙服の穴を塞いでくれたため、空気が漏れずに奇跡的に助かったらしい。そういうわけで、NASAもマークが生きていることを知り、何とか救出しようと頭を絞るのだ。
 火星に取り残されたマークも身の回りにある道具を使ってあれやこれや工夫してサバイバルを試みる。ジャガイモの栽培、水の生成など、人間の知恵と絶望を乗り越えようとする勇気が人類の進化の歴史を支えてきたわけだろう。とりわけアメリカ映画はそのことを強調してきた。かくして、NASAに課された使命は十分とはいえない食糧の在庫が底を尽くまでにマークを火星から救い出すことである。
 とはいっても、おいそれとはいかない。困り果てるNASAに力を貸すのが中国という設定も現代的だ。まだ地球に帰還していない仲間の5人もマークの生存を知り、本来なら地球に帰れる機会を放棄して、自分たちの手で何とかマークを回収しようと救出作戦に参加する。地上ではマニュアルどおりに作戦を進めようという官僚肌のNASA局長と、あくまで超法規的に臨機応変に対応しようとする指揮官(フライトディレクター)との間で確執があったり、さまざまな障壁を用意して救出の難易度を高めるあたりはハリウッド映画の定石だ。
 巨匠リドリー・スコットは140分あまりの長尺の映画をデッドリミットに向けて力わざともいえる押しで押しまくった。加えて、食糧の欠乏によって主人公マークがゲキヤセしていく様子をマット・デイモンが好演していることにご注目を。(健)

原題:The Martian
監督:リドリー・スコット
脚本:ドリュー・ゴダード
原作:アンディ・ウィアー
撮影:ダリウス・ウォルスキー
出演:マット・デイモン、ジェシカ・チャステイン、クリステン・ウィグ、ジェフ・ダニエルズ、ショーン・ビーン、キウェテル・イジョフォー

「ザ・ウォーク」(2015年 アメリカ映画)

2016年02月01日 | 映画の感想・批評
 
 1974年、アメリカニューヨークのワールドトレードセンタービルの屋上と屋上をロープで繋いで渡った大道芸人の話で、実話の映画化である。私の事前情報はそれだけだったので、スリル満点のパニック映画かと思いきや、そこは、監督・脚本がアカデミー賞受賞監督のロバート・ゼメキス。良い意味で裏切られ、前半は、この曲芸を成功させる為の訓練や協力者集め、現地の下調べに奔走する姿が丹念に描かれ、これが、一人の男が、気が変になるくらい思い詰め、そして情熱を掛けたもので、一日一夜で成功出来たものではないことを理解させた上で、後半のクライマックスの綱渡りシーンへ導くのは流石である。更に、良かったのは、都度つど、主人公によるナレーションが入り、テンション上げっぱなしにならないように描かれ、一端のパニック映画にはなっていない。かなり、脚本は練られている印象を持った。
 後半の綱渡りシーンも良かったが、この曲芸を達成した後の主人公の堂々たる姿と、違法と分かりながらも、祝福する人達の爽快さを表したシーンも良かった。ラストに友人から発せされる「タワーに命を吹き込んだ」というセリフがある。主人公はそこで「気付いた」のである。何故この曲芸をやったのか。自己満足や名声を手に入れる為ではない。停滞感漂うアメリカに、いや、世界に「やれば出来る」というメッセージを送ることだったのだと。あの時代(劇中ではニクソン退任)にやる意味があったのだと。
 最近は、3Dが大流行である。3Dの必要性を感じない映画まで登場しているように思うが、本作品は、是非、3DもしくはIMAXで観てもらいたい。私はIMAXで観た。IMAXは初めてだったが、立体感は2D以上に感じられるはず(2Dでは観ていないから想像だが)だし、綱渡りシーンは手に汗握ること間違いなし。「手に汗握る」は一般的表現だが、この表現がピッタリ。落ち着かず、何度も姿勢を変え、手の汗を拭った。ちなみに、私は極度の高所恐怖症なので、このシーンでは、この映画を観たことを後悔したのも事実ではあるが・・・。
(kenya)

原題:「The Walk」
監督:ロバート・ゼメキス
脚本:ロバート・ゼメキス、クリストファー・ブラウン
撮影:ダリウス・ウォルスキー
音楽:アラン・シルヴェストリ
出演:ジョエフ・ゴードン=レヴィット、ベン・キングスレー、シャルロット・ルボン、ジェームズ・バッジ・デール、クレマン・シボニー、セザール・ドンボイ