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「PERFECT DAYS」(2023年 日本映画)

2024年01月17日 | 映画の感想・批評

 
 役所広司が第76回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞した作品である。監督は小津安二郎監督を敬愛するドイツのヴィム・ヴェンダース。アカデミー賞の国際長編映画賞の日本代表にも選出され、世界各国での公開が決まっている。
 平山(役所広司)は東京渋谷区の公衆トイレの清掃員として働き、古ぼけたアパートで一人静かに暮らしている。早朝、近所の女性が掃き掃除をする竹箒の音で目を覚まし、薄い布団をたたみ、歯をみがき髭を整え、清掃のユニフォームに身を包み部屋を出る。空を見上げて笑みを浮かべ、自販機で缶コーヒーを買い、ライトバンに掃除道具を積み仕事に向かう。カセットテープを押しこんだカーステレオから流れてくるのはアニマルズの「朝日のあたる家」。こうして平山の一日が始まる。
 いくつもの公衆トイレを回り、平山は黙々と仕事を片付けていく。壁の隙間にゲームのようなメモを見つけると、くすっと笑い書きこみをした後に元の場所に戻す。まるで秘密のラブレターのように。昼休みには神社でサンドイッチを食べ境内の木々を見上げ写真を撮る。仕事を終えると自転車で銭湯に行き、居酒屋でいつものメニューを注文する。スタンドの明りで文庫本を読み、静かに眠りにつく。そしてまたいつもの朝が来る。平山の暮らしは、まるで修行僧のようだ。
 姪のニコ(中野有紗)の出現により、平山の過去がかいま見える。ニコを迎えに来た平山の妹(麻生祐未)が運転手付きの車に乗っていたことから、裕福な暮らしぶりがうかがえる。しかし、平山の過去がどうであれ、それを超越したところに今の生活がある。平山は自らの手で独自の美学を持ったこの穏やかな暮らしを手に入れたにちがいない。
 平山と友山(三浦友和)の二人きりのシーンが素敵だ。友山は平山が日曜日だけ通い、ほのかな恋心を抱く小料理屋の女将(石川さゆり)の元夫。癌が転移し元妻にありがとうを伝えに来たのだと言う。「わからないことはわからないまま結局終わってしまう」と呟く横顔には諦観の美があり、これを共有する二人の短い友情が切ない。昨年京都の映画館で観た「台風クラブ」(相米慎二監督、1985年)では30代前半の三浦友和がちょっといい加減な中学教師役で弾けていたが、正統派二枚目俳優としてデビューした後の年の重ね方が端正で美しい。
 平山にも老いが忍び寄っている。銭湯場面での背中や肉の弛みは隠せない。平山を見ていると、人生の意味や人間の成熟という言葉に行き当る。
 ラストシーンの平山の姿には思わず引き込まれ余韻が残る。そこには確かな人生の肯定がある。
 作品に登場する公共トイレが素晴らしい。渋谷区の公共プロジェクトと聞くが世界的な建築家やクリエイター達が参加している。気になった斬新なトイレは、未使用の時は中が透明で、鍵を閉めると不透明になり、中が全く見えなくなるというもの。安全性も美観にも優れている。渋谷区に行く機会があれば、是非トイレ巡りをしてみたい。トイレが観光名所になるなんて、何て素敵なことだろう!(春雷)

監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
撮影:フランツ・ラスティグ
出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、三浦友和


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