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「カラオケ行こ!」(2023年日本映画)

2024年02月07日 | 映画の感想・批評

 
 暴力団のカラオケ大会で組長に最低評価をつけられると耐えられない罰が待ち受けているので、それを逃れるために歌を練習しなければならないというのが原作漫画の設定です。
 必死のやくざ(成田狂児=綾野剛)が中学生の合唱コンクールに入場し、ひとりの少年のボーイソプラノに注目します。ロビーで当人(岡聡美=齋藤潤)を待ち伏せして指導を仰ぐという出だしが何とも意表をついておかしいのです。いかにもコワモテのやくざが合唱部の部長の聡実くんには滅法やさしいというのも微笑ましい。
 とりあえず、「カラオケ、行こ」と聡実くんを誘い、持ち歌を披露するのですが、綾野剛があんなに高音を発してYOSIKIの難曲(「紅」)を歌い出すとは思いもしないから、ぶっとびました。しかも、けっこううまいのです。なぜボーイソプラノの男の子を選んだのか、納得させるのです。
 しかし、これを聴いていた少年は音域が合っていないと指摘し、選曲が間違っていると手厳しい。ここから、この不釣り合い以外の何ものでもないふたりの交流がはじまるのです。
 聡実くんの家庭の様子がときどき描かれますが、台詞を極力省略して家族の関係を的確に表現するあたりは山下監督の優れた演出にあると思います。
 たとえば、ごくありふれた家庭ながら、思春期の少年が親をふつうにけむたがる態度を描写しつつ、それを静かに見守る母親のやさしげな眼差しとか、普段はぶっきらぼうで物言わずの父親が実は息子のことを大切に思っているのだということを無言で表現するとか。なるほど、こういう家庭に育つとこういう素直な男の子ができるのか想像させるのです。
 あるいは、聡実くんの母親がさりげなく焼き鮭の皮をそっと剥いで亭主の皿に置くとか。いまの若い人にはわかりづらい描写ですが、魚好きのかたなら皮が一番おいしいという事実をご存じだと思います。あの場面だけで母親の父親に対する愛情をみごとに表現して見せたのです。
 この話にはもうひとつ並行するストーリーが仕掛けてあって、3年生最後の出場となる合唱コンクールをめぐって部員間の軋轢が描かれます。
 狂児からお手本に歌ってほしいと請われても、聡実くんはいっこうに歌おうとしないところが後の重要な伏線になっている点に注意してください。
 なぜ歌おうとしないのか。あるいは部活においてもほとんど声を出さず身が入っていないように見えます。この変わりように後輩の2年生の少年から批判の目を向けられても反論しません。いったい、聡実くんに何があったのか。やくざとの出会いがかれに変化をもたらしたかのように見せておいて、実は違うのです。男の子なら誰もが思春期に経験する身体上部の変化が聡実くんをして沈黙させているのです。
 加えて、放課後に聡実くんとその親友がVHSで録画した映画を鑑賞するという挿話が設けてあって、そこに映し出される名画の数々に山下監督の底知れない映画愛があふれています。
 いきなり、私の大好きなジェームス・キャグニーが現れて拳銃をぶっ放したり(ラオール・ウォルシュの「白熱」49年)、同じく最高に大好きなハンフリー・ボガートがイングリッド・バーグマンを相手にあのダミ声で名台詞をささやく(マイケル・カーティスの「カサブランカ」42年)。そのあとにクリスマス映画の定番「三十四丁目の奇蹟」(ジョージ・シートン、47年)、映画史上の傑作「自転車泥棒」(ヴィットリオ・デ・シーカ、48年)が登場します。
 こういう本筋に関係のない部分にこそ、映画の神様は宿っているのでしょうね。(健)

監督:山下敦弘
原作:和山やま
脚本:野木亜紀子
撮影:柳島克己
出演:綾野剛、齋藤潤、北村一輝、加藤雅也、芳根京子、坂井真紀


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