シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「クーリエ:最高機密の運び屋」(2020年 イギリス・アメリカ映画)

2021年10月27日 | 映画の感想・批評
 ベネディクト・カンバーバッチ演じるイギリス人のごく普通のセールスマンが、東欧への出張が多いという理由でMI6に見込まれて、ソ連とのスパイになってしまうという実話を元にした作品。時代はキューバ危機前。本人は軽い気持ちで受けたようだが、いつしかその仕事がメインになり、本人と家族の身にも危険が迫る・・・。
 予告編を観て面白そうと思った。掘り出し物に出会えた気分。奇しくも「007」がやっと公開され、「スパイ」と云えば「アクション」も見せ所のボンドとなる中で、一般市民がスパイにさせられて、翻弄されていく本作はスパイ・アクション映画ではなく人間ドラマである。決して、「007」を人間ドラマがないと云っている訳でありませんが・・・。
 キューバ危機が防げたのは、政府の交渉もありながら、こういった一般市民の動きもあったという事実にも気付かされた。何事も現場での動きが大事なのである。
 前述したように本作には派手なアクションは無いが、「スパイ」という所謂「騙す職業」に対して、あの人であれば間違いない、大丈夫だという「人を信じる気持ち」=人と人との関わりが描かれてとても良かった。MI6の制止を振り切り、危険を承知でソ連に入国し、仲間を助け出そうと奔走する中盤以降は特にそれを感じた。キューバ危機は、世界の人々にとっては平和的な結果がもたらされたが、この二人にとっては悲劇的な結果を迎えることになる。だが、二人にとっては、それを超えるような満足感があったかもしれない。離れていても、同じ理想を追い求めていた強い気持ちがあったからこそ、感じられるものかもしれない。もっと長い上映時間になっても良いので、二人の気持ちを描いてもらったら、もっと厚みのある人間ドラマの作品になったと思う。
 ベネディクト・カンバーバッチは、失礼ながら、今まではオーバーアクションな演技をする俳優という印象を持っていたが、本作品での後半の減量をした上での演技は繊細かつ気合いが入った演技だったと思う。製作総指揮に名を連ねていることにも意気込みを感じる。その他のキャストもとても良かった。
(kenya)

原題:THE COURIER
監督:ドミニク・クック
脚本:トム・オコナー
撮影:ショーン・ボビットBSC
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、メラーブ・ニニッゼ、レイチェル・ブロズナハン、ジェシー・バックリー、アンガス・ライト

「草の響き」(2021年 日本映画)

2021年10月20日 | 映画の感想・批評


 函館市出身の作家、佐藤泰志原作による5度目の映画化作品である。この10年間に「海炭市叙景」「そこのみにて光輝く」「オーバー・フェンス」「きみの鳥はうたえる」とコンスタントに作品が生まれている。今回京都みなみ会館で上映と並行して過去の作品の特集上映があり、未見の作品も観ることが叶った。ミニシアターならではの企画が嬉しい。
 原作は60ページ程の短編小説。主人公は単身者の若者で、登場人物も友人1人と暴走族の少年達数人だけだが緊迫感のある作品である。映画では妻を登場させ、後半は作家の実人生を投影したような展開になっている。
 東京で出版社に勤めていた和雄(東出昌大)は心身のバランスを崩し、妻の純子(奈緒)と共に故郷の函館に戻ってくる。友人の研二(大東駿介)に付き添われ受診した精神科で自律神経失調症と診断され、医師(室井滋)の勧めで治療のために毎日ランニングを始めることになる。来る日も来る日もひたすら同じ道を走り続け、やがて少しずつ生活リズムを取り戻していく。そして、このランニングの途中で3人の若者と出会い、不思議な交流をもつようになる。
 和雄と研二の関係は単なる友人の間柄をこえて興味深い。研二は高校の英語教師で屈託のない健康的な人物として描かれている。大東駿介がさわやかに、かつ魅力的に演じている。彼の整然と並んだ白い大きな歯がその健康度を表していて、役柄にぴったりだ。和雄は病院への付き添いを妻にではなく研二に頼む。純子といる時より研二と一緒の時のほうが和雄の心の綻びが見えやすく、研二に、より心を許しているようだ。知らない土地で友達もいないと訴える純子は「研二がいるじゃないか」と答える和雄に返す言葉もない。研二は和雄にとっての『影』のような存在といえる。もう一人の自分なのだが、和雄には死の予感がつきまとう。東出昌大の語尾に甘ったるさが残る喋り方に、振れ幅の大きな心の内がかいま見える。
 和雄のランニングに伴走するようになった若者達も、各々に事情を抱えていた。ある日、和雄の高校時代を思わせる彰(Kaya)が岬の大岩から飛びこみ亡くなる。泳げなかった彰の度胸試しだったのか真相はわからないが、和雄の心を大きく揺さぶったのは確かだ。この後、もうすぐ子どもが産まれるという和雄と純子の間にも、夫婦としての決断が待っていた。
 公園の土手を走る和雄を捉えた映像が気持ちがいい。スクリーンに余白が一杯あり、思わず深呼吸をしたくなるほどだ。修行僧のようにひたすら走り続けていた和雄の顔が、ラストで突然晴れやかな表情になる。和雄の、東出昌大の、希望を感じさせる一瞬だ。
 「草の響き」、すてきなタイトルである。(春雷)

監督:斎藤久志
脚本:加瀬仁美
原作:佐藤泰志
撮影:石井勲
出演:東出昌大、奈緒、大東駿介、Kaya、林裕太、三根有葵、利重剛、クノ真季子、室井滋

「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」(2021年 イギリス映画) 

2021年10月13日 | 映画の感想・批評


 新型コロナウィルスの脅威も落ち着きを取り戻し、公開が延期されていた作品が徐々に封切られてきた。007シリーズの最新作もその一つ。3度も公開が延び、待ちに待っていたファンは嬉しくてたまらないだろうが、6代目ジェームズ・ボンドに扮するダニエル・クレイグにとっては、この作品が最後の登板となる。
 ここで007についてちょっと復習。手元の資料によると、イアン・フレミングが初めて書いた作品は「カジノ・ロワイヤル」で、1953年に発表されたというから、今から68年も前のこと。映画化されたのは1962年の「007は殺しの番号」(のちに「007/ドクター・ノオ」と改題)が最初で、なんと半世紀以上も前からジェームズ・ボンドは活躍していたことになる。そういえば自分が中学生の頃、「My name is Bond, James Bond!」というフレーズをTVなどで何度も耳にし、習いたての英語で友達と言い合った記憶がある。その時からすでに007はかっこいい男の代名詞だったような気がする。初代ボンドを演じたのはショーン・コネリーで、日本が舞台となった「007は二度死ぬ」では浜美枝がボンドガールを演じ、「日本人でもボンドガールになれるんだ!!」と驚いたことが懐かしい。その後ボンド役はジョージ・レーゼンビー、ロジャー・ムーア、ティモシー・ダルトン、ピアース・ブロスナンとバトンタッチされていくが、この中ではイアン・フレミングが最初からボンド役として望んでいたというロジャー・ムーアが8作品に登場し、垢抜けた都会的なイメージのボンドとして強く印象に残っている。
 そしていよいよ登場するのが6代目となるダニエル・クレイグ。自分的にはダニエルが一番ボンドにピッタリのような気がするのだが・・・。ダニエル・ボンドの1作目は原作1作目の「カジノ・ロワイヤル」で、2006年製作なので今から15年前、ダニエル38歳の時だった。「原点に戻って、すべてを最初から作り直す」という製作者の思いも重なり、今までとは全く違うイメージの、若くてクールなボンドが誕生した。さらに第2作「007/慰めの報酬」は前作のラストから始まるという続編のような展開に。この形は今作でも引き継がれていて、なんと5作品が一貫したストーリーで繋がれている。この間ボンドの幼少時代も紹介され、ボンドの内面を深く描くことで、より人間的な魅力あふれるキャラクター作りに成功したような気がする。15年にわたりボンドを演じてきたダニエル・クレイグ、完結編ともいえる今作にかける思いは相当なものだったに違いない。サム・メンデス監督から引き継いだ日系のキャリー・ジョージ・フクナガ監督もその点を知ってか、ダニエルの活躍シーンを2本分くらいたっぷり用意し、ダニエルも体当たりで期待に応えた。どんな活躍をしているのかは、見てのお楽しみ。ただ、謎解きを楽しむために、少なくとも前2作「スカイフォール」と「スペクター」を見てからの観賞をお勧めする。
 最後の相手となったラミ・マレックの悪役ぶりも見物だが、それ以上に脅威を感じたのが進化したミサイル攻撃。あんな風に行われるんですね。あの海が日本海の若狭湾に、そして毒液が放射能に汚染された廃液に思え、近くにある原子力発電所でも攻撃されたらどうなるんだろうと、現実に存在する恐怖をあらためて実感した瞬間だった。
 18歳のグラミー賞受賞者ビリー・アイリシュが歌う主題歌「ノー・タイム・トゥ・ダイ」がまるでレクイエムのように劇場内に響き渡る。ダニエル、お疲れ様でした。
(HIRO)

原題:NO TIME TO DIE
監督:キャリー・ジョージ・フクナガ
脚本:ニール・パーヴィス&ロバート・ウェイド、キャリー・ジョージ・フクナガ、フィービー・ウォーラー=ブリッジ
撮影:リヌス・サンドグレン
出演:ダニエル・クレイグ、ラミ・マレック、レア・セドゥ、ラシャーナ・リンチ、ベン・ウィショー、アナ・デ・アルマス、ナオミ・ハリス、ロリー・キニア、レイフ・ファインズ

「空白」(2021年、日本)

2021年10月06日 | 映画の感想・批評
漁師の添田(古田新太)は中学生の娘の花音(かのん)と二人暮らし。普段から娘に対して、無関心で高圧的な父親であった。
ある日、娘がスーパーで万引きをしたと、スーパーの店長・青柳(松坂桃李)に執拗に追いかけられ、ついには交通事故で命をおとしてしまう。

娘の無実を証明しようと事故の関係者を厳しく追及するうちに、父親の行動はどんどんエスカレートして、モンスター化していく。
マスコミの勝手な切り取り報道に乗せられ、何が真実かはわからないくせに、正義感を振り回す大衆によって、添田も青柳もどちらも嫌がらせを受け続ける。
スーパーの店長青柳は、添田に執拗に追い詰められ、ただただ委縮していく。ネガティブな青年の苦悩ぶりが痛々しいほどに描かれ、松坂桃李はうまい。
「あなたは何も間違ってない!ちゃんと真実を言葉にするべきよ」と正論を突き付けるパートの女性(寺島しのぶ)も青柳にとっては救いになるどころか、苦痛にしかならない。

最初に少女を轢いた若い女性は添田に謝罪を受け入れられず、自殺をしてしまう。この女性の母親(片岡礼子)が通夜の席で、添田に対峙するシーンが圧巻だった。
同じように娘を亡くした親の痛み、悲しみを抱えながら、我が子を追い詰めた加害者でもある添田をなじることなく、ひたすら許しを請い、謝罪の言葉をかける。
「こうするしかないのだ。行き場のない怒りに支配されている相手に対しては。」
それはうがった見方だろうか。いや、それも違う。片岡礼子の演技には胸を揺さぶられた。

責め続けるのは疲れるものである。許すことはできなくても、どこでどう折り合いをつけていくのか。
父親はようやく娘の姿を知ろうと、下手ながら絵も描き始めるなど、娘とようやく向き合う。そのなかで見つけたものとは。

漁師の弟子役の青年が添田の寂しさをちゃんと理解し、仕事の上でも尊敬の念を失わず寄り添いつづけてくれる。また、別れた元妻(田畑智子)のお腹の子の名前をめぐる、登場場面はほとんどないが、今の夫の優しさも心に沁みてくる。
親から受けついだスーパーマーケットも手放し、何もかも無くして道路工事の現場に立つ青柳に、添田は謝罪こそしなかったが、折り合いをつけようとした。
そして、青柳にも「お客だったんですよ。おいしい弁当、楽しみだったよ。」と声をかけてくれる人がある。ここからまた歩き出せるだろう。

添田を演じた古田新太、圧の強さはすごかった。「こんな人に巻き込まれたくないわ」としか言いようがない。
表情を意識的に変えずに演じたというが、その中にじわじわと感情が揺さぶられ、変化していく様を感じさせるのはすばらしい。

空白、タイトルも深い意味を感じる。
やはり、親子だったのよね、同じ空の、同じ白い雲を見ていたのか。それも、「空の白」
(アロママ)


監督、脚本:吉田恵輔
撮影:志田貴之
出演:古田新太、松坂桃李、田畑智子、片岡礼子、寺島しのぶ